第二章 02 「山賊成敗」
山賊団の頭目は日々の戦果に満足していた。
王都のスラム街の孤児だった弱い自分を嫌い、喧嘩に明け暮れて身につけた体技。それを武器に子分を従え、商人を襲い財を築き上げた。
最早、彼は王都一帯の山賊の頂点である。
食うも殺すも犯すも、人間の欲望全てを手に入れられる全能感に酔いしれる日々。
立派な寝具に寝そべった頭目は戦利品の高級酒を瓶ごと煽る。
「良い酒だなあこりゃ。おい!」
気分を良くした頭目は手に握っていた鎖を引っ張った。
「っひ⁉︎」
鎖の先には首輪を付けた全裸の若い女が繋がれている。頭目は彼女の胸を乱暴に揉みながら女に酒瓶を差し出す。
「気分が良い。テメエも飲めや」
「え…あ…はい…あ、ありがとうございます…」
女は怯えた表情で恐る恐る酒瓶を手に取ると、瓶に口を付ける。
その様子を見ていた頭目が悪い笑みを浮かべ、酒瓶に手をかけて女の口に突っ込んだ。
「美味い酒はもっと勢い良く飲むんだよ‼︎ほら美味いだろ?ギャハハ‼︎」
「んぐううう⁉︎ごぼ‼︎げっはっ⁉︎」
喉まで押し込まれた瓶から流れ込む酒に女は溺れ、咳き込みながらその場に倒れる。
「ゲホッゲホッ‼︎」
「あん?何寝てんだ、この糞アマ」
頭目は不機嫌そうに立ち上がると、気を失った女の腰に手をかける。
「まあ穴は使えっからいいけどよお」
その時だ。部屋の外から物音と共に小さい悲鳴が聞こえた。
「あん?」
頭目は怪訝な表情を見せると、隣の部屋で酒を飲んでいるはずの仲間を呼ぶ。
「おい、ゲルト!なんかあったのか⁉︎」
いつもならどんなに酔っていても、頭目が呼べば直ぐに反応する忠臣。そんな彼からの反応は全く無い。
「…ッチ。何だってんだ」
頭目は女を離すと、側に置いてあった愛用のロングソードを手にする。
砦の存在を知っているのは贔屓にしている闇商人か悪徳貴族だけである。ここが騎士団などに知られる事は絶対にないと自信はあった。
- …妙な胸騒ぎがしやがる
それは久々に感じた直感の様なものだ。
やがて廊下からギシギシと人の歩く音がする。
頭目が立ち上がってロングソードを構えると同時に、廊下からアカリが姿を見せた。
「…誰だ⁉︎」
「こんにちは。あんたが山賊団のボス?」
笑顔のアカリが頭目に語りかける。
「…てめぇ何モンだ?」
「あんたらの討伐を依頼された傭兵。まあ、商隊の護衛が主任務だったけど…拠点見つけちゃったし?折角だからカチコミに来たわけ」
「ハァ⁉︎てめぇみたいな小娘に何が出来…って、おい…小娘」
アカリの容姿から有り得ないとは思いつつも、頭目は狼狽えだす。この砦には手下が何人も居たはずだ。だが、何の騒ぎも起きず、現に目の前の女はここに立っている。
「どうやってここまで来れた…?」
「ん?どうって、普通に正面からだよ」
「んな訳ねぇだろ⁉︎俺の手下供が…」
アカリはニヤリと笑い、まるで獲物を前にした狼の如く頭目を見つめる。
「ああ、全員殺したよ?」
「ッ⁉︎」
頭目は直感的にアカリを危険と判断し、彼女を殺すべく踏み込む。
が、その剣筋が彼女に届く事は無く、即座に向けられた小銃の発砲を胸に受け、頭目はその場に倒れ伏す。
「あっちゃ〜…投降を促す筈だったのに…」
アカリは困った様に頬を掻く。
「討伐証明どーしよ…首切って持っていくのも嫌だしなぁ」
依頼を受けた際に傭兵組合で聞いたところによれば、討伐証明は首を持ってくる事らしい。アカリとしては首を切って持ち歩くのは生理的に受け入れづらく、討伐証明として頭目だけは生きたまま捕縛したいところだった。
「とりあえず、リア〜終わったよ」
『あ、うん!そっちに向かうわ」
無線で連絡を入れると、リアから明るい声音で返答がくる。
「砦内は制圧済みだけど、一応気を付けてな」
『了解!』
「さて、と」
室内を見渡すと、頭目の死体の他に女性が一人倒れている。
アカリは女性に近づくと、彼女の首に手を掛けて心拍を確認する。
「…生きてはいるけど、急性アル中になったらマズいな」
漂う酒臭さと状況から、彼女が大量に酒を飲まされ倒れたと判断したアカリは、直ぐにグローブを外すと女性を抱き起こし、喉奥に手を差し込む。
女性は直ぐにえずくと激しく嘔吐し始めた。
「げっっほおえええ‼︎」
「苦しいけどごめんね」
二度それを繰り返し、胃に入った酒を出し切らせる。
項垂れた女性の口に水の入った水筒を当てると、安心させる様に優しく声掛けする。
「大丈夫、俺は君を助けに来たんだ。これ水だから全部飲んで」
女性は水をゆっくり飲み切ると再び意識を失うが、呼吸は落ち着いている。
- とりあえずは大丈夫かな
一通りの処置を終え、彼女を床にそっと寝かせる。
「にしてもこの山賊といい、前の糞野郎といい、民度が低すぎるでしょこの世界」
文明レベルが中世並みな世界だと分かってはいるが、女性絡みの犯罪に遭遇する事が多いのは確かだ。女性の社会的立場が低いのもあるだろうが、恐らく治安も相当に悪いのだろう。
自分も女性となった今は、いつ自分に同じ事が起きてもおかしくない。
「…コイツだけが頼り…か」
アカリは愛用の自動小銃を愛おしそうに撫でた。
ふと近付いて来る足音に一瞬緊張が走る。
「…リアか?」
「うん、私」
馴染みのパートナーの姿にアカリは警戒を解く。
「一通り見回ったけど、山賊はもう居ない」
「オッケー、ご苦労さん」
「この女の人は…?」
「山賊に攫われた人だろうな。意識を失ってるが一応大丈夫だと思う」
リアは女性の姿に唇を噛み締める。
「酷い…アザだらけじゃない…」
全身の至る所にあるアザから、彼女が過酷な状況にあった事が見受けられた。リアは怒りの表情を浮かべ、床に転がる盗賊の死体を見る。
「…コイツが頭目?」
「たぶん。うっかり殺しちゃったんだけど…やっぱ首切らないと駄目かな?」
「生き証人がいるし、大丈夫じゃないかな。他にも何人も居るから疑われる事はないと思うわ」
死体の首を刈る必要が無いとわかると、あからさまにホッとするアカリ。
その様子にリアは少しだけ表情を緩め、アカリの手を掴んで引っ張った。
「このクズ共はほっといて、他の人達を救助しましょ!」
「そうだな」
二人は事後処理に向かうのだった。
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