第12話 家族と対面

 五瀬家を訪ねる当日。


 沙耶はいつもの地味なパンツスーツを着込んだ。緑がかった紺色のリクルートスーツの様なデザインだったが、中に先日買った明るいベージュの小花模様のブラウスを着るとぐっと華やかに見えた。


「これで少しはましかな。ふぅ~緊張するな。私は一度目のラスベガスで危ない所を助けられて・・2度目で結婚することに・・。間違えない様にしなくちゃ」


 馨と打ち合わせた内容を口に出してみる。大丈夫、きっとうまく行く。



 高野家から電車を乗り換え1時間と少し、指定された世田谷の最寄り駅に着くと改札口付近にはもう涼が待機していた。背の高い沙耶をすぐ見つけた涼は先日買ったワンピースを着ていないことに気づいた。


「石井さん、お疲れ様でした。あれ、ワンピースはどうしたの?」


「実は・・高野のおばさんと景子に反対されて。きちっとして見えるこのスーツを着て行った方がいいと言われたんです」

「そっかぁ、仕方ないね。でもやっぱり眼鏡は無い方がいいね、うん」


 スーツは地味だったが今日の沙耶は眼鏡を外して、ナチュラルなメイクもしている。ベガスで初めて会った時とは別人のようだ。涼は改めて沙耶の素材の良さに感心した。


 すぐ近くの駐車場に大きな外車が停まっていた。涼の運転で着いた家は歴史を感じさせる洋館だった。敷地も庭も広く、あとで聞いた話によると文化財に指定されている建物だった。


 玄関前に馨が落ち着かない様子で立っている。


「こんにちは」少し緊張した面持ちで、沙耶は挨拶した。


 眼鏡を外した沙耶を初めて見た馨は、その美しい瞳に一瞬我を忘れて見とれてしまった。


 そんな馨に涼はそっと耳打ちした。「馨君、大丈夫? 眼鏡かけてもらう?」


 そう言われて我に返った馨は笑顔を取り繕って答えた。「問題ない。よく来てくれたね、電車は混まなかったか?」


「はい、この時間は空いてました。あの・・このスーツじゃまずかったでしょうか?」


 沙耶は馨が一瞬無言で自分を見つめていたのは服装が良くなかったせいだと勘違いした。


「いや、大丈夫だ。ブラウスもよく似合ってるよ」


 家・・というより屋敷という広さだった。中に入るとお手伝いさんらしき人が居間にお茶を運んできた。


「こちらは通いでお手伝いをしてくれてる佐々木さんだ」

「石井沙耶と申します、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げる沙耶に慌てて涼が声をかけた。「やだな、二人とも。結婚したんだからもうじゃないじゃない」


「あ、ははは。そうだな、まだ実感が湧かないな」慌てて馨も調子を合わせたが棒読みのセリフのようだった。


 お手伝いさんの佐々木が居間を出て行くと、馨はソファにどさっと背を預けた。


「全然だめだな。いざやってみると穴だらけだ」

「ご、ごめんなさい。私、うっかりしてました。五瀬さんの・・」


 涼がぱっと身を乗り出して言った。「それだ! 二人とも、名字で呼び合うの? 変だよ、名前にしようよ」


 あっ、と沙耶と馨は顔を見合わせた。馨は頷き、沙耶も「はい・・」と答えた。


「それじゃあ頑張って行ってきて。僕はここで待ってます」


 洋館の母屋から一旦外に出て150mほど歩くと洋館とはガラっと変わって純和風の建物が、美しく整えられた庭木の間から顔を出した。


「あそこが離れで父が暮らしているんだ」


 時代劇のセットに連れて来られた様な錯覚に沙耶は陥った。今にもあの玄関からまげを結った着物姿の女性が出てきそうだ。


 沙耶が通された部屋ももちろん和室だったがテーブルと椅子が据えられて、家具は現代風だった。

 床の間を背にして60代位の白髪交じりの男性と反対側に高校生位だが地味で顔色の悪い女の子が座っていた。


「父さん、こちらが沙耶です。沙耶、父さんと妹の結花だ」

「よく来てくれたね。座ったままで失礼するよ、私が馨の父の五瀬義久だ。これからよろしく頼みますよ」


「妹の結花です。よろしくお願いします」


 義久は活力に満ちた堂々たる風貌で、隣の結花より余程健康そうに見えた。


「沙耶と言います。ふつつか者ですがこれからよろしくお願いします」


 型通りの挨拶が済み、沙耶は義久から色々と質問を受けた。事前に口裏を合わせておいた通りに沙耶は答えて行った。


「高野景子さんのマネージャーをしているそうだね? 仕事は・・やりがいがあるかな?」


「・・大変な事も多いです。私は元々ヘアメイクの専門家になりたくて・・なので役柄に合わせてメイクや髪形を施すのはとても楽しいんです。時には景子以外の役者さんのヘアメイクを頼まれる事もあるんです! 現代劇より時代設定があるお話の方がよりやり甲斐がありまして、髪型は特に時代によって・・」


 つい話に熱が入ってしまった沙耶を義久は面白そうに眺めていた。


「あっ・・すみません。こんなどうでもいいお話をついペラペラと・・」

「いやいや、うちはTV局も持ってるからね、そういう話も全く関係なくはないんだよ」


 義久は馨に向き直って言った。


「いい方を迎えたな、馨。あとは家の中を案内してあげなさい。古い家だから不便な事もあるかもしれない、困ったことがあったら何でも相談して下さいよ、沙耶さん」


「はい、ありがとうございます」


 想像していたより優しそうなお父様で良かったと、沙耶は少し安堵した。


「それじゃあ行こうか、沙耶。結花はどうする? 一緒に行くか?」


 内心、馨はまた断られるだろうと思っていた。だが結花は少しモジモジしながら予想外の返事をした。


「うん、一緒に行こうかな」


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