第一章 33「偽の英雄」
砦の最上階、かつて軍の指揮所として使われていた大部屋。ユージンはそこに置かれた立派なソファにふんぞり返っていた。
「しかしなあ、あの糞女を連れてくるまでお預けっていうのも辛いものだ。お前で我慢しなきゃいけないなんてどんな罰ゲームだってな、なあミオ?」
彼の股に顔を埋めて懸命に奉仕するミオ。ユージンはその頭を押さえつけて頬を叩く。
「っぐっふう⁉︎」
「ほら、出すぞ‼︎しっかり飲めよ⁉︎」
ユージン・コーネル・ド・フライザーという男の人格は歪んでいた。
武芸に秀でているが無骨でガサツな兄に比べると、学問も武芸も並だが顔の良さや明るい性格のユージンを王妃は可愛がり、相当に甘やかして育てたという。王妃は彼ばかりを褒め称え、彼が欲しがるものを何でも与えた。
それ故に彼は歪んでいった。
最初のきっかけはその王妃の死だった。
思春期に起きた自分に無類の愛を注いだ母の死。
彼はその代償として自分の侍女に手を出したが、それでも心の渇きを満たす事は出来なかった。
幾人かの侍女達に手付にしたところで、次の悲劇が訪れる。
彼には妹がいた。
幼い頃から仲が良く、大切にしてきた妹。いつもお兄様お兄様と自分を慕ってくれた妹が嫁ぐ事になったのだ。
二度目の喪失感は彼の女性感を大きく歪ませる。
女はいつも自分を裏切る。
なら裏切らないようにしてやればいい。
ある日、彼はとある侍女を強姦した。
その侍女は容姿はユージンの好みであったが、彼がどれだけ誘惑しても振り向かない気高い女性だった。
彼はその侍女を王城の使われていない塔に監禁し、三日三晩に渡り強姦。さらに御用商人伝に手に入れていた御禁制の麻薬漬けにして彼女を脅迫した。
「この事を誰かに話せばお前は終わりだ。俺の言う通りにしていれば薬をくれてやる」
こう言い聞かせて解放した。
最初こそ侍女が誰かに言わないか不安だったが、それから四日後に禁断症状に苦しむ侍女がユージンの寝室を訪ねてきた事で、彼のタガが外れた。
麻薬を与え、侍女を乱暴に犯したその時間、途轍もない征服感がユージンを更に興奮させる。
この日、ユージンは母の死以来、ずっと感じていた心の渇きが満たされるのを感じた。
以降、彼はその欲望のままに行動する。
王城では明るくニヒルな王子という仮面を被って兄の信頼を得て、冒険者として外に出ては好みの女を探して拐い痛ぶる。
こうしてユージン・ヤクトという悪魔が生まれたのだった。
「ふう…使い古しの便器じゃ満足できないな」
そう言うとユージンは懐から小瓶を取り出す。
「まあしょうがない。もう三日与えてなかったからな。そろそろ限界だろ?ミオ」
「ハァハァ…賤しい奴隷にお情けを…くださいませ」
ミオが土下座をして懇願すると、ユージンは小瓶から液状の麻薬を床に撒いた。
それに反応したミオが這いつくばったまま、必死に薬液を啜りだす。ユージンはその頭を踏みつけて笑った。
「まったく、お前がまだ人間の皮を被って侍女をしていた頃が懐かしいな。結局は欲に塗れた豚だったが…」
そう、ミオは彼による最初の犠牲者になった侍女であった。
あの頃の気高さは最早無く、ただ麻薬の為に彼に従う奴隷の様な存在に堕ちていた。
ヤクトはミオから興味を無くし、惚けた表情を浮かべる。
「さて…あの糞女に記録魔道具を届けさせるか。ああ…早く会いたいなあ…‼︎あの女の絶望する姿が楽しみだなあ‼︎」
狂人は高らかに笑う。
全て自分の思い通りになる。そう彼には絶対的な自信があった。
故に…
「そんなに俺に逢いたかった?」
「っへ…?」
想定外に対応する能力は皆無であった。
素っ頓狂な声を上げるユージンは声の方を見る。
「なに間抜けな声だしてんの?逢いたかったんだろ?なあ、王子様?」
大部屋の入り口に立っているアカリが笑う。
「なななな⁉︎き、貴様、どうしてここに居る⁉︎」
突然の事態に狼狽えるユージンを、アカリは嘲笑う。
「どうしてって…どっかの屑で卑猥な糞王子が誘拐したウチの可愛子ちゃんを救けに来たに決まってんじゃん、なあリア?」
呼び掛けにリアが姿を見せ、ユージンを睨みつけた。
「…残念だったね…今度はアンタが痛い目に遭う番よ…」
「っな⁉︎」
ユージンは顔を紅潮させ、壊れたように叫ぶ。
「ど、どうやって入って来たあああ⁉︎傭兵共は何してる⁉︎その女を犯していた男も共はどうしたああああ⁉︎」
