第17話 週刊誌
翌日朝食の席で真っ先に指輪に気づいたのは結花だった。
「あ、指輪が出来てきたんだね。見せて見せて」隣に座っている沙耶に結花はねだった。
「わぁ~シンプルでいいね。エンゲージリングは?」
「そっちはまだだった。来週には出来てくるさ」
「兄さんが選んだの?」
「いや、二人で選んだ」
「へぇ~」
結花の好奇の目に馨はたじろいだが、平気な振りを装い立ち上がった。
「さて、そろそろ出掛けるかな」
「あ、お見送りします」
沙耶も立ち上がると結花はニヤニヤしながら、「やっぱりさ、玄関で行ってらっしゃいのチューとかするんだよね?」と二人をからかった。
「こら結花、それくらいにしなさい」結花にからかわれて頬を染める沙耶を見かねて義久がたしなめた。
「はぁ~い」
玄関に向かった馨は困った顔をして沙耶に謝った。「すまないな、結花のやつ・・でも君が来てから結花は見違えるように明るくなったんだ」
「大丈夫です、私も結花ちゃんが大好きですから」
「そうか・・そう言ってくれて助かるよ。じゃ行ってくる」
「あ・・」
「ん、どうかしたか?」
「その・・やっぱりしたほうがいいでしょうか?」
「なにを‥」言いかけて、伏し目がちに頬を染めている沙耶を見た馨は彼女が言わんとしている事に思い当たった。
(今は2人だけで夫婦を装う必要はない、が‥)
「じゃ、じゃあここに・・」
馨が指さした頬に沙耶の唇が軽く触れた。ただそれだけで二人の顔は真っ赤に染めあがった。
「‥い、行ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
______
馨が社長室に入るとすぐノックがして涼が入って来た。
「社長、ちょっとお耳に入れたい事が」
「なんだ? 何かあったか?」涼の表情が少し硬いのを見て馨は尋ねた。
「それが、先ほど女性週刊誌の記者から連絡が入りまして来週の号に社長の記事が出ると言われました。昨日の買い物の様子を撮られたようです」
「ああ、やられたな。うっかりしていた。あまり公にはしたくなかったんだが。沙耶の素性も当然知られただろうな?」
「ええ、誰かは調べればすぐ分かるでしょうから。沙耶さんは限りなく一般人に近いですが仕事柄、芸能関係者とみられてもおかしくありませんから、顔を出されてしまうかもしれません」
「沙耶に連絡しておく。結婚したと公表しなければいけないな」
「籍が入っているか調べられますよ、どうしますか?」
「それは沙耶の為にもしたくなかったんだが・・」
「会長にご相談されますか? 内縁という形にしたいと」
「会長はうんと言わないだろう。昔気質の人間だ」
「それにしても‥買い物の後は一体どこへ行かれたんですか?」
「銀座をぶらぶらしてたよ。その後夕食を取ってから帰った」
「お、指輪を買ったんですね。いいデザインです。エンゲージリングはいいものが見つかりましたか?」
「そうだな。2カラットにしたが・・もっと大きい方が良かったのか分からない」
「ハリーウィンストンで2カラットだと10M単位ですね。30近いか、超えるか・・あまり大きい石だと沙耶さんが困惑しそうですから、2カラットで良かったんではないですか」
「本人もそう言っていたよ」
馨はPCの画面を見ていたが頬が緩んで顔は笑顔だった。涼は目ざとく馨の表情に気づいていた。
(ほ―ぅ、これは・・馨君、本気で沙耶さんの事を好きになったんじゃないですか?!)
19時を過ぎた頃、突然帰り支度を始めた馨に涼は驚いた。
「もう帰られるんですか?」
「ああ、帰って週刊誌の話を沙耶にしないといけないだろ」
「ええ、そうです‥ね」
「明日は急ぎで決済が必要な書類は無かったな? もしかしたら川原さんの所へ寄ってくるかもしれない」
「分かりました。運転手を呼んでおきます」
馨が帰宅するとちょうど皆は夕食の最中だった。
「あ、お帰りなさい。早かったんですね、今食事の用意をしますね」
夕食を囲みながら馨は週刊誌の話を出した。
「まぁ仕方あるまい、馨もいっぱしの芸能人並みに有名になってしまったからな。他に大きなニュースでも出ればそっちに注目が集まるだろう。それまでの辛抱だな」
「兄さんが結婚したからって記事になるの? 凄いね。でも私には関係ないかな・・たぶん」
食後、馨の部屋でお茶を飲みながら二人は話し合いをしていた。
「さっきの週刊誌の話なんだが、多分奴らは俺たちが籍を入れてないのを嗅ぎつけてくるだろう」
「それをまた記事にされると・・お義父さまのお耳に入るという事ですね?」
「そうなんだ。父は知っての通り旧式な人間だから、籍を入れないで共に生きていくパートナーなんていうのは理解できないんだよ。きちんとけじめを付けろとか言ってくるのが目に見えている」
「そうですか、本格的な契約結婚に踏み切らないといけない訳ですね」
「そうだな・・本格的になってしまうな。最初の話と変わってしまって本当に申し訳ないんだが、日本でも籍を入れてもらうことになりそうだ・・」
(馨さんが心配しているのは私がバツイチになってしまうから、そうよね? でも・・私は平気だわ。馨さんと別れた後、きっとすぐには結婚なんてしないと思う。他の人を好きになる自分なんて想像できないわ・・私は・・私の気持ちは・・)
黙りこくっている沙耶を見て馨は後悔した。(やはりこんな無理な頼みをしなければ良かったな。沙耶が悩むのも無理はない。きっとしばらくは仕事も控えなければならなくなるだろう・・)
「沙耶‥すまない。君が怒るのは当たり前だ。やはり一度父と話してみるよ」
「いえ。怒ってなんていません。籍を入れるのも私は構いません。今時バツイチくらいは結婚の障害にならないと思いますから」
「そうか、ではそうさせてくれ。それから君の所の事務所にも一緒に顔を出そう。仕事を制限しなくてはいけなくなるだろうから、お詫びしないと」
「そうですね。私も事務所の社長に報告していませんでした」
話がまとまった所で沙耶へ自室へ戻った。
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