転生武装JKのバイオレンス異世界紀行
羽猫公司
プロローグ1「その名も“キリングJK”」
静寂が支配する細い裏露地にある雑居ビル。煉瓦積みの廃墟のようなその壁にもたれる人影を、古びた街灯の光が照らしていた。
身長百七十センチ程であろうか。水色のブラウスにストライプのタイをルーズに締め、チェック柄の入ったダークグレーのミニスカートから伸びるスレンダーな脚には、黒のショートソックスと黒いローファーを履いている。そして髪はアッシュブラウンのロングヘアー。その顔立ちは整っており、誰から見ても美少女であると評されるであろう。
まさに典型的な日本の女子高生のいで立ちある彼女。ただ、おかしな点がいくつかある。それは日本人の感覚からすれば異質でしかないもの、武装である。
まず、その強調された太腿にはレッグホルスターを着けている。勿論、ホルスターから見える黒光りした物はシグP230という九ミリ拳銃である。そして制服の上から羽織っている黒いダウンジャケットの下から覗いているのはスリングで吊るされたドイツ製五・五六ミリ自動小銃、HK433だ。
そんな異様に重武装な女子高生が、おもむろにポケットから小箱を取り出す。煙草である。取り出した煙草を咥え、右手で火を付ける。その手をそのままポケットにしまおうと下すが、ふと躊躇いを見せてライターだけをポケットに落とした。右手はそのままホルスターのある太腿に這わせていく。
気配。
彼女は、自分が立つ裏路地を歩く人の気配を敏感に感じ取った。近づいてくる足音だけが暗闇に木霊する。
右手を太腿から更に拳銃のグリップに触れるまで進ませた。
敵対するものなら抜く。
その殺意を露にした瞬間、歩んできた人物から声が掛けられた。
「よう、アカリ。煙草くれ」
それは緊張感を一気に砕くような陽気な声だった。武装女子高生、アカリは舌打ちをすると拳銃から右手を離し、ポケットから煙草のケースを取り出す。
「ピース・ライトかよ。俺はメンソール派なんだけど」
「はい?ナメてるの?」
文句を言いつつも煙草に火をくべる男にアカリは毒吐く。
「というかゼタ、何でここに居るんだよ?」
ゼタと呼ばれた男は、おどけた様なジェスチャーを見せる。
「システムからのクエストでね。アカリ達の支援をしろとさ」
「っち…余計な事を」
ゼタは身長百九十五センチ程の長身だ。そしてやけに鋲とチェーンの目立つレザージャケットやピッチりとしたダメージジーンズといったパンクファッションで身を固め、その上からアカリと同じ黒のダウンジャケットを羽織っている。
二人のジャケットの背中と胸元には英語で、【Security Forced=治安部隊】と書かれており、右肩には丸いワッペンが付けられている。
アカリのはフードローブの亡霊をモチーフとした絵柄に【Section7.Unit99 “Wraith”】と書かれたワッペンで、ゼタの物は牙を露にした犬のモチーフに【Section7.Unit24 “Hound”】である。
「今日の獲物は何だ?」
「オーダーリスト見て」
「何も書いてねえ。お前らの支援任務ってだけだ」
何て不親切なオーダーなんだとオーバーリアクションで天を仰ぐゼタに、アカリは再び舌打ちした。任務内容を知らせずに、一体どうやって支援をさせるつもりだったのだろうと訝しむ。
アカリは左手でフィンガースナップをした。すると宙にホログラムの様なデジタルウィンドウが浮き出る。そこにはユーザーメニューと記載されていて、いくつかの項目が表示されている。アカリはその中からオーダーリストを選択、進行中オーダーをタップした。
「獲物はコイツ等。反システム派のギルド【エルガーシュヴァイン】。目的は反システム派の更なる弱体化。要は殲滅して“監獄島”送りするだけ」
ウィンドウに表示されたのは標的である人物の写真が並び、そのアジトが地図上にマークされている。アカリ達のいる位置から三十メートル先にある廃聖堂である。
「まあいつもの任務って事か」
そういう事と頷き、アカリはウィンドウを閉じる。
「既に周囲の街区はうちの部隊が閉鎖済みで、突入は二時ジャストだ。航空支援は戦闘ドローン四機」
「つまり漏れがなければ役立たずな支援のみって事だな」
「期待しないで」
「当然」
アカリはHK433に手を掛け、コッキングレバーを引いた。時刻は一時五十九分、突入一分前だ。