「え?殺したよ、全員」
「は?」
「だからリアが無事にここに居るんじゃん、分かんないの?馬鹿なの?ああ、馬鹿だったね」
「なあああああああ‼︎」
「馬鹿だからこんな事したんだよね?ああでも馬鹿って人の事だから馬鹿に失礼か。うん、君はゴミだったね。そりゃゴミじゃ人の言葉分かんないよね〜」
「き、きききき貴様ああああああ⁉︎ぼぼぼぼ僕をおおおお屈辱したなあああ⁉︎」
逆上し剣を抜いたユージンに即応し、アカリはライフルを構える。
「煩せぇよ、ゴミ」
「ぎゃああああ脚⁉︎僕の脚があああああ⁉︎」
脚を撃ち抜かれたユージンが床に倒れてのたうち回る。
アカリはライフルを下ろして太腿のホルスターから拳銃を取り出した。
「さっきから何なんだお前。ぎゃあぎゃあと耳障りな声出しやがってさ…こんな小物にリアを傷付けられたなんてホント腹立つんだよ」
アカリは少しずつ間合いを詰めながら、もう一本の脚、そして腕を狙って引き金を引く。
「⁉︎痛いいいいいい‼︎やめ、ぎいいいい‼︎」
「英雄なんだろ?英雄ならこんくらいじゃヘコタレないよなあ?」
「グギギギ‼︎お、おいミオ‼︎早く僕を助けろ‼︎」
ヤクトはミオに向かって叫ぶ。だがそのミオは床に寝そべったまま動かない。
「…ぁー…」
彼女の目は焦点が合わず涎を垂らして呻き声を上げるだけで、完全にトリップしてしまっている。
「クソッ‼︎役立たずの雌豚があああ‼︎」
重度の薬物中毒の症状、そして傷だらけの身体を見て、アカリは彼女がどういった立場なのかを理解した。
「…確かハーレムパーティーの一人だったっけ。なんかマジで胸糞わりぃなぁ…」
あの日、ユージンのパーティーに対して覚えた違和感が今は理解できる。
彼女達はユージンを崇拝している訳でも、恋愛的な感情を抱いている訳でもなく、ただ麻薬漬けにされて隷属していたのだ。
だからアカリにユージンが返り討ちにあったあの時、機嫌の悪くなったユージンが彼女達に当たる事への恐怖…いや、それ以上に麻薬を与えられなくなるのではという不安から彼女達は青褪め、抗議してきたのだったのだろう。
「その女も加害者だけど被害者…か。…ねえリア、もう終わりにしていい?」
「…うん。何か私もどうでも良くなってきた…」
リアも深い溜息を吐く。
怒りや憎しみは去り、今はただユージンの姿を一刻も早く視界から消し去りたいと思う。
「って訳で、君はやっぱウザいから死んでもらうわ」
「ひいいいいいっ⁉︎い、嫌だあああ‼︎え、英雄の僕が何故死なないといけないんだああああ⁉︎」
絶叫するユージンにアカリは銃口を向ける。
「…待って」
「リア?」
振り向くとリアがアカリに向かって手を差し出していた。
「私にやらせて…」
やっぱり強い娘だとアカリは思う。
「いいの?」
「うん」
アカリは拳銃をリアに渡すと、彼女を背後から包むように拳銃を持つ手を支えてあげる。
「こう持って引き金を引くだけ」
「分かった」
「っひいいい‼︎やめろおお‼︎この糞女がああ‼︎」
改めて向けられる殺意にユージンは恐怖に震え、泣き喚く。
「サヨウナラ、無様な自称英雄さん」
「待っ…‼︎」
バンッ
「呆気ないね…」
鮮血と共に脳漿を地面に撒き散らしたユージンを見て、リアが呟く。
「糞野郎の最期なんてこんなもんさ。…帰ろうか」
「…うん」
拳銃をリアから引き取ってホルスターにしまう。
「大丈夫?」
「うん…あ、アカリ?…その女の人どうするの?」
「ん?…あー」
リアの視線の先には麻薬に溺れ、意識の朦朧としたままのミオの姿があった。
「この世界の魔法って、蘇生魔法とか蘇る薬とかあるの?」
「そんなの無いわよ。死んだらお終いよ」
成る程、この世界は魔法はあれど比較的ハードモードの世界らしい。
「なら、放っておこう。たぶん、こいつの被害者の一人なんだろうけど、リアの誘拐に加担したんだし…俺達には最早どうなろうと関係ないよ。殺さないだけ温情ってもんさ」
- まあ、生きる方が地獄かもしれないけど…
「…そうね」
「リアは助けたい?」
「んー…正直、分かんないし…うん、今はとにかくここを出たいかな」
こうしてアカリはユージン・コーネル・ド・フライザーの引き起こした騒動からリアを救出し、廃砦を後にした。
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