第一章 20 「確執」
アカリ達が街に出掛けた頃、ダンドルンの聖堂では殉教した騎士達の簡易的な葬儀が執り行われた。
冷蔵技術がある訳ではないこの世界で、遺体を帝国まで運ぶと傷んでしまう。そこで遺体は火葬をするしかないのだが、その前に弔いの儀式で遺体を浄めなければ死霊になるとされている。
ルドルフは儀式を行なっている司祭達を不機嫌そうに見ていた。
彼らの死の原因である昨日の襲撃は恐らく教会が関わっている。その教会に頼らなければ、部下達を弔えないのだ。
- 全くもって度し難いな
生と死。
人が生まれれば洗礼を、人が死ねば葬儀を。教会はそれらを神の名の下に独占している。
洗礼を受けなければ悪魔に魅入られる。
葬儀を行わねば死霊になる。
そんなもの誰一人として見た事が無いのに教会の教義がそう記しているから、というだけでだ。
そして洗礼も葬儀も、教会には多額の寄付を行わねばならない。どんなに貧しくても生まれてくる我が子の為、死した親や友の為、無理をしてでも人々は財産を教会に寄付するのだ。
- 本来、葬儀は心のあり様だ。ましてや死した者共は教会の闇が殺した。…まあこの司祭共は知らぬ事だろうが
その状況を憂いているのが帝国の現皇帝である。皇帝は教会との間にある様々な不文律を法で厳格化しようと試み、度々教会側と対立していた。
ふとそこで、ある事に気付く。
- …ああ、そういう事か
始め、襲撃者が教会の手の者だった可能性が判明した時、その動機が全く思い当たらなかった。ルドルフには教会から命を狙われる心当たりが一切無かったのだ。だが、そもそもルドルフが狙われたのではないとしたら辻褄が合う。
- そもそも、誰でもよかったのだ。陛下に近ければ
たまたま、ルドルフが属国に巡察に出るタイミングが教会の意図と合致した。ただそれだけだった。
変革を望む皇帝への警告。
ルドルフ暗殺の成否は関係が無く、だからこそ捨て駒でしかない教化奴隷を使ったのだろう。
- 嫌がらせ、か
歯痒いのは、それが分かった所で犯人には迂闊に手が出せないことだ。
事態は教会という人類社会そのものとの対峙である。今後、どう対処するにも皇帝の意向が重要になってくる。
- やはり、一度帝都に戻らねばならないな…
そう考えて頭に過るのはアカリの姿だった。
ルドルフはこの二日間、ふとした時に彼女の事を考えてしまっている。
完全に一目惚れだった。
帝都に戻れば暫くは巡察は延期だ。もう一度、この地に戻っても彼女がダンドルンに留まってるとは考え難い。
- …全く…これはこれで度し難いな
「閣下?」
隣に居たワッズの声に、我に帰る。
見ると葬儀は終わり、いつの間にか目の前には平伏する二人の人物がいた。
「領主であるトリーニア伯爵が御挨拶をしたいと」
一人は昨日、門で自分達の対応をした役人。そしてもう一人は上等な服を着た小太りの男だ。この男が領主だろう。
「お初にお目に掛かります、バレンリア公爵閣下。此度は我が領内でこの様な事態が起きた事、大変申し訳なく思います」
トリーニア伯は額に脂汗を浮かべて謝罪をする。
- 王国には悪いが、ここは演じさせてもらうか
「伯爵、俺はこの件は、主に賊に非があると思っている。だが、街道の治安は貴殿、更には王国側の責務。我が帝国の信頼は責務を果たせぬ者には与えられぬ。これだけはハッキリ言っておこう」
ルドルフの叱責に、伯爵は更に青ざめてしまう。
「っひい…ま、誠に申し訳ございません‼︎」
「ドバルタン王には帝国より正式な抗議を行う旨、伝えておけ」
「は、ははぁあああ‼︎」
これ以上語らぬと踵を返し、聖堂を後にする。
馬車に乗り込むと、同乗したワッズに訊ねる。
「…先程のやり取り、教会に聞こえていたか?」
「ええ。離れた所でひとりの助祭が聴き耳を立てておりましたな」
「それで良い。教会には王国との仲違いが生じたと思わせておこう」
「はっ」
ルドルフは出来る限り、教会には間違った情報を与えようと立ち振る舞う事にした。情報戦の様な事は得意ではないが、それ位の嫌がらせはしてやろうと思う。
「この後は入院した負傷者を見舞うが、その後、俺はダンドルンの視察は予定通り実施する。お前は領事館に戻り、帝都に迎え」
「帝都にですか?」
「陛下に謁見し、これから言う事を一言一句伝えよ。その後、軍の一個師団を引き連れ、王国国境付近に駐留。一週間後、俺が合流するのを待て」
「しかしそれでは、閣下の護衛が…」
「陛下に具申するのはお前でしか務まらん。なに、ダンドルンの駐留軍総出で護衛をさせるさ。それに状況が悪ければ、アカリを雇う」
「かしこまりました。…して、御言伝は?」
「ああ。陛下に… - 」
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週末体調崩して更新遅れました!
すみません!
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