第一章 08 「旅のテンプレ」
翌朝、柔らかいベットで心身共にリフレッシュしたアカリを待っていたのは、朝食と共に何故か大荷物を用意していたリアの姿だった。
「あ、おはようアカリさん」
笑顔で出迎える彼女に、アカリは首を傾げて尋ねる。
「…どしたの?その荷物」
「えっと…この村には、もう私しかいないから。ここに居ても生きていけないし、だから必要な物と思い出の物だけ鞄につめたの」
成る程、確かにリアは村に留まる事は出来ないというのも納得である。
-あれ…つまり?
「でね、アカリさんが嫌じゃなければなんだけど…その、一緒に連れて行ってくれませんか?」
思いもよらない申し出であった。
正直、この世界のセの字も知らないアカリにとって願ってもない事ではある。
ただ、ここはゲームでなく現実。自分で言うのも何だが異世界から来た怪しい人にホイホイ着いて行くゲーム展開があるとは思っていなかったのである。
「あ、あの、アカリさんはこの世界の人じゃないんでしょ?だから私が一緒に行動すれば、ちょっとは役に立つんじゃないかなと思って…料理も出来るし、野営の時の食べ物だって両親から教わった知識が役に立つだろうし…」
恥ずかしそうに一生懸命理由を説明するリア。
「…だ、だめかな?」
上目遣いの一言にアカリの理性は吹っ飛んだ。
-か、かわええ
「ご、ごめんなさい!差し出がましかったよね?…でもせめて街までは…」
「…アカリ」
「…え?」
「アカリ“さん”じゃなくてアカリでいいよ」
アカリは勢い余ってリアの両手を握る。
「一緒に来てくれるんしょ?」
その様子にリアはうっすらと涙を浮かべて微笑む。
「…ええ!よろしくね、アカリ!」
リアはこの日、生まれ育った村を旅立つ。両親の亡骸の眠る崩れ落ちた民家に手を合わせて別れを告げた。
「お待たせ」
「うん。それじゃ、行こうか」
元男の超美少女とエルフ美少女の二人旅がこうして始まった。
ブエダ村を発ったアカリとリアは森の中を進む小道を歩いていた。
リア曰く、道は村からヤーソンという別の村まで続いているそうだ。そこからはドードスに向かう街道が通っており、一行はまずヤーソンに村に向かう事にした。
「ヤーソンとは交流があったから、村長にブエダが滅んだ事を伝えないと」
リアは寂しそうに言った。
「あまりいい話じゃないけど、村が滅ぶってこの世界じゃよくある話?」
「うん、よくある事よ?…正直、自分の村がそうなるとは思ってもいなかったけど」
「世知辛い…」
どうやらこの世界はあまり人に優しくない環境らしい。
「一番多いのはやっぱり盗賊とかの被害かな。あとは魔獣の被害」
「魔獣ねえ」
ふと二日前に倒したワニ熊の事を思い出す。アカリはワニ熊の特徴をリアに伝えてみた。
「それ多分、アガーティーだと思う。危険な魔獣よ?」
「へえ。まあ確かになかなか死ななかったな」
そんな事を言うアカリの前にわなわなとリアが回り込んできた。
「う、そ…倒したの?アガーティーを⁉︎」
「ん?うん倒した」
「一人で⁉︎」
「そりゃ、君に出逢うまで一人だったし?」
リアは信じられないと頭を抱えた。
「…アカリってどんだけ強いの?アガーティーって上級冒険者か中級冒険者のパーティーが相手するような魔獣よ…?」
「お、おう…多分きっと銃のおかげ︎」
アカリは吊るしているライフルを叩いてみせる。
「確かに銃って強いみたいだけど、絶対それだけじゃないよ」
やんややんやと立ち止まって騒ぐ二人だが、ここは森の中の廃れた街道。常に危険と隣り合わせな異世界の森である。
「リア…」
アカリがリアの口に指を立てて静かにするように促す。彼女も何かを察したようで直ぐに黙ってアカリの背後に移動し、二人は静かに歩き出した。
「…見られてる」
「何だろ…盗賊?」
