第二章 07「異国の令嬢」

「この度はお助けいただき、感謝する」


服を着直した女騎士、シンディが深々と頭を下げる。

アカリに対してその斜め後ろにいたシンディの主人という少女もカーテシーをすると感謝の言葉を述べる。

「私からも…私はカラゴニュール侯爵の娘、エルシア・ヴィ・カラゴニュールと申します。危ないところを救って頂いたこと、感謝致します」

「お気になさらず。盗賊とか山賊とか碌でなしを排除するのも仕事なんで」

「俺はアカリ。んでそっちのエルフが相棒のリア」

アカリはニコッと笑い、自己紹介をした。

「仕事と仰ると、貴殿は冒険者か傭兵か?」

「傭兵だよ。まあ事情があって旅しながら、依頼で路銀稼ぎにね」

「ほう、女性なのに傭兵とは…余程の実力なのだろうな。いや、あの盗賊共を殲滅したんだ。当然か」

シンディは感心した様な態度を見せる。

「アカリ殿は不思議な武器をお持ちだ。マスケットに似ているが…」

アカリの警戒度が上がる。

カラゴニュールというのがどこの国なのかは分からないが、相手は貴族。この世界のマスケットと呼ばれる銃を知っているのは当然と言えば当然だろう。相手が銃を知っている以上、下手な嘘はマイナスになる。

