第一章 10 「異世界からの来訪者」

「へぇ…立派な教会」

二層吹抜けになった聖堂は小さくも美しく、品格のあるデザインだった。地球で言えばバロック様式の様な壮麗な建築である。

この世界は今のところ文明レベルが低い世界というアカリの評価だったが、少しばかり考えを改める。

「王都の大聖堂に比べるまでもありませんが。まあ私は清貧を体現している様でこちらの方が好きなんですよ」


着席を促され、アカリは聖堂の長椅子に腰掛ける。

「ところで司祭様。実際のトコ、何で俺に声掛けたのさ?」

アカリはコルシカを鋭く見つめた。

「興味本位ですよ」

疑いの視線に彼は困った様に微笑む。

「貴方の格好は民草では着れないような上質に見えます。まるで西の帝国の上流階級が着るようなデザインに近い」

気になる単語だ。

西の帝国とはどんな国なのだろうか。

「それに…」

コルシカの視線が強くアカリに向けられる。

「貴方が持っている武器です」


- こいつ、銃を武器と認識した…?


「私は以前、教会総本山に属していました。中央の権力闘争に嫌気が差して隠居したのです。なので見識は色々と持ち合わせているのですが…」

アカリは滔々と語るコルシカを最大限に警戒する。

「その形状、マスケットという武器ではないでしょうか?」


この世界には銃がある。

それはアカリには衝撃的な事実だ。これは自分の武力的優位性が揺らぐ恐れがあるのだ。

沈黙の十数秒、アカリは頭をフル回転させて考える。

まずコルシカの意図だ。

彼は銃を知っている。そしてかつては教会の上層部にいたという。そんな彼がアカリを人気の無い聖堂に呼び、銃の事を訊ねる。それが意図するのは断罪か?それとも武器自体が狙いか。


とは言え、判断材料が少な過ぎた。

ならば最大限情報を引き出して、彼の意図を判断するしかないだろう。


- 最悪はこいつを…


「ああ、申し訳ない。警戒なされるのも無理はないですね」

そんなアカリの警戒心を読み取ってか、コルシカは苦笑する。

「ご安心を。私に興味以外の他意は無いですよ。私はね、先程も言いましたが、政治も闘争も懲り懲りなんです。特に戦争の愚かさは身に染みて解っている。だから貴方の武器に興味はありませんよ」

