第一章 12 「アカリ、負ける」
デカデカと『ドードス公衆浴場』と書かれた看板が掲げられた大きな施設。二階相当の高さにあるガラスのない開口部からは湯気が出ていて、そこが浴場だと一目瞭然だった。
「おお、銭湯というよりローマの浴場みたいだ」
アカリの心は漂うファンタジー感に、より昂る。
「入浴が銅貨十五枚と洗髪合わせて二十枚だから、門番の人に渡してね」
庶民の食事、約7回分相当である。そう考えると確かに高いのだろう。
建物入り口の番台のような場所に座っている男に代金を渡すと、代わりに一枚の木札を渡される。
「それが洗髪の受付札。中で渡すから持って入ってね」
リアの説明に頷く。
「とりあえず行きましょ。後は中で説明してあげる」
リアは何一つか勝手を知らないアカリに気遣ってくれる、大変優秀なガイドである。
後は彼女に任せておけば楽しい入浴に…
- ん゛⁉︎
アカリの脳裏に、リアの「後は中で説明してあげる」という一言が繰り返される。
「さ、行くわよ〜」
楽しそうにアカリの手を引く美少女、リアが進むのは宿で見た女子トイレマークの入った看板の掲げられた入口。
そう、女湯である。
- そうだったああああ‼︎
完璧なる美少女ボディを手に入れたとはいえ、中の魂は元男。そんなアカリにとって脱衣所に広がる光景はまさに天国という名の地獄であった。
勿論年配の女性もいるが、若い娘から少女まで当然の事ながら裸である。
そして何よりも隣で服を脱ぐリアの存在。野外での水浴びと違って下着も脱ぐので完璧な全裸であった。
- ヤベェ…エロス…ってか堂々と女湯って、心の準備ががが
「アカリ?早く脱ぎなさいよ」
脱衣所で何もせず突っ立っているアカリに怪訝な表情を浮かべるリア。
「あ、うん」
慌てて脱ぎ始めると周囲の女性達から妙な視線を感じた。
「ねえ、あの子貴族かしら」
「凄い綺麗…」
口々にアカリの事を褒め称える女性の皆様。注目を集めながらの脱衣はまるでストリップショーである。
「うぐうう…」
衆人環視の中で一死まとわぬ姿を晒すあまりの恥ずかしさに、自然と胸と股を手で隠すというビーナスポーズになってしまう。
「し、リアぁ…早く行こ…」
助けを求めた先に居たのは何やら息遣いの荒いリア。そう、隣に居るリアですら「うっそ…めちゃくちゃ綺麗」とか言いながらアカリの身体を食い入るように見つめてる状態だったのだ。
潤んだ瞳にか弱い声、出逢ってから初めて見せるアカリの態度にリアは今にも理性がぶっ飛びそうに心の中で叫ぶ。
- だ、駄目よ私‼︎女の子同士なんだしこんな…でも、嗚呼…アカリ綺麗…‼︎
「リ、リア…目が据わってて怖いんだけど」
「はっ⁉︎…そうね‼︎お風呂行きましょ‼︎」
色々と危険な状況を脱するべく、二人は浴場へと急ぐ。
浴場は銭湯というよりプールのような広さがあり、まさに古代ローマの公衆浴場であった。
アカリは視線から逃げるようにせかせかとお湯にダイブする。
「はぁああ…お風呂だぁ〜」
お風呂は心の洗浄とはよく言ったもので、先程までの羞恥心を忘れさせてくれる。
そこにリアも遅れて入浴してきた。
「さっきはごめんなさい。何か見惚れて我を忘れかけたわ…」
「い、いいよ…これも美少女の宿命だな…」
「そんな事、自分で言ってても違和感無いのが凄いわよね…」
アカリは肩まで湯に浸かり、深く息を吐き出した。
突然の異世界転生に始まった一週間、色々な事があった。その疲れを温かい湯が心身共に癒してくれる。
いや、アカリにとっては癒しは湯だけではない。
隣で一緒に入浴しているリアの存在だ。彼女を救い一緒に旅をし、そして今はその裸体を拝ませてもらっている。
ビバ、TS転生‼︎などと内心ほくそ笑むアカリであった。
「ところで、洗髪ってどーすればいいの?」
手元にある木札を思い出し尋ねると、リアからは思いもよらないパワーワードが返ってきた。
「ああ、あそこに居る奴隷の子に渡せばやってくれるわ」
「奴隷?」
リアが指差す方角には、麻の質素な服を着た若い女性が二人立っていた。その腕には金属製の腕輪が付けられている。
単純労働などに使役される奴隷だろう。どうやらこの世界は文明的には古代ローマと大差無い様だ。
「奴隷って一般的なん?」
「うん、大きな街には奴隷は多いわね。この街もそれなりの規模だし」
「ふうん」
この世界の身分制度は知っておいた方が良いだろう。
リア曰く、奴隷には三種類あるらしい。
一つは一般奴隷。
経済的理由による身売りや戦争による戦利品が大多数を占める奴隷達だ。彼等は自由こそ無いが、所有者の財産であり、どの国でも不当な扱いは禁じられているらしい。所有者の銘が入った腕輪の着用が義務付けられ、それを隠す事は禁じられているそうだ。