アカリがどう答えるか逡巡していると、そばに居たリアが思い掛けない事を言い出す。

「ええ、マスケットです。ちょっと最新式ですが」


- えっ?リアさん⁉︎


「私達は帝国の出身なのですが、実はとある方のお抱えの傭兵なんです」

若干の嘘をつきつつ、リアはルドルフから貰ったブローチをシンディに見せた。

「む…紋章のブローチ…?」

「…⁉︎これはバレンシア公爵家の紋章ではありませんか⁉︎」

どこの紋章かをシンディは知らなかった様だが、後ろにいたエルシアが身を乗り出して驚きの声を上げる。

「え、カルドニアの戦神と言われるバレンシア公⁉︎本当ですか、お嬢様⁉︎」


- 戦神って、そんな大層な二つ名なんだ…あのドMマッチョ…


ルドルフの性癖を知っているアカリにとっては、どうにもピンと来ないが、二人が示す人物はルドルフの事で間違い無いのだろう。

「ええ、このカルドニア帝国の国章を抱くグリフォンの紋章…間違いありません」

「なんと…ならばお二人の強さも、マスケットをお持ちなのも理解ですね…」

どうやらシンディ達を納得させられた様だ。

リアがしれっとウィンクをしてくる。


- ナイス、リア…好き。それにしても、紋章ブローチの効果が思わぬ形で証明されたけど…


「それにしても、バレンシア公爵家のお抱え傭兵の方にお助け頂くとは…不思議な縁ですね…」

そう言うエルシアの表情に影がさしたのをアカリは見逃さなかった。

可能性があるのはエルシアが帝国の敵対国の貴族である可能性だろうか。

だが、ここでわざわざ荒波を立てる必要もないだろう。アカリは気付かぬ素振りでいる事にした。

「ところでアカリ殿、後ろにいらっしゃる沢山の女性達はいったい…?」

「ああ、彼女達は山賊団に捕まっていた被害者だよ。砦を急襲して救出したから、王都に届けようとしていたとこ」

「‼︎…それは痛ましい…」

シンディとエルシアは鎮痛な面持ちでユリア達を見やる。

「…でしたら、彼女達を馬車に乗せては如何でしょうか。私達もフェルロンの王都に向かっていた所ですし…もう馬車に乗る騎士もいません…」

悲しげに申し出るエリシアに、シンディは俯く。

「申し出はありがたいけど…騎士達の遺体は?」

「死した者より、傷付いた民を優先すべきです。構いませんね?シンディ」

「当然です。我らはこの国の者では無いが、騎士道に乗っ取り彼女達を助けるべきです」


- 真っ当な考えを持つ貴族もいるんだなぁ。まぁ、ルドルフ様もそうか…変態だけど


アカリは感心しつつ、二人に頭を下げる

「ありがとう、凄く助かるよ」

「いやいや、助けられた恩もある。それに、王都に着いたら騎士達の遺体は教会に回収と弔いを依頼する。気にしないでくれ」


こうしてアカリ達一行はカラゴニュール家の馬車を借り、フェルロンの王都へと向かう事になった。

その道中、並んで歩く馬上でアカリはリアにインカムを使って話し掛けた。

「カラゴニュールって結局どこの国なの?」

『確か、ドーバ連合王国の一地方だったかな。フェルロンの隣国よ』

「ふーん…エリシアさんの反応から、てっきりフライザーの貴族かと思った」

『まあ間違ってもいないかな?フライザーの属国だから』

「ああ、そーゆー…」

『でも、ドーバの人達にとってフライザーは仇みたいなものだし、帝国に対する印象は悪く無いと思う』

なるほど、だからエリシアが微妙な態度を見せていたのかと納得する。

『詳しくは分からないけど、ドーバはフライザーに敗戦して属国になったって聞いたわ。しかもだいぶ卑怯なやり方だったって有名なのよ。ドーバの貴族は表では従ってるけど、フライザーを毛嫌いしてるってのもね』

「成る程ね」

ひとまず彼女達の態度やリアの情報を基にすれば、エリシア達が帝国の敵対者である事はないだろう。アカリはそう判断した。

それにしても数少ない手持ちの情報から咄嗟に判断し、銃を持っている事の正当な理由を思いついたリアには驚嘆せざるを得ない。


- やっぱ、リアは良い相方だな


そう内心で呟きながらリアを見ると、彼女は何か察したのか自慢そうにサムズアップしてくるのだった。



一行がフェルロン王国の王都シルトネオに着いたのは、翌日の昼下がりだった。

王都は周囲を高い壁に覆われた典型的な城郭都市だ。第一城壁と第二城壁の間には平民街や市場、そして工房などが連なる。第二城壁と第三城壁の間が貴族街や軍事施設、そして第三城壁の内側が王城となっているらしい。

