第一章 14 「旅路」
ドードスの街を発って三日。アカリとリアの二人はのんびりと石畳の街道をダンドルンに向けて歩いていた。
ダンドルンへは乗合馬車の利用を考えたのだが、途中の橋が大雨により流されて運休中という憂き目にあい、結局は徒歩で向かう事になってしまう。
とはいえ、徒歩での旅は何も悪い事でも無かった。特に二泊の野営は二人の親睦を深めるには充分だった。
特にリアは両親から友人まで喪った心の穴を埋める様に、アカリとの仲を積極的に深めようと行動を取っていた。
結果、冗談を言い合い楽しく話しながら旅をする、そんな良い関係に二人はなっていたのだった。
ちなみに今は仲良し女子然と手を繋いで歩いていたりする。
これはアカリが「最近仲良くなってきたし、いけっかも」などという下心で「手繋ご‼︎」とリアに手を差し出したら、「な、何言ってるのよ⁉︎…まぁ…でも…女の子同士だし…自然…よね?」とか言いながら恥ずかしそうに繋いでくれたという、小一時間前の出来事に端を発している。実際繋いでしまったアカリは今も内心はドギマギが止まらないのであった。
「もう少しでダンドルンって言ってたっけ」
「ええ、この先のプラマイヤ渓谷を越えるとトリーニア伯領に入るんだけど、そこからダンドルンまでは直ぐね。ただ…」
何やら訝しむ表情を見せるリア。
「ただ?」
「ドードスでプラマイヤ渓谷のきな臭い話を聞いたのよ。盗賊団らしいけど、武装勢力が巣食ってて治安がかなり悪くなってるらしいわ。あと、魔獣の被害も多くなってるって行商人のおじさんが言ってたのよ」
「ふうん、何か危なそうなんだけど」
「そうね。でも、ダンドルンに行くには通らなきゃいけないし…」
「迂回路はないの?」
「んー、プラマイヤ渓谷って王国領なんだけど、すぐ横はカルドニア帝国領なのよ。昨日通った別れ道に戻って帝国領経由で行くルートもあるけど…アカリって身分証が無いでしょ?」
「おっふ…」
「基本的に国内の移動には必要無いけど、他国に行くには必須なのよね。あと、何かトラブルに巻き込まれた時とかに不利になるわね」
「そりゃそーだよなぁ…身分証の件は優先度高いな」
ラノベや漫画の異世界ものでよくあるのは、冒険者になると身分が保障されるという設定だが、果たしてこの世界にも都合の良い制度があるだろうか。
「ちなみにリアは持ってるの?」
「そりゃあるわよ」
そう言って荷物から一枚の小さな板を取り出して見せる。
それは、薄い木の板に銅板が貼られているという物だ。
銅板にはリアの名前と出身地が書かれ、最後に『この者の身分はフェルロン王国ドードス地方代官所が保証する』との記述がある。意外とこの世界の戸籍管理はしっかりしているのかもしれない。
「どの国も成人すると代官所とかに届け出て、登録させられるわね。まあ定住者だけだけど」
リアが言うには、登録すると人頭税の徴収が発生するらしい。なので登録しない者もいるとか。ただ、真っ当な職に就く事や、安全な商取引は登録が無ければ無理との事だ。ちなみにこの世界の成人年齢は十四歳だという。
あとは成人後でも学生などは学院の発行する身分証を持つ事で、
納税を免除された上で身分保障が成される制度もある。
「アカリの場合、手っ取り早いのは冒険者組合とか傭兵組合とかに入ればいいんじゃない?組合費取られるけど、一応身分保障はされるわ」
どうやらテンプレ制度があるらしい。
「ま、このまま根無草なのもアレだし、ダンドルンに着いたら組合加入を検討するとして」
アカリは眼下に広がる大渓谷を見つめた。
「とりま、この渓谷抜けるのは確定だな」
プラマイヤ渓谷。
フェルロン王国とカルドニア帝国の国境地帯に横たわる大渓谷である。幅は十キロ程だが横に四十キロと長く、迂回する場合はかなりの遠回りを強いられる。
ドードスとダンドルン間の街道は高低差千五百メートル程をクネクネと谷底まで下りていくらしい。
「確かに待ち伏せ襲撃にはもってこいの地形だね」
アカリは襲撃に備えるべく、バックパックから装備を取り出す。
電子イヤーマフに予備弾倉を追加、そして防弾板を仕込んだプレートキャリア(プレキャリ)だ。
この世界に銃があると分かったからには用心に越した事は無いし、一応は矢の対策にもなる。プレキャリは二つ出してリアにも着せる事にする。
「重っ⁉︎」
「まあ念の為だから、しばらく我慢我慢」
こうして、中世テイストな民族衣装に現代チックなプレキャリというアンバランスな格好になったリアと共に谷底目指して歩き出す。
「疲れたら言えよー。休憩にするから」
何やら視線を感じて振り向くと、リアが何やら嬉しそうにアカリを見ていた。
「なに?」
「ん、アカリって頼もしいなって思って」
何か嬉しいいいぞおおお、とは口が裂けても言えないアカリは、「任せろ」と照れ隠しにサムズアップした。
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