第23話 景子の来訪
「ただいま~。ああ、お腹空いた。沙耶さんいるぅ~?」
沙耶と馨の前に座っている高野景子を見て結花はぱっと顔を輝かせた。「わぁ高野景子だ。あ、ごめんなさい高野景子さん」
すかさず景子が反応した。「あらぁ私の事をご存じでいてくれて嬉しいですわ。どうぞ名前で呼んでくださいね」
「テレビで見るよりずっと美人ですねーあっそうか! 沙耶さんがマネージャーをしてるんだもんね。だからうちに居るのか」
「そうなの、私の事が心配で来てくれたんですって」
「へぇ~。でも沙耶さんは大丈夫だよね? 私も兄さんも付いてるんだから!」
「ええ、大丈夫。それにこんなにのんびり出来るのって久し振りで得しちゃった気分よ」
(何この和気あいあいとした雰囲気。まるで私が入る隙がないじゃない)思っていたよりも五瀬家に馴染んでいる沙耶が景子にはますます気に食わない。
「沙耶にこんな素敵な妹さんが出来たのね。良かったわね」
「ええ、一緒にいるととっても楽しいの。結花ちゃん、これ景子が持ってきてくれた和菓子なの、食べてみて。今お茶を持ってくるね」
沙耶がいなくなると景子は言った。「素敵なご自宅ですね、とても歴史がありそうだわ。よろしかったら中を少し拝見させて頂いてもいいかしら?」
「兄さん、母屋を案内してあげてよ、それにお庭も! 景子さん、うちの日本庭園はなかなか素敵なのよ」
沙耶はお茶を淹れに行っていないし、結花はもう和菓子に手を付けている。言い出した結花が案内すればいいのにと思いながら、馨は仕方なく景子を連れ出した。
「本当に素敵なお宅ですわ。どの位前に建てられたものなんですか?」
「明治に入ってからすぐに建てられたようですね。でも文化財に指定されているので勝手に改築も出来ないから不便ですよ」
馨は沙耶のおかげで女性恐怖症の症状は治まりつつあった。だが景子はいやにぴったりと隣にくっついて歩くし、話すときは馨の顔を覗き込むように見上げてくる。こんな風にされると、落ち着かなく、不愉快な気分が沸き上がってくる。
広い場所に出て景子との距離を取りたかった馨は、急ぎ足で庭に出た。
そして池の近くに差し掛かった時だった。庭石に足を取られた景子が馨に倒れ掛かり、それを抱きとめた馨は景子と抱き合う形になってしまった。
フラッシュが続けざまに光った。馨が上を見上げるとはしご車の頭が高い塀の向こうからこちらを覗いている。そこからカメラを構えた男がまだ写真を撮り続けていた。そしてこちらが気づくとすぐはしごを下げにかかった。
景子は驚いて固まっている振りをしてまだ馨に抱きついている。馨は景子を力づくで振りほどいた。
「なっ、あんな道具まで用意して写真を撮るなんて!」
「怖いですわね、どうして記者ってああなのかしら。それにしてもおかしな所を撮られてしまったわ‥」
「早く中に戻りましょう」馨はイライラした様子で先にたって母屋へ戻った。
リビングでは沙耶と結花と涼が談笑していた。
「兄さん、景子さんおかえりなさい。ね、お庭綺麗だったでしょ?」
「ええ、素晴らしい日本庭園だったわ」景子は何事も無かったように結花に微笑みかけた。
「すっかりお邪魔してしまって。沙耶の元気そうな姿も見れたし、私はお暇いたしますわ」
「わざわざ来てくれてありがとう、景子」
「景子さん、よかったらまた来てくださいね」
結花に罪はないが、とんでもない事を言ってくれると馨は心内で毒づいた。
「ありがとう、また遊びに来るわ。沙耶の話も聞きたいし」
「では僕が送って行きますね」涼も立ち上がると馨が声を掛けた。「後で連絡してくれ」
馨の重い表情を見た涼は黙って頷いた。
二人が帰ると結花も自室に引き上げた。馨は疲れた顔でソファに腰を下ろした。
「また外に記者がいたよ。高野景子といる所を写真に撮られた」
「私も先日、出産予定日を聞かれてびっくりしました」
「なっ・・さっきは平気だと言っていたが本当に大丈夫か?」
「はい。心配されたお義父さまがマスコミに手を回してくださるとおっしゃっていましたし」
「そうか。父にはまだまだ影響力があるからな・・不自由をかけてすまない」
馨はテーブルの上の沙耶の手にそっと触れた。今度は沙耶も手を引っ込めはしなかったものの、さっと立ち上がって言った。
「お疲れですよね、お風呂の用意をしてきますね」
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