第14話 朝食とフェラーリ

 沙耶は五瀬家のキッチンで料理人の横田が作る朝食を取っていた。馨はまだ暗いうちに出掛けてもうおらず義久は離れで食事をしており、沙耶と結花と二人だけだった。


 この五瀬家に沙耶が引っ越してきて数か月後の朝だ。


「人に作ってもらう朝食ってほんとにいいですね! 朝ゆっくり出来るのって想像以上に快適です」

「沙耶さんは朝食を作る担当だったの?」


「そうですね、小学校を卒業する頃からずっとですね」

「そ、そんなに子供の時から?!」

「お兄さんから聞いているかもしれないですけど、私、高野家の養女なんです」


「それは知らなかったな」

「母が亡くなって天涯孤独の身になった私を親類でもないのに引き取ってくれたんです。だから恩返しの為にも、私は何でもしようと思っていたので」


「なんか偉いね。てか何で私に敬語?」

「なんとなく?」


 結花はプッと吹き出した。


「明日も朝食は作ってもらって食べようね、沙耶さん」

「はい!」


 朝食後、沙耶は仕事の支度のために自室へ戻った。


 馨の部屋の隣、随分広い部屋だった。昔は二部屋だったのを文化財に指定される前に改造して広くしたらしい。重厚な家具が部屋に据え置かれて、涼と買い物した洋服類がすでに洋服ダンスに収まっている。現代的な便利さはないが、こういう木製の家具に囲まれていると落ち着いた暖かな気持ちになるから不思議だ。


「今日はドラマの収録ね、何を着て行こうかなぁ。・・でもこんなの着て行ったら景子に叱られるな」


 涼が選んだお洒落な服ではなく、いつものパーカーと大きめの地味なズボンを履いて、まだ食堂にいる結花に声を掛けた。


「仕事に行ってきます。今日はドラマの収録なのでかなり遅くなると思います」

「いってらっしゃ・・沙耶さん、その恰好でTV局へ行くの?」


「ええ、仕事の時は景子が指定する物を着ないといけないので」

「そ、そうなんだ」

 

 何か動きやすい服装が求められるのだろうか? と結花は考えた。(確かヘアメイクもするんだったわよね、だから・・だから?)


 ヘアメイクさんってお洒落なイメージがあるけど、本当はヘアメイクさんはお洒落しちゃダメとか? 結花が考えているうちに沙耶はもう玄関を出ていた。


「ま、いいや。今度池田さんにでも聞いてみようっと」




______




 今日のドラマの収録は富士山TVの第3スタジオで行われる予定だった。沙耶が景子用の控室に入ると珍しく景子の芸能事務所の沢本副社長が来ていた。


 沙耶も同じ事務所に所属しており、景子のマネージャー兼ヘアメイク担当として事務所から給料をもらっていた。時には景子以外のタレントのヘアメイクに駆り出される事も多かった。沙耶のヘアメイクの腕は一流なのだ。


「あ、沢本さん。おはようございます」

「沙耶ちゃん、おはよう。今日はね、うちの事務所の新人を連れてきたのよ。景子ちゃんのドラマのエキストラとして使って貰う約束を取り付けてあるの」


「おはようございます。ユウミと言います、よろしくお願いします!」


 まだ高校生くらいの素晴らしく可愛らしい顔をした女子だった。沙耶に深々と頭を下げている。


「私は石井沙耶と言います。ただのヘアメイク担当なのでどうぞお気軽に・・」


「沙耶ちゃんてば相変わらず謙虚なんだから。この人は景子ちゃんのマネージャーもやってるの、うちの事務所でも指折りの働き者よ」


 沢本は新人のユウミに向き直った。「じゃ、沙耶ちゃんにメイクして貰ってね」

 

 沙耶がユウミにメイクをし始めると突風にように景子が入って来た。そして見知らぬ女の子にメイクをしている沙耶に向かって噛みついた。


「ちょっと私を先にしてよ! リハに遅れちゃうじゃない。そもそもあんたが出て行ってから・・」

「景子ちゃん、おーはーよーぅ」

「あっ、沢本さん! いらしてたんですね。おはようございます」


「その子は、事務所の新人よ。今日の撮影にエキストラとして出るから面倒見てあげてよね」

「ユウミといいます、よろし・・」

「そうなんですかぁ・・分かりました。でも時間が無いから、ほんと沙耶、早くして!」


 ユウミの挨拶は無視して景子は沙耶をせっついた。

 沙耶は大急ぎで景子の着替えを手伝い、髪を整えメイクを施した。ぎりぎりでリハの声が掛かった。


「じゃユウミも一緒にスタジオに入りましょう。よく見て勉強するのよ。先輩方への挨拶はきっちりね!」



 ユウミの出番が終わると沢本はユウミを連れて帰って行った。


 今日の撮影は遅くなりそうな予感はしていたが、悪い予感ほど的中するものだ。今回のドラマのディレクターは完ぺき主義で有名なのだ。ちょっとした事でも撮り直しが続き、終わったのは終電の時間がとっくに過ぎた頃だった。


(もう馨さんは寝ちゃったかな。でも今から帰るって連絡は入れた方がいいよね)


 沙耶はLINEで連絡を入れるとすぐ返事が返ってきた。『局前のバス停に迎えに行く』


(えっ、一応タクシー代が出るから平気なのに・・)大丈夫だとすぐLINEを入れたが今度は返事が来なかった。

(あれ、もう出ちゃったのかな。迎えに来るって車で来るってこと??)


 沙耶がスマホでやり取りしいると景子が近付いて来た。


「はぁぁ疲れた。タクシー乗り場、並んでるんだろうな。疲れたから荷物持ってね」


 タクシーの停車場には10人ほどが並んでいた。こんなのはよくある事だったから、さすがに景子も文句も言わずに列に並んだ。


 沙耶もとりあえず並んだが程なくするとバス停に1台のフェラーリが止まった。


(ん・・あれかな・・)運転席にはサングラスをかけた馨らしきシルエットが見える。沙耶は景子の荷物を返した。


「迎えに来てくれたみたいなの、じゃあおやすみなさい」


 荷物を戻された景子は一瞬意味が分からなかった。だがフェラーリに乗り込む沙耶を見て景子は自分の目を疑った。


(はぁ? 沙耶の結婚相手がフェラーリで迎えに来たっていうの? 嘘でしょ・・)


 前に並んでいる二人の会話が聞こえてきた。


「おお~フェラーリか。いい色だなぁ、あれ5千万はするやつだよな」

「速いんだろうなあ。って5千万かよ! いやぁ庶民には夢のまた夢だね」



 

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