第19話 結花

「ただいまぁ」


 玄関から聞こえてきた覇気のない沈んだ声は結花だった。


「結花ちゃん、お帰りなさい!」

「あれ、沙耶さん今日は休みなの?」


「ううん、週刊誌に載ってしまったからマスコミが騒いでるんですって。仕事先にも記者が詰めかけたりして迷惑をかけてしまうからしばらくお休みを頂いたの」


「へぇ~じゃあ毎日夕食も一緒に取れるね!」

「ええ、休暇だと思ってのんびりしなさいって社長にも言われてるから、お言葉に甘えようと思ってるの。時間もあったしおやつを作ったのよ、一緒に食べましょう」

 

 沙耶が手作りしたのはプリンだった。卵がたっぷり入った硬めの蒸したプリンだ。


「ん、美味しい! 甘さ控えめでいくらでも食べられそう!」

「この位の甘さだと男性でも食べやすいかと思って・・お義父さまにも喜んでいただけたわ」

「うん、お父さんもだけど・・兄さんも好きだと思うな。沙耶さんもそう思ったんでしょ?」


 結花は横目でチラッと沙耶を見た。図星だったのか沙耶は照れ臭そうにしている。


「沙耶さんてほんと兄さんの事想ってるよね。そうだ、兄さんね甘い物は好きじゃないとか言ってるけどドーナツが好物なんだよ。げっとりあま~いドーナツでも平気で2、3個食べちゃうんだよ。あ、そんな事知ってるか」


「いえ、知らなかったです・・」


(そうだわ、私は馨さんの事を何も知らない。妻だって言っても契約なんだものね・・馨さんも知る必要はないと思ってるのかもしれない)そう考えると沙耶は寂しさが込み上げてきた。


 沙耶の動揺をなんとなく結花も感じ取っていた。これはフォローしないとだめなやつだ。


「あっ、じゃあ今度作ってあげたら喜ぶよ。うん、絶対喜ぶと思う!」

「そうね、結花ちゃんも一緒に作らない?」


「うん! でも私、料理したことないから大丈夫かな?」

「大丈夫よ、私が教えてあげるから。良かったら結花ちゃんのお友達も呼んだら賑やかで楽しいかもしれないわ」


 だが今度は結花が動揺する番だった。


「・・ううん、いいの。私には家に呼べる友達はいないから」


 急に結花は視線を落とし暗い表情になってしまった。


「結花ちゃん‥私には話を聞いてあげる位しか出来ないけれど、良かったら話してみて」


 結花は沙耶の顔をじっと見つめた。そして意を決したように口を開いた。


「私・・今の学校にあんまり馴染めてないんだ」


 結花の高校は馨と同じようにインターナショナルスクールで生徒は多国籍だった。授業も全て英語で行われる。結花の英語力はそれに問題なく付いていけていたが、問題は結花の容姿だった。


 高校では制服は無く、生徒は自由にお洒落を楽しめる環境にあった。が、お洒落を楽しむ生徒とそうでない生徒に分かれる。派閥が生まれ、見た目を差別する生徒も多い。


 あまり服装に手を掛けない上、大人しい結花はよくからかわれたり、派手で目立つ女子生徒から嫌がらせを受けているらしかった。


「私、お洒落とかメイクとかに疎いんだ。お母さんは私には関心がないのに、私が目立つのを嫌ったからお母さんの言う通りにしていたの」


「えっとお母さんの言う通りにしていたというのは・・?」


「お母さんが買って来た服を着て、お母さんが私の髪を切って・・。ファッション雑誌とか見てると怒られたんだよね。子供は勉強だけしていればいいんだって。社会人になって自分のお金で物が買えるようになってからお洒落しなさいって」


 少し自分と似ているな、と沙耶は思った。


 結花の母親が何を意図していたのか沙耶には分からない。だが、腹違いの兄は11も年が離れている。父親は仕事が忙しくて構って貰えなかっただろうし、頼れるのは母親だけだ。結花は母親に逆らえなかったのではないか、と容易に想像する事が出来た。


「結花ちゃん、私の仕事は何でしょう?」

「えっ・・沙耶さんの仕事は・・マネージャーさん?」


「うん。それもあるけどヘアメイクもするのよ。メークアップアーティストの専門学校もちゃんと出てます!」

「あっ! そうだったね」


 沙耶は結花の部屋に案内してもらった。そこで結花のクローゼットを見て言った。


「私も人の事はあまり言えないけれど、結花ちゃんはお洒落自体には興味があるのよね?」


「うん、少しは‥あるかな。可愛い服とか着たいとは思うけど・・学生には必要ないってお母さんに言われた事が気になって、なんとなく買う気になれないの」


「結花ちゃんのお母様の言ってる事は間違いではないと思うけど、外見が原因で学校が楽しくないのは辛いわよね。だから今度、私と一緒に洋服を買いに行きましょう。結花ちゃんのお小遣いで買える範囲ならいいと思わない? それに二人で選ぶのってきっと楽しいと思うわ」


 この人と話すととても心が軽くなる、と結花は思った。私のお母さんの意見を否定せず、でも私が幸せになる事を最優先に考えてくれてる気がする。


 結花は買い物に行くのが楽しみで仕方なくなった。

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