第一章 35 「全て重ねて」

「んじゃ、塗るよ〜」

「う、うん…お手柔らかに…⁉︎痛っ…うう」

宿屋の客室、女将から貰った傷に効くという軟膏をリアの背中に塗ってあげる。

「しかし傷が残らないといいな、これ」

「…うん。暫く掛かると思うけど大丈夫じゃないかなあ」

やはり気にはなるのだろう。リアは僅かに表情を曇らせる。

「魔法で傷を治すとかないの?」

「あるわよ。…でも治癒術って高額なのよね」

「それくらい俺がなんとかするよ。リアの綺麗な肌に傷残ったら嫌だし」

「あ…ありがと…」

リアは顔を赤めてそっぽを向いてそのまま俯いた。

「ねえ、アカリ…」

「んー?」

「私ね…悔しいの」

俯いていて、アカリからはその表情は見えない。だがきっと、悲しい顔をしているのだろう。

「アカリに助けてもらってばかりで、これからも貴女と旅をしたら足手纏いになる…そんな自分が悔しいのよ…」


- ああ、潮時…なのかな


別れ話だとアカリは覚悟した。

リアが傷ついたのも元はといえば自分がきっかけを作った事、それがアカリにとっては罪悪感にもなっていた。

だから彼女がそうしたいと言うなら受け入れよう。


「ねえ、アカリ…」

そう思ったのだが…


「私に銃の使い方を教えてくれない?」


予想外だった。

リアが求めたのは旅を止めることでも、別れ話でも無かった。

旅を続けアカリと共に歩むために、戦い方を覚えたい。そして役に立ちたいという希望だったのだ。

「え?…マジかぁ…」

予想外の答えにアカリは脱力した。

「な、なによ⁉︎…嫌なの?」

「違うよ、嫌じゃないよ。…ただ、付き合いきれないからさようならって言われるかと思ってただけ」

「そ、そんな訳ないじゃない‼︎私はずっとアカリについて行くわよ‼︎」

「…ずっとって…」

「え、あ…」

二人共、顔が赤くなり、見つめ合ったまま動けなくなる。

互いに心地よいけど恥ずかしい感覚を共有する時間、それはただ静かに過ぎていく。


「わ、私…あのっ…」

始まりはリアの言葉だった。

「よくわからないけど…誘拐されて、ずっと貴女の事考えてた…早く会いたくて…その、助けに来てくれた時…えっと…私…嬉しくて…アカリの事……す…き…なん…だって…」

消えそうな声で紡がれる優しい言葉。

アカリはその想いに胸が熱くなる。

「お、女の子同士…だし…変なのは分かってるんだけど…でも…あっ…⁉︎」

そこでリアの言葉はアカリの唇によって途切れる。

優しく包み込むような抱擁とともに互いの柔らかい唇を合わせ合い、やがて求め合うように二人はそのままベッドへ横たわった。




この世界に来てから二度目の朝チュン。爽やかに差す陽射しの中、アカリは目覚める。

だが今回は変態ドMマッチョとのSMに興じた時のような悲壮感は無かった。むしろ喜びに満ち溢れた朝である。

しかし…

「腰が痛い…」

喜びと共に元男として童貞のまま女体で処女を失うという事実に、筆舌に尽くしがたい気分であった。

「ん〜ぅん…」

気持ちを抑えられなくなって押し倒したまではよかった。

だが実際に事に及び始めてある事に気付いたアカリは行為の途中でたじたじになってしまう。

曰く「百合の知識無ぇえええ‼︎」。

と、どうすればいいのか慌てるアカリを見ていたリアがクスッと笑った所までは憶えている。が、その後はされるがままさせられるがままに猫になり、最期はリアの激しい攻めに気を失って朝を迎えたのだった。

「リア…恐ろしい娘」

横で寝息をたてるリアを見て、昨晩の情事を思い出して顔を覆う。



盛大に汚れたシーツをどうするべきか悩んでいると、突然扉がノックされた。

「⁉︎…ちょっ…待って‼︎」

アカリは慌ててブラウスとスカートだけを着ると、扉をそっと開ける。

そこにあったのはニヤついた笑みを浮かべる女将の顔であった。

「昨晩はお楽しみの様子でしたし、お湯をお持ちしましたよ?」

そう言って湯の張ったデカい桶とバスタオルを差し出してくる女将。

盗聴器なのかはたまた覗き窓なのか、何故女将が昨晩の事を知っているのかと頭をフル回転して考える。

「…な…ん…で…」

「え、そりゃあお嬢様、あんなでっかい声で喘がれちゃあね!聞いてるこっちが恥ずかしくなりますって」

と、笑う女将にアカリの思考は真っ白になる。

「お隣に泊まっていた冒険者の旦那達も股間を抑えてソワソワと朝方に経って行きましたが、ありゃ難儀ってもんですねえアハハハ‼︎」

「あ、女将さん。ごめんなさい、シーツ汚してしまって…」

身体にシーツを巻いて、いつの間にか起きてきたリアが女将に頭を下げる。


- え、何でリアサン平然としてんの?


「いいって事ですよ!お嬢様のあられのない声が聴けて、年甲斐も無くワクワクさせて貰いましたから!」

「アハハ…すみません、アカリが可愛すぎて私も気を使うの忘れちゃって…お恥ずかしいです」

「朝食出来てるんで、身支度整えたら食堂に来てくださいな‼︎」

「はい!」

そんなやり取りの後、リアはアカリの腕に手を回す。

「リアサン…?」

「…アカリ可愛かったから自慢したくなちゃって…ごめん」

「…恐ろしい娘」

テヘッと笑う小悪魔なリアに、アカリは再び真っ赤になった顔を覆うのだった。


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