「つまり、あそこの娘も一般奴隷ってこと?」
「そうね。身なりも整ってるし、良い所有者に恵まれてそう」
所有者による落差はあれど総じて庇護下には置かれ、衣食住には困らなくなるため、身売りする人は多いそうだ。
二つ目は犯罪奴隷。
彼等は文字通り、犯罪を犯して奴隷身分に堕とされた者達だ。国家の所有物として鉱山労働や軍隊の殿に汚水処理など、咎人であるが故に危険、不浄な強制労働に使われているそうだ。
彼等には足枷と手枷がはめられ、それを外す事は許されない。一応、刑期に応じて解放されるそうだが、大抵はその前に死亡する事が多いという。
そしてこの世界で最も底辺の身分だというのが教化奴隷だそうだ。教会によって異端と認定されて奴隷身分に堕ちされた者達を示す。
異端者ともなれば公私問わず一切保護されない。所有者の虐待されようが不当に転売されようが、教化奴隷は人では無いという建前から何の問題にもならないらしい。
「教会怖っ…‼︎」
「まあなかなかなる人はいないわよ。教会の物を盗んだとか教義に背いて不貞を働いたとか、それこそ悪魔信仰をしたとか、よっぽどの悪人よね」
彼等には解放の概念は無く、その証も首から胸元にかけて一目で分かる刺青を入れられるそうだ。
奴隷に関するレクチャーを受けたところで、二人は先程の奴隷達の元に行き洗髪を依頼する。
「お嬢様方、こちらにお休みになられてくださいませ」
藁で編んだマットが敷かれた寝台の上に仰向けで寝るよう促される。洗髪のサービスはどうやら全身の洗浄を含むらしく、泡立てた石鹸で全身をマッサージされるように洗われた後に、髪には良い香りのする香油をつけてくれた。
「めちゃくちゃ気持ちよかったんだけど…」
「うん…私も初めて受けたけど、癖になりそう」
さすが専門の奴隷である。二十分程のサービスですっかりリフレッシュした二人は、更衣室に向かう。そこではアカリが再び女性達の視線を浴び、羞恥に悶えながらも身支度を済ませるのだった。
その後、道沿いにあった食堂で夕飯を済ませた二人は、宿屋に戻って雑談をしていた。
「それで、この世界の身分制度だけど、奴隷と貴族がいるのは分かったよ。後は?」
「後は聖職者と市民、あと私もそうだけど平民の三つね」
市民は市民権を持ち、貴族に次ぐ権利を持ち合わせているそうだ。逆に平民は自由民ではあるが、参政権などの権利を持たない二等市民を指す。都市に定住しない農村部の住民や冒険者などが当たるらしい。
一応、都市に定住して条件を満たせば市民権を得る事も出来るというが、義務ばかり増えて割に合わないと実はあまり人気がないそうだ。
アカリはベットに大の字になって寝転ぶ。
「異世界って分からない事ばかりだなー」
「やっぱり、アカリの元の世界と色々違うの?」
「ぜーんぜん。似ている事も多いけど、似ているだけでやっぱり別世界さ」
欠伸をしながら答えるアカリの横にリアが寝て来る。
「ね、道中で色々聞かせてよ、アカリがいた世界のこと」
「ん、いいよ」
「楽しみだわ。それじゃおやすみ」
「ん、おやすみー…」
しばらくして眠りにつくリア。
だが、その横でアカリは悶々とする事となる。
- 気になって眠れねええええ
公衆浴場で裸を見た後で、その美少女と同じベットで寝るという状況だ。それはもう気が気でない。
「…んっ」
「ふぁあ⁉︎」
リアの寝言に一々反応して飛び跳ねるアカリ。童貞丸出しである。
- もう童貞じゃないけどね‼︎…処女だけど
そんなくだらない事を思いながら眠れない時間を過ごすこと小一時間。寝返ったリアの顔がアカリの腕に触れた時、ある事に気付く。
自分のショーツが漏らしたのかという次元で濡れている事に。
- …あ、もう無理だわ
遂に欲望に負けたアカリは静かに起き上がりソファーに移動する。
さすがにリアの横で、しかも彼女を見ながらというのも気が引けた。
静かに、声を出さないように片手で口を抑えて。欲情を鎮めるべく、アカリはそっと自分の股に手を伸ばすのだった。
翌朝、目が覚めたリアを待っていたのは妙に爽やかな笑顔のアカリだった。
「おはよ、リア‼︎」
「おはよう、よく眠れた?」
リアの問いに、一瞬固まったアカリ。
「お、おう。スッキリ爽快だじぇぃ…‼︎」
こうして異世界で迎える八日目の朝は、アカリが性的な意味で女性として目醒めた朝となった。
〜〜〜〜〜〜〜
アカリさん、ついに欲望に負けました!
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