第22話 沙耶の変化

 馨は職場に贈られてきた花を少し自宅に持ち帰った。リビングにはカサブランカの強い香りが充満している。


「わぁ~すごい沢山のお花。いい香りだわ! このお花、どうしたんですか?」

「君との結婚祝いで社長室に沢山届いたんだ。花は好きか?」

「はい、好きです。そこにお花があるだけで気持ちが明るくなりますよね」


(俺は君がいるだけで気持ちが明るくなる)馨は言葉にはしなかったがそう思っていた。


「君の部屋にも飾るといい」

「兄さん、私もいい?」


 沙耶と花を見ていた結花が顔を上げて馨を見た。


「いいけど・・あれ、結花何か感じが変わったな」


「えへへ、いいでしょ? 沙耶さんに髪を整えて貰ったんだ。軽くメイクもしてるの。学校に行ったらねジャネットが話しかけてきたんだよ、洋服はどこで買ってるのかって聞かれたんだ。今度一緒に買い物に行く約束もしたんだよ!」


「良かったわね! 結花ちゃん。メイクの仕方は私が教えてあげるから。結花ちゃんならすぐ上手になるわ」

「うん! プロに教わるんだから間違いないね」


 結花が自分の部屋へ花を持っていくとリビングには馨と沙耶二人だけになった。


「結花を可愛がってくれてありがとう。君が来てから結花は本当に明るくなったよ」


「結花ちゃん、学校のお友達とうまく馴染めなくて困ってたみたいなんです。それで二人でお洋服を買いにいったり・・色々と。でも妹が出来てとても嬉しいのは私なんです。結花ちゃんが私に悩みを打ち明けてくれたのも本当に嬉しくて」


「そうか‥そんな風に思ってくれて俺も嬉しいよ。そうだ! 指輪が出来てきたんだ」


 馨はカバンの中からエンゲージリングの箱を取り出した。そして沙耶の指にはめようと沙耶の左手を取った時だった。沙耶が、ぱっと手を引っ込めたのだ。


「あっ、あの自分でつけてみてもいいですか?」

「あ、ああ。付けてみてくれ」(なんだ? 今手を引いたよな・・どうしたんだ?)


「うわぁやっぱり大きいですね。キラキラしてる・・ほんとに綺麗・・」

「これにして良かったな」


 馨は指輪に見とれている沙耶を見て少しほっとした。(俺の気のせいか、さっきは触られたくない様に見えたが)


 だが馨の気のせいではなかった。翌朝出社する時の頬へのキスもなかったのだ。沙耶は笑顔で手を振っていたが馨に近づこうとはしなかった。




 その日の夕方近くに馨に面会を求めてきた人物がいた。


「社長、高野景子が来ていますがお会いになりますか?」

「高野景子? 一体何の用だ・・今日はこの後何かあるか?」

「いえ、特別な事はありません。今日も早く帰れますよ」涼はニヤリと笑って見せた。


「それなら会ってみるか。通してくれ」


 景子はここぞとばかりにめかしこんでいる。そして幼馴染で家族でもある沙耶を心配する心優しい女を演じていた。


「突然訪問した失礼をどうか許してください。週刊誌に報道された沙耶が心配で夜も眠れなくて。沙耶の様子を伺いたくて居ても立っても居られなかったんですの」


「そうですか。ですが心配はご無用です、沙耶は宅で元気にしていますよ」

「それは良かったですわ。はぁ~安心したら力が抜けて・・」


 景子は胸に手をあてながらよろめく振りをした。近くにいた涼が支えてソファに座らせた。


「池田、飲み物をお出ししてくれ」すぐ帰ってもらうつもりだったが、仕方なく馨はそう言った。


「はい」涼もやれやれと言った面持ちだったが、声には表さず部屋を出て行った。


 涼が戻ってくると景子は盛んに馨に話しかけていた。


「沙耶が五瀬家でご迷惑をお掛けしていないか心を砕いておりましたの。私は子供の頃から沙耶を知っていますから・・」


 いかにも沙耶に何か問題がある様な思わせぶりな話し方だ。


「でも私たちは大の親友、今では大切な家族ですから放っておけなくて。厚かましいお願いだとは思いますけどこの後私も一緒に沙耶の所へ連れて行っていただけませんでしょうか?」


 一緒に五瀬の家に行きたいと言っているのか?! 本当に沙耶を心配しているのか怪しいものではあったが、断る口実が咄嗟に思いつかなかった。


 元気だと言ってしまった以上、病気は理由に出来ない。そして今回断ってもまた同じ理由で来るのは目に見えている。


 馨の考えを汲み取った涼が声を掛けた。「それでしたら今日は私が運転して世田谷まで行きます。沙耶さんとお会いになった後また送って行きます」


「まぁ! ご親切にありがとうございます」



_______



 リビングで景子が持って来た和菓子とお茶を囲みながら馨と沙耶と景子の間には微妙な空気が流れている。涼はお茶を出した後、キッチンに下がっていた。


「心配してたのよ沙耶。記者にしつこくされたりして嫌な思いはしていなかった?」


「え、ええ。家には沢山来てたわ。でもコメントはしないと馨さんと約束していたから、何も話さなかったの。確かにしつこかったわ」


(馨さん‥か。ま、いいわ。今に見てなさい、その馨さんを私の物にしてみせるんだから)


「そうか・・沙耶、苦労をかけるな」心配そうな顔の馨とは反対に沙耶は笑顔で答えた。


「週刊誌の記者に取材されるなんて人生の中で滅多にある事じゃないですよね? そう思ったらちょっと楽しくなりました。ある事ない事言ってくるって聞いてましたけど本当にその通りなんだなっておかしくて・・」


 沙耶はその時の事を思い出し、下を向いてクスクス笑っていた―私が妊娠してるわけないのに。


 その笑っている沙耶を馨も嬉しそうに眺めている。


(私を相手している時とは随分違う顔ね・・気に入らないわ)相好を崩した馨の様子を見て景子は不愉快になった。


 そこへ結花が帰宅した。結花はリビングに元気よく入って来た。

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