第一章 28 「行方」

翌日、事態が動いたのは昼過ぎであった。


侍女から声を掛けられ、ルドルフの部屋を訪れたアカリを待っていたのは、一人の女性だった。

「彼女は我が国の諜報員の一人だ」

ルドルフの紹介にうやうやしくお辞儀をする女性。

「初めましてアカリ殿。私はルドルフ様の元で諜報員を纏めておりますアンネ・ファルザーと言います」

「リア殿の行方について彼女から報告がある」

「‼︎…見つかったの?」

「正確には目撃情報とその手掛かりです」

アンネはテーブルにダンドルンの地図を広げた。


「当該女性は昨日の昼、街の市場で買い物をしている姿が目撃されています。これは市場にいる商人が証言しています」

地図に指し示されたのは、アカリも何度か行った事のある市場だ。

「つまり普段通り…昼までは問題が起きていないって事か」

「ええ。その事から彼女が市場にいる間に失踪したとは考えにくいと判断。市場周辺、特に領事館に帰宅するルート側で調査を行いました」

今度は市場の西側、領事館との間一帯を示す女性。

「その結果、最後の目撃情報がこの広場でありました」

それは市場を出た先にある小さな広場だ。大通りからは外れており、あまり人気が無さそうな広場である。

「近くに住む男の証言によれば他の正体不明の女性四名と共に、広場前に停車していた馬車に乗り込むのが目撃されています。美人揃いだったので覚えていたそうですよ」

それを聞いたアカリは訝しむ。

「馬車?…女四人って…リアはこの街に知り合いなんていないぞ?」

「やはりそうですか。事前に伺っていた情報から、この四人がリアさんを同意不同意はさて置き、連れ出した可能性が高いと判断出来ますね」


- リア以外の美人の女四人って誰だ?…四人…どっかで


「その四人の特徴は?」

「冒険者の様ですね。それぞれ何らかの武装をしていた事から、そう推測されます」

四人が武装した冒険者だと聞いたアカリの表情が一気に険しくなる。

「…ルドルフ様、覚えてる?前に話したイケすかない冒険者の事」

「ああ、お前が局部を蹴り上げた情け無い男の事だろう?」

「そう、そいつ。そいつの取り巻きの女冒険者さ…四人だったわ」

「‼︎…なんと、まさかアカリに相手にされなかった腹いせにリア殿を拐ったというのか?」

「たぶんね。迂闊だったわ…小物過ぎて忘れてた」

「なんと矮小な男か。情け無い」

「アカリ殿、その男の名前は覚えていらっしゃいますか?」

それを聞いたアンネが訊ねる。

「え⁉︎……えーっと…」


暫しの沈黙の後、首を傾げたアカリ。

「やばい…めっちゃ名乗ってた気がするけど雑魚過ぎて覚えてないと言うか聞き流してたわ」

「うむ、ここまでぞんざいに扱われては、哀れにすら思えてくるな…その男」

「あ、でも、パーティー名は糞ダサ過ぎて覚えてるよ?確か純潔の薔薇団」

その名を聞いたアンネが小さな溜息を吐いた。

「成る程…それはまた面倒な相手に喧嘩を売りましたね」

「喧嘩売ってないぞ?勝手に突っかかってきただけ」

「おう、アカリは悪く無いな。股間を蹴られただけのようだしな!むしろ褒美だろうに」

さらりと性癖を漏らすルドルフをキッと睨むアカリ。

「…ルドルフ様は黙ってて。話が進まない」

「っぐふぅ…はぁはぁわ、分かった」

そんな二人を怪訝な表情で見るアンネ。

「アカリ殿、ルドルフ様に一体何が…何だか貴方に睨まれたら急に息が荒く…というかルドルフ様、何だか嬉しそうなんですが…」

「…まあちょっと性癖が歪んだというか元々歪んでいたというか…聞かない方がいいよ、というか聞かないで下さいお願い」

「はぁ…」

これ以上突っ込まれてはめんどうと、アカリは話題を戻す事にした。


「で、アンネさん。純潔の薔薇団が厄介というのは?」

「ああ、そうでした。

純潔の薔薇団のリーダーはユージン・ヤクトと名乗っているのですが、本名はユージン・コーネル・ド・フライザー…隣国フライザー王国の第ニ王子なのです」

「はぁ?あの糞みたいなのが王子ぃ⁉︎」

「ええ。フライザーを掌握している第一王子からも信頼が厚い人物ですね」

「いやいやいや、ナンパだよ⁉︎ナンパして来て失敗したらキレだす気狂いだよ⁉︎」

「確かに女癖は悪いと聴きますが、王子で間違いないですね」

「無いわー…」

「まあそんなんでも王族は王族ですし実力は確かなので、ここダンドルンの領主も懇意にしているのですよ」

衝撃の事実に確かに厄介だというのも頷ける。つまりは彼が何をしても冒険者組合どころか行政も自浄作用が働かないという事だろう。

「つまり奴からリアを取り戻そうとすると、必然的に外交問題に発展すると?」

「そういう事です。なので事は慎重に運ばねば…」

「ルドルフ様」

慎重論を唱えんとするアンネの言葉を遮る様に、アカリがルドルフに呼び掛ける。

その顔はまるで女神の如く穏やかな笑顔だ。

「面倒な後処理は任せていい?」

それを聞いたルドルフは豪快に笑いアカリの肩を叩いた。

「はっははは‼︎お前らしくて惚れ直すな‼︎好きに暴れてくると良い」

「え⁉︎お二人共、何を言ってるのですか⁉︎」

「何って、リアを助けたついでにその王子様ブッ殺して、後始末はルドルフ様に丸投げする相談」

「は、話しを聞いていましたか⁉︎一国の王子を殺すなど、戦争になります‼︎フライザーは中立国ですよ?我が国の属国であるこの国で王子が害されるなどあってはなりません‼︎」

強い口調でアカリを制止しようとするアンネに、アカリは笑顔はそのままに鋭い視線を向ける。

「アンネさん。戦争になろうが俺には関係ない事なんだよ。俺のリアを誘拐して傷付けた罪人を殺す…」

アンネは女性の地位が総じて低いこの世界で、実力で帝国諜報機関の中で頭角を表したベテランだ。だが、その彼女ですらアカリの冷え切った眼に呑まれた。


- 十代そこそこの少女の目じゃない…この私が怯えている?


「がはははっ‼︎うむ、凄まじい殺気だ。だがアカリ、アンネは敵では無いぞ?脅してくれるな」

愉快げにアカリの肩を叩くルドルフ。

「別に〜。アンネさんが言っている事は正しいけど、俺にその正しさを守る気が無いってだけ。この人は味方なのは分かってるよ」

「…ルドルフ様、本気ですか?」

「ああ、本気だ。アンネよ、帝国は義を重んじる。このアカリもだがリア殿も我が恩人。それを害せんとする愚か者をどうして許せようか?」

その一言にアンネは小さな溜息を吐くと、決意した様に頷く。

「…まったく、また外交官のボヤキが増えてしまいます…承知しました」

そう言ってアンネは一枚の紙をアカリに渡すのだった。

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