「でもよう。あの教会の入り口、すげえガッチガッチのシステムロックが掛ってるぞ。高位の”ロックブレイカー”でもなきゃ開かねえな、ありゃ」
持ってるのか?とゼタは尋ねる。
「持ってるよ。でもこの程度の任務で使うのは勿体なさ過ぎだろ?」
アカリは鼻で笑うと、小銃を構える。
「ロックが外れないなら…」
その時、空気を引き裂く様な轟音がしたのと同時に、聖堂の玄関が爆発して吹き飛んだのだ。そして空を高速で飛び去って行く戦闘機を不敵に見上げるアカリ。
「ぶっ壊せばいいだけじゃん」
堅牢な廃聖堂には空爆によりぽっかりと穴が開いていた。
大穴の開いた廃聖堂まで人間離れしたスピードで駆け寄るアカリ。その俊足女子高生を追うゼタが感心したような声を上げた。
「相変わらず凄えスピードだな。どんだけAGI(俊敏性)上げてるんだよ」
「他を最低限にしてほぼ極振りだよ。私みたいなCQBユニットはAGI命だからね」
聖堂の中から拳銃を持った人影が現れる。爆撃の衝撃なのか、足元がおぼつかずにふらふらしていた。
アカリは足りながら小銃を構えると、躊躇なく引き金を引く。放たれた弾丸は正確に敵の頭を撃ち抜いてその脳漿をバラ撒いた。
粉塵舞う聖堂内では数人の敵が混乱の最中だ。
「ペコール‼無事か⁉」
リーダー格の男が叫ぶ。
「ゲホゲホッ‼う、うん、生きてる…一体何が⁉」
「クソッ、システム側の攻撃だ‼ここがバレたんだ」
倒れていたぺコールと呼ばれた女性に男が手を差し伸べる。
「嘘、逃げないとセルジラード…‼」
ぺコールの顔が一気に青褪める。
リーダー格の男、セルジラードは手元の自動小銃を確認する。彼の愛用の小銃、64式自動小銃だ。自衛隊の小銃で、彼はその武骨なデザインを気に入っていた。
「敵の規模は不明だが、退路を確保するぞ‼︎退却して将軍に…」
「て、敵襲‼」
聖堂内にいる数人の仲間の誰かは分からない。その中から悲鳴染みた叫び声が上がる。
はっとセルジラードが顔を上げると、そこには反撃の間もなく倒れていく仲間たちの姿があった。
セルジラードは聖堂内に飛び込んで来たその敵、アカリの姿に驚愕した。戦女神とは彼女のような者なのだろう。戦場を飛び回って的確に標的を捉えて排除していく美少女に見惚れてしまったのだ。
「セルジラード‼」
刹那、呆けるセルジラードの身体にぺコールが飛び掛かかった。彼が立っていた場所をアカリの銃弾が通過する。
「クソッ‼」
我に返ったセルジラードはすぐさま体勢を起こし、64式小銃を構えて撃つ。瞬間、アカリは脅威を判断し後方に跳ねた。
「スキルコマンド、ローカストステップ」
アカリがそう唱えると一瞬、彼女の足元が光った。そして踏み込むと文字通り舞い上がった。聖堂の壁を蹴りながら空を移動する彼女に、セルジラード達の弾丸は虚しく宙を切る。
「ローカストステップとか、あんな上級スキル、化け物かよっ‼」
「セルジラード‼︎あいつのワッペン…レイスだ‼︎」
仲間の一人の言葉にセルジラード達は蒼ざめる。
「レイスって、あのキリングJKアカリかよ‼︎クソッついてねえ、クソックソッ‼︎」
フルオートで放たれる弾丸の嵐を踊るように避けていくアカリに次から次へと仲間が沈められていく。それはセルジラードにとって悪夢以外何物でもない光景だ。
このままでは間違いなく数分で全滅する。そう判断したセルジラードは自分の大切な者を守る最善の選択をする。
「ぺコール逃げろ‼︎逃げて将軍に状況を伝えるんだ‼︎」
セルジラードの選択にぺコールは戸惑う。手に持つAK47を乱射し、懸命に相棒を守る意志を示しながら叫んだ。
「馬鹿‼︎逃げるならセルジラードも一緒だ‼︎」
「そうじゃない、俺はいい‼︎キリングJK相手じゃお前を逃すのが手一杯だ‼︎俺は死なないがお前は…‼︎」
セルジラードの悲痛な表情にぺコールは悔しさを滲ませた。
「わ、私が…」
そう、私がセルジラードと“違う“から。どうしょうもない事を今更思い出し、彼女はセルジラードの想いに気付く。
セルジラードは自分達のリーダーだ。でもリーダーとしてだけでなく、ぺコールに一人の男として接してくれていた。
「セルジラード、私はっ…‼︎」
だが彼女にその想いへの答えを伝える事は出来なかった。
「…え?」