リアは昨日の事を思い出して震える。
「いや…こいつは…」
「キィィッヒイ‼︎」
甲高く不快な声をあげて道に飛び出してきたのは人の子程の身長の魔獣だった。
「ゴブリン⁉︎」
リアが驚いてその魔獣の名前を口にする。
そう、まさに絵に描いたようなゴブリンである。
「イッツァファンタジー…」
アカリはときめいた。まさにファンタジー異世界に自分が居るんだと。
前方の道を塞ぐゴブリンは五匹。後方にも三匹が陣取り、恐らく周囲の茂みにも数匹が潜んでいる。
「リア、ゴブリンって強い?」
「強くはないけど、数で来るから冒険者泣かせって聞いた事あるわ。それに…」
「それに?」
「…ゴブリンは女の敵よ‼︎」
ファンタジー知識のあるアカリには、リアが何を言いたいか直ぐに分かった。
「テンプレをありがとう」
「ど、どうするの?こんな数に囲まれたら…『パンッ』」
突然の大きな音に、リアがビクッとしてアカリを見る。彼女は既にライフルを構え、前方には一匹のゴブリンが大地に血塗れで倒れている。
「当然、退治するよ」
ゴブリン達は死んだ仲間を見下ろして立ち尽くしている。どうやら唐突な仲間の死を理解する事が出来ないらしい。首を傾げて死骸を小突いたりしている。
「知性は低そうだな」
アカリはお構い無しにトリガーを引き、ゴブリンを血の海に沈めていく。
流石に自分達が死んでいくのが相手の攻撃だと気付いたのか、ゴブリン達が一斉に飛び掛かって来た。
「遅せぇ」
アカリはライフルを素早く下ろすと、レッグフォルダーから拳銃を抜いて撃つ。
「きゃああああ⁉︎」
その時、後方にいたリアが悲鳴を上げた。
見るとリアの身体に二匹のゴブリンが取り付いている。一匹は肩から首にしがみ付きリアの顔を舐め、もう一匹は脚に股間を擦り付けていた。
「嫌ああっ‼︎離して‼︎」
「っちい‼︎リア、耳塞いで目を閉じる‼︎」
とりあえずアカリの指示通りの動きをするリア。
「いい子‼︎」
アカリは腰のポーチからスタングレネードをリアのいる方に投げ込む。
刹那。グレネードが破裂し大音響が響き、堪らず二匹のゴブリンは地面に転がった。
すぐさま二匹を射殺するアカリ。
「大丈夫⁉︎」
「きゃああ‼︎耳がきいいんって⁉︎」
とりあえず無事そうなのでリアは放っておき、他のゴブリンの様子を見るとほとんどのゴブリンが気を失っているか、転がって悶え苦しんでいた。
「最初っからこうしてりゃ良かったね」
アカリはそうぼやくと、残っている七匹を一匹ずつ拳銃で処理していくのだった。
「うーーん…まだ耳鳴りがする」
ある程度回復したリアが唸り声を上げる。
ゴブリンの襲撃を撃退した一行は今、近くの小川で休息をとっていた。というのもゴブリンに舐めれ、性器を脚に押し付けられたリアが「臭くてヌメヌメして精神的にきつい」と身体を洗いたいと言い出したので寄り道をしていたのだ。
という訳で、現在リアは下着姿になって水浴びをしている。
- 女に転生して得したなぁ…
うら若き美少女の健康的な肢体に欲情するのは本能であると、煩悩全開なアカリ。下着は質素なカボパンだが、そもそもブラジャーの概念が無いのか上は裸、つまりオッパイは丸見えである。
「ちょっと、そんなに見られると恥ずかしいわよ…」
まじまじとした視線に気付いて顔を赤めて抗議の声をあげるリアに、アカリは笑って誤魔化す。
「ごめんごめん、可愛いなーって」
「⁉︎⁉︎」
更に紅潮して茹で蛸の如くなったリアは、両手で顔を覆って蹲ってしまった。
「…もう。ホント恥ずかしいから揶揄わないでよ…」
− なにこの反応
リアの乙女な反応に、案外この身体でも恋愛って出来るかもしれないと僅かな希望を抱くのであった。
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