「ふーん…城下町の反対側行く場合グルッと回らないといけないのか」

アカリは入門手続きの際に貰った『シルトネオ観光案内図』なるものを見ながら呟く。

元々地頭の悪くないアカリは旅の合間にリアに教えてもらい、既にこの世界の文字が読み書きできる様になっていた。

「にしても、入口で渡されるのが観光案内って…この街って観光名所なのか?」

「うん、結構人気あるらしいわよ?水の街って言われてて、街中にたくさん噴水があるんだって」

リアの解説の通り、確かにそこら中に噴水や水のオブジェがあるのが分かる。確かに今まで訪れた街に比べて見栄えを大事にしている事が見てとれた。


ふと先導するエリシア達の乗った馬車が停まり、御者をしていたシンディが降りて来た。

「アカリ殿、ここがシルトネオの警衛庁です」

シンディが指し示した建物には、確かに警衛庁と書かれた銘板と共に、フェルロン国旗が掲げられている。

「私は事の次第をフェルロン側に伝えます。彼女達のこともあるので、ご一緒いただけないだろうか」

「もちろん」


シンディが入口の門番に事情を話すと、直ぐに建屋内の応接室に案内された。

「この度は災難でしたな。亡くなられた騎士にはお悔やみを…」

「感謝する」

やって来た警衛庁の役人がシンディに哀悼の意を表し、彼女もそれに応える。

「私は警衛庁参事官のボーデックです。恐れ入りますが、改めてご事情をお伺いしたく。勿論、フェルロン王国としてはカラゴニュール侯への便宜を惜しみません」

「重ねて感謝を」

その後、シンディが襲撃の状況などをボーデック参事官に説明。

襲われたシンディ達をアカリ達が救援した話題になると、参事官が初めてアカリの方に視線を向けた。

「するとこちらがカラゴニュール侯の御一行をお救い頂いた傭兵ですかな?」

「ええ、その通りです」

参事官は立ち上がると、アカリに対して一礼をした。

「この度は我が国の客人をお救い頂き感謝する」

「いや、偶然通り掛かった結果です。それよりも南の山地に巣食っていた賞金首の山賊団を潰したんだけど、救助した女性が十六人いるんだ。そっちの対処はどうしたらいい?」

「⁉︎南の山賊だと⁉︎」

アカリは傭兵組合からもらった手配書を机に出した。

「こいつらなんだけど、首は汚いから持ってきていない。代わりに女性達が証言はしてくれる」

「これは…やはり、グアテラ山賊団…。長年、我が国が手を焼いてきた盗賊共だ。これを一人で?」

「いや、相方と二人で」

半信半疑なのだろう。参事官は困った様子を見せる。国が討伐出来なかった山賊団を女二人で倒したなど、中々信じられないのも無理はないだろう。

「ボーデック殿、彼女の実力は私が証明できる。それに…アカリ殿、例のアレをお見せしては?」

助け舟を出したシンディに促され、アカリはバレンシア公爵家の紋章を提示した。

「俺はルドルフ様お抱えの傭兵だ。この紋章に誓って嘘は無いよ?」

「この紋章…ルドルフ様とは帝国のバレンシア公爵ですか⁉︎」

参事官は急にわなわなと震えだしたと思ったら、満面の笑みを浮かべて身を乗り出してきた。

「素晴らしい‼︎我が国の懸案の一つを対処頂き感謝致しますぞお‼︎」

「へっ?…あ、うん」

「いやはや、山賊討伐にカラゴニュール侯一行の救援と大活躍された傭兵があのバレンシア公のお抱えとは、小生納得に御座います‼︎いやぁ、さすがは帝国きっての武の名門!この様な素晴らしい傭兵も召されているとは、懸賞金は色を付けますのでご期待ください!」

赤ベコの様に首を上下に振り有らんばかりの賛辞を述べる参事官。

最初の態度からの豹変ぶりに、アカリは困った様にシンディに視線を向ける。その視線に気付いたシンディも呆れた素振りで苦笑して見せる。

どうもこの国の役人は総じて帝国貴族にへつらう癖があるらしい。


その後、頼んでもいないのに本来なら傭兵組合で行う報酬の受け取りを代行してくれると申し出てくる始末。まあ、救出したユリアさん達への便宜も約束してくれたので、アカリもとやかく言わずに参事官の提案に乗ることにしたのだった。


「そんな訳で、ユリアさん達の事は王国が解放して支援してくれるって」

警衛庁の前で待っていたユリアを含む女性達は、アカリの知らせを聞いて一様に涙を浮かべて喜んだ。

「ああ…家に帰れるのですね…」

彼女達は一度、違法とはいえ奴隷堕ちしている。身分制度のはっきりしているこの世界では、どんな理由であれ奴隷は奴隷として扱われるらしい。そのためほとんどの場合、運良く盗賊や山賊の討伐で解放されても、奴隷身分として冒険者や傭兵に売られてしまう事が大多数らしいのだ。それをシンディから聞いたアカリは改めて酷い世界だと思ったものだ。

「本当にありがとうございました…この御恩は一生忘れません。お二人はしばらく王都に滞在されるのでしょうか?」

改めて深々と頭を下げるユリアが尋ねる。

「そうだね、リサリサの事もあるし、少なくとも一週間位は王都で情報収集の予定だよ」

「分かりました。私は王都の実家に帰りますので、きっと母がお礼をしたいと言い出すでしょう。その時はお食事だけでもお誘いに乗っていただければと思います」

「うん、分かったよ。宿は決めてないけど傭兵組合には顔を出すし、

一報入れてくれれば」

「ありがとうございます」


「アカリ様!」

救出した女性達が警衛庁に保護されるのを見送ったアカリに、エリシアが早足で近づいてきた。

「私達も宿に向かうのですが、まだ宿を決めていらっしゃらないようなら、ご一緒の場所でいかがですか?助けて頂いた御礼に代金はお支払いしますので」

「ん、確かに宿は決めてないけど…なんか悪いな」

「そんな事はありません。むしろそれくらいしか御礼が出来なくて私の方が申し訳ないのです…本来でしたら正当な報酬を御支払すべきなのですが、いかんせん旅の支度金も多くありませんし、私達も騎士を失い、帰りは護衛を雇わねばいけないので…」

なるほど、命を救われてその恩を返さないのも貴族の矜持に反するという事なのだろう。


アカリはうーんと唸ったあと、視線をリアに向けた。

「いいんじゃない?今から宿探しも大変だし」

「ではお言葉に甘えて。よろしく、エリシアさん」

「はい!」

にっこり微笑むエリシア。


- ほう…


改めて見れば、エリシアは非常に可愛らしい美少女だ。

その小柄で華奢な身体に、幼さ残る愛くるしい顔つき。ウェーブがかった栗色の髪…まさにアカリ基準で理想的なお嬢様キャラクターである。

と、彼女を観察していたアカリの脚をリアが蹴りつけてくる。

「痛ったぁ」

「…何デレデレしてるのよ」

「いや、今のは可愛いものを見た人間の極一般的反応だとおもうよ⁉︎」

「そ、そんな…可愛いだなんて…」

アカリの一言に、今度は何故かエリシアが頬を赤めてモジモジし始めた。その様子にリアは余計に機嫌を損ねたのか、もう一度アカリを足蹴りしたのだった。

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