第7話 景子と沙耶
私は高野家の養女になったが、どちらかというと使用人のような扱いだった。
高野家は家政婦が一人、通いのお手伝いさんが一人いたが、その通いのお手伝いさんを辞めさせて私にその代わりを務めさせた。お料理は家政婦が、学校から帰ってきた私は家の掃除やら雑用を手伝った。
家政婦の園田さんは気のいい人で私をとても可愛がってくれた。まだ子供だった私が家の雑用、さらには景子の宿題から身支度、学校の準備まで全部やらされている事を知って、少しでも私の負担を軽くしようと努めてくれた。
「沙耶ちゃんはほんとに色んな事が出来るのね」
「うん、お母さんと二人だったから出来る事は自分でやってたの」
「あのね沙耶ちゃん・・こんな事言うとあれだけど、景子さんの宿題とか奥さんのお使いとか少しは断った方がいいんじゃないかしら。いくら養女にしてもらったからって、これじゃ使用人以下の扱いじゃない?」
「景子ちゃんはね私が将来この家を出た時に困らないように沢山勉強したほうがいいから、わたしに宿題をさせてくれてるんだ。お使いもね、ちゃんと出来た時にはお小遣いを貰えるんだよ!」
ちゃんと出来た時、だった。だから色々難癖をつけてほとんどお小遣いは貰えていないのが真実だった。
「それから景子ちゃんのお下がりを貰えるんだ。あんな可愛いお洋服、私は着たことがなかったからすごく嬉しいの!」
これもただ単に景子が新しい服が欲しかっただけの話だ。飽きた服はちょっとシミを付けたり、穴を開けたりして私に下ろし、自分は次から次へと新しい服を買って貰っていた。
高校を卒業すると景子は有名私立大学へ、私はメイクアップアーティストの専門学校へ通うことになった。
景子の両親は私をすぐ働かせようと思っていたから専門学校へ通うことを反対したが、ここで私の味方になったのは他でもない景子だった。
「どうしてお前が沙耶の味方をするんだ、あいつにはこれまで食わせてやった分働いて返して貰わないといけないんだぞ」
「お父さん、私将来女優になりたいのよ。いえ、絶対なるわ! 沙耶には私のマネージャーをやらせるつもりなの。ヘアメイクも全て一人でこなせるマネージャーよ。そうすれば私の取り分が増えるでしょ? マネージャーやヘアメイクを雇う人件費を省けるんだから。長い目で見たらこっちのほうが得なのよ!」
「景子ってホント頭がいいわ! あなた、景子の言う通りじゃない。沙耶もメイクアップアーティストになりたいって言ってるんだから丁度いいわ」
リカ叔母さんとよく似て美人に育った景子は二人にとって自慢の娘だった。敦司叔父さんも遅くに出来た一人娘は可愛くて仕方ないようだ。
「よし、なら専門学校へ通う費用は出そう。だが成人したら高野家の籍からは抜くぞ」
___________
大学時代、ミスキャンパスに選ばれた景子は芸能界にスカウトされてモデルとしてデビューした。
某ビール会社のイメージガールに抜擢され、巷には水着姿の景子のポスターをよく見かける様になった。だから大学でもずっと景子は女王様だった。
「景子さん、今度の日曜に合コンがあるんだけどどう? サークルの先輩がぜひ景子さんに来て欲しいってうるさいんだよね」
「日曜は撮影があるからダメなの。ごめんなさいね」
顔では笑っていたが内心は、たかが公立大学の合コンになんて自分が行くわけがない。安く見られたものだと景子は憤慨していた。
「そっかぁ残念!」 景子と同じ社会学を専攻しているその男は後ろにいる沙耶に目を付けた。
「後ろの人・・景子さんの妹さんだっけ?」
「やだ、違うわよ。うちに住まわせてあげてるだけ。孤児なのよ」
「ふぅ~ん。なんかよく見ると結構可愛いじゃん。景子さんがダメなら君どう?」
「えっ、私が合コンですか?」びっくりしている沙耶に返事する隙を与えず景子が割り込んだ。
「ごめんねぇ、沙耶は私のメイクを担当しているの。だから撮影には沙耶も一緒に行くのよね」
日曜に撮影なんてあったかしら? 私が聞いてないだけ? と沙耶は首を傾げている。
「何の撮影がある・・ぐっ」
景子のヒールが沙耶のつま先を踏んづけた。ちょうど小指の辺りを踏まれて涙が出そうになった沙耶は口をつぐんだ。
「私たちはもう行くわね。またねー」
景子は沙耶の腕を掴んでその場からさっさと立ち去った。
家に帰ってくると景子は沙耶を浴室に連れてきた。
「ねぇ沙耶って顔立ちがハッキリしているから髪型は短い方が似合うと思うの、うんと短いのがね」
そう言いながら景子は沙耶の髪を掴んでバリカンをかけて行った。ジージーという音と共に沙耶の髪がバサバサと床に落ちていく。
「さ、出来たわ。これからはずっとこの長さを保ってね。それからこの眼鏡、これを付けるとぐっとアーティストっぽくなるわ。何事も見た目からだし」
浴室の鏡を覗くとガリ勉だが野球少年と言った体の姿が映っていた。
ショートヘアといった生易しい長さではなくスポーツ刈りというほうが正しいスタイルだ。大きな丸い黒ぶちの眼鏡は伊達だが、人物の印象を全て眼鏡に持っていかれる程のインパクトがあった。
「ね、いいでしょ?」
「えっ、ええ」
沙耶は横を向いたり角度を変えて鏡の中の自分を確かめた。
「あっ! 頭が凄く軽いわ。これなら首も肩こりも解消されるかも! ありがとう、景子」
(ぷっ、おめでたい性格ね。でも私よりあんたが目立つなんて絶対あってはならない事よ。・・よく見たら確かに沙耶は綺麗な顔立ちをしてるわ。今まで気にした事なかったけど、これからは気を付けなきゃね)
無邪気に喜んでいる沙耶を横目で見ながら景子はほくそ笑んだ。
今までは景子のお下がりが沙耶の衣類の全てだった。時には下着まで。だがこの日以降、景子は新しい服を沙耶に買ってくるようになった。
背が高い沙耶はメンズでも着られたから、ほとんどがメンズだった。体の線が出ない大きめのシャツ、地味な色合い、ダボダボのパンツ。撮影現場ではスエットの上下を着せる事もあった。
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