ぺコールも自分の身になにが起きたのか一瞬理解できなかった。衝撃を感じた腹部には鮮血に塗れた刀身が見えた。
「逃さねーよ、誰一人もな」
それは冷酷な死の宣告。いつの間にか彼女の背後に立ち、その細い身体に日本刀を突き刺した死神、ハウンド・ゼタは笑っていた。
「…逃げて」
ぺコールの最期の言葉。それは最愛の男への切実な想いだった。
「ペコオオオオル‼︎」
セルジラードは悲鳴を上げ、ぺコールに駆け寄る。だがぺコールの手をセルジラードが握ろうとした刹那、ゼタの刀がぺコールの身体から抜かれた。そして、ぺコールの身体は淡い光と共に霧散する。
「おろ?こいつNPCだったのか」
ゼタが驚きの声を上げる。
「あ、あああ…‼︎」
セルジラードは涙を零し、その怒りをゼタにぶつけた。
「テメええええ‼︎ブッ殺す‼︎」
我を忘れゼタに銃を向けるが、ゼタは冷静に身体を射線から逸らし、瞬発的に刀を振る。その刀身は正確にセルジラードの両腕を切断せしめた。
「畜生があああああ‼︎」
それでもゼタに迫るセルジラード。あと一瞬でゼタの首元に獣の如く噛みつかんとした時だった。彼の身体は急速に距離を詰めたアカリの回し蹴りで派手に吹き飛ばされてしまい、そのまま壁に全身を強打して倒れ込む。
「ヒュー、ナイスサポート。黒の派手なパンティが惚れ惚れするぜ」
「マジで死にたいわけ?」
アカリは茶化すゼタに殺意の目を向ける。本気でこのまま撃ち殺そうかと思案する彼女の耳に、敗北者の憎しみに満ちた声が聞こえてきた。
「テメえら…システムの犬が…‼︎絶対に殺してやる…‼︎」
その声にアカリは不機嫌そうな表情を一瞬浮かべ、小銃を下ろすして脇に回す。そして腿からサブウェポンの拳銃を取り出した。
「何か勘違いしてると思うけどお」
何故かアカリは急に声色を変えた。陽気で可愛らしい声でセルジラードに近付いていく。
「あたしは悪い事、なーんにもしてないですよー?だって、あたしはこの世界の秩序を維持してるだけ。それって正義だよね?」
世界を正しく維持する。それが世界から与えられた彼女達の正義。
「それに消えた女の子はー、NPCだったよね?ホント救いようのない勘違いしてるみたいだから言ってあげるけど…」
アカリは飛びっきりの笑顔で拳銃をセルジラードの頭に突きつける。
「貴方は人間でプレイヤー、彼女はAI。彼女を巻き込んでおいて言えた口?貴方達、反システム派が焚き付けなければNPCは平和に暮らしていたんじゃん。それを正義感ぶって戦争始めちゃって、挙句にAIに恋しちゃった?」
えげつない笑みを浮かべる美少女。
「何が、NPCに自由をですか。セックスしたかったなら大人しくシステムに従ってギャルゲーごっこやってろよ、童貞君♡」
たっぷりと皮肉を込めた弾丸がセルジラードの頭を吹き飛ばし、彼のネームプレートに死亡判定が表示された。
「アカリお前、下衆の極みだな」
「五月蝿い」
アカリはポケットからスマートフォンの様な端末を取り出すと、行動不能に陥ったセルジラードの亡骸にかざす。すると端末からデジタルウィンドウと魔法陣の様なエフェクトが展開した。
『端末使用者、アカリ・カーディナル。第一種PKライセンスを確認しました。確認対象、セルジラード・ボンバヘッド。オーダー407対象者です。アバター破壊権限を行使しますか?』
「イエス」
アカリの応答にシステムコールのは短く『承認されました』とだけ返し、それと同時にセルジラードのアバターはぺコールと同じ様に淡い光を放ちながら霧散していく。
「なあアカリ…」
「なに?」
消えるセルジラードの放つ光を眺めるゼタが何処か儚げに呟く。
「ボンバヘッドってキャラネームセンス終わってんなコイツ」
「…言ってやるなよ」
セルジラード・ボンバヘッドはこうして電子の藻屑と消えていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
はじめまして、羽猫公司です。
本作品が処女作になります。至らぬ所がありますが、頑張って書いていこうと思いますので、よろしくお願いします!
プロローグは完全に本編前の導入なので、ファンタジー要素はまだ無いです。
少々お付き合いいただけたらと思います。
また、ご感想など頂けたら幸いです!
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