「んなの、信じると思う?」

「まあ難しいでしょうね。…ではこうしましょう。聞きたいことがあったら聞いてください。私が知っていることがあったら答えますので」

相手は見たところ丸腰だ。万が一魔術師だとしても魔術には詠唱が必要と聞いている。

対処は可能。

そう考え、アカリは彼の提案に乗る事にする。

「…マスケット、それは一般的な武器なん?」

「いえ、全く普及してませんよ。所持しているのは教会の聖騎士団や西の帝国の近衛兵団などごく一部です。何せ、高価な貴重品ですからね」

アカリの懸念が一つ解消する。

銃が普及していない。銃をマスケットとして言っている以上、アカリが持つような高性能の近代的銃火器は存在していないと見て良いだろう。

「マスケットは銃っていう武器の一種だ。そいつはいつ開発されたのさ?」

「開発?…ああ。いえ、マスケットは元々この世界の物ではないのです。百年前、異世界より召喚された強き者たちが持っていたのですよ」

「⁉︎…本当の話だったのか。その異世界召喚の話は」

「ええ。詩になる程有名な話ですよ。異世界カリブからの勇者船団。素行は悪いが勇気と力はあって、北大陸の諸問題を解決して回ったという」

なんと百年前の異世界勇者とはカリブの海賊艦隊であった。

「…はちゃめちゃだわぁ。そいつら海賊でしょ…」

「おや?よくご存知で。まあそれでも彼等によって世界は救われたのは確かです」

「で、世界を救った後はどうなったのさ?」

「報酬に金をたっぷり、何人もの女性を当てがわれ歴史の表舞台から退場しました」

要するにあまりの素行不良を放って置けず、報酬渡して強制的に隠居させたという事だろう。

それにしても傍若無人な海賊達を勇者認定するこの世界の感覚は理解に苦しむ。力が有れば何でもよかったのだろうか。

「彼等がいなくなった後、彼等の所持していたマスケットの有用性を認めた西の帝国の皇帝が命じて国を挙げて解析し、製造を行いました」

「作れたのに普及しなかった?」

「ええ。マスケット自体は作れたのですが…火薬が作れなかったのですよ。薬というのは見よう見まねで作れるものでもなく、勇者達も製造法までは知らずに頓挫したのです」

「で、今はどうやって使ってるんだ?」

「火のエレメンタル原石を弾と共に込め、魔術によって発破させて弾を打ち出すのです」

火のエレメンタル原石とは何なのか謎だが、まあオタク知識解釈で想像するに火属性の不思議パワーを内包した鉱石か何かだろう。

要は銃の原理は理解し製造こそ出来たが、肝心の火薬が作れなかった為に、その運用が魔術頼みになった。そしてこの世界の魔術師は希少と聞く。

「普及しなかったのも道理だね。銃は普通の人間を簡単に、安く兵士に仕立てられるのが一つの強みだから。それが数が少ないという魔術師頼みって時点で詰んでる」

と、ここまで喋りアカリはしまったと後悔する。

コルシカがにこやかな笑顔を浮かべてこちらを見ているのだ。


「アカリさんはマスケット、いや銃と言うのですか?かなりお詳しい。そして過去の勇者達の出生をご存知のようだ」

「っち…」

アカリは盛大に舌打ちする。こちらが話の主導権を握ったように見せておいて、巧みにコルシカが知りたい事を喋らされてしまったのだ

「やはり…異世界からの来訪者でしたか」

「最初から勘づいてたんでしょ?」

「ええ、まあ。予感はありました」

念の為、アカリはレッグフォルスタの拳銃をいつでも抜けるように手を伸ばす。

「何が望み?」

「本当に他意は無いのです。ただ…私個人として一つだけ細やかなお願いがございます」

コルシカは何故か深々と頭を下げたのだ。彼の突然の行いにアカリは盛大に戸惑う。

「この先、貴方の前に一人の女性が現れるでしょう。今、彼の方が誰なのかは申し訳ございませんが明かす事が出来ません。ただ一つ…」

一段と頭を下げアカリに願いを告げた。

「どうかその時は、彼の方の願いに耳を傾けて頂きたいのです」

「何それ…訳わかんねって」

唐突な話、更には誰かも分からない相手の話を聞けという願いにアカリは顔を顰める。

「理解していますよ。今の私の立場で詳しい事をお話しできない事を心苦しく思いますし、貴方にも申し訳無く思います。ただの田舎司祭の戯言と思って心に留めておいて頂ければそれで充分です」

「…覚えておくけどさ」

コルシカの真摯な態度にさすがにそう答えてしまう。


その後、彼の願いの真意を図るべく色々と質問をしてみたが、結局肝心の事は答えられないの一点張り。アカリはあまり遅くなってリアを待たせても悪いと思い、教会を跡にする事にするのだった。


「また知りたい事がありましたら、いつでもお越しください」

そう言って見送るコルシカに、アカリは背を向けて歩き出す。

異世界出身だという事がばれて、謎だけが残る対談。どうにもモヤモヤした気持ちである。


- まあ実りは多かったのは確かだけど


銃の存在と普及していない実情。異世界召喚が過去に為され、自分以外にも地球からやって来た海賊達の話。

正体を知られた代償には、一応吊り合った成果ではあった。

アカリは前向きに捉えておこうと心のざわつきに区切りを付け、リアとの待ち合わせ場所に向かった。



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