第21話 報道の後
母屋の廊下を歩きながら沙耶はずっと考え込んでいた。自分はどうしたらいいのだろう? と。
裏口から戻ったはずが、なかなか帰ってこない沙耶を心配した結花が沙耶の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「沙耶さん、遅いから心配しちゃった。記者に捕まったの?」
「ええ、でもすぐ戻ってきたわ。その後、お義父さまと会って少しお話していたの」
「なぁんだ、記者に捕まって質問攻めになってるかと思ったの」
(結花ちゃんに心配かけちゃだめだわ。お義父さんの話だと結花ちゃんもとても苦労したみたいだもの、これからは楽しく過ごせるように私が気を使ってあげなきゃ)
「ごめんね、心配かけて。さ、部屋に行って買った物を着てみましょうよ。明日は学校へ行く前に私が髪をセットしてあげるわね」
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A「ねぇねぇ! 知ってる?」
B「知ってるわ」
A「私まだ何も言ってないじゃない」
B「社長の結婚の事でしょ?」
A「え、ええ。あなたも週刊誌読んだのね」
B「当然よ、自分が働いてる会社の社長なんだもの。でも驚いたわ」
いつもの受付嬢二人の会話だったが、今日ばかりは二人の話を小耳に挟んで女子社員が集まってきた。
「その記事、私も読んだわ。信じられないわよね?」30代位の社員が声を掛けた。
「社長って女嫌いで有名だったじゃない? 私ね、前エレベーターの中で社長と会ったことがあるのよ。その時、お昼を食べた帰りで他の女子社員5人と一緒に乗ったんだけど、社長どうしたと思う?」
「何なに? どうしたの?」
「次の階ですぐ降りちゃったのよ! 社長室なんて最上階なのに私達6人が乗ってきた途端、次の階のボタンを押してね」
「あ、あたしも思い当たる事あるかも! あたしは秘書室の子と同期で仲がいいんだけど、池田さんがお休みの日に彼女がお茶を持っていったらドジって社長の袖にお茶をこぼしちゃったんだって。慌てて袖を拭こうとしたら、社長がびっくりして『触るなっ』ってその子の手を払いのけたんだって。その子の方がびっくりよね!」
女子社員たちの会話を聞いていた受付嬢の一人が言い放った。
B「でも社長の結婚は本当で、相手は紛れもなく女性よね」
「・・・・・そうだ! 社長に面会に来た女性を見たんでしょ? どんな人だったの?」
A「背が高くてベリーショートの髪で・・スタイルが凄く良かったわね、ねぇ?」
B「そして美人だったわよ。控えめな態度で」
「じゃその人に間違いないわけ?」
A「社長と仲良く出掛けて行ったけど‥あの人だと思う?」
B「週刊誌に『石井沙耶』って書いてあったじゃない。あの人も石井って名乗っていたでしょ」
「じゃ、その人に決まりね! また来るかもしれないわね、会ってみたいわ~」
女子社員達の噂話は尽きなかった・・。
___________
その頃、高野家でも沙耶の結婚相手の話で大騒ぎになっていた。
「景子ったら沙耶の相手が誰か聞かなかったのね」
「あら、お母さんだって聞かなかっただじゃない」
「もう済んだことは仕方ないじゃないか。しかし相当な玉の輿に乗ったもんだ」母娘の間に割って入ったのは修二だった。
「悔しいわ! ベガスでは私も一緒だったのよ。同時に出会っていたら私の方を好きになったに決まってるのに」
「週刊誌に載ってる写真で見てもイケメンよねぇ。しかも五瀬グループを率いる社長で‥こんなに若くして社長になれるなんて相当デキる人って事よね」
「あんな父親の素性も知れない沙耶が私を差し置いて玉の輿に乗るなんて許せないわ」
「景子ちゃんだったら今からでもその社長を横取り出来るんじゃないか?」
「あらっそれもそうね・・」
「そうよ、女優なんだから演技はお手の物でしょ? 五瀬さんに近づいて惚れさせるのよ! 五瀬グループの後ろ盾があったらうちの会社も今とは比べ物にならない位に拡大できるわ」
「何か口実はないかしら・・」
「沙耶の事が心配だったって尋ねて行くっていうのはどうだ?」
「それはいいかも。沙耶はバカだから向こうの家でドジやってるかもしれないし。景子の方が五瀬家に相応しいと思わせるのがいいわ」
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馨と沙耶の結婚の記事が出たのは昨日だった。翌日に出社すると馨に出会う者は皆お祝いの言葉を述べた。社長室に入ると祝いの花や電報で溢れかえっていた。
「おはようございます、僕の仕事が3倍に膨れ上がってますよ」
涼は誰から花や電報が届いたかをチェックしていた。
「そっちの対応は任せるよ。全く‥自分が報道される側になるっていうのは気分がいいものじゃないな」
「取材の電話も全て断っていますが・・。隠されると余計に知りたくなるのが人の
「いや、嘘がバレる確率が上がるだけだ。馴れ初めの事を調べられたくない」
「うーん・・社長は沙耶さんの事を本気で好きですよね?」
涼は突然真面目くさった顔をして聞いて来た。意表を突かれた馨は口ごもった。
「それは・・俺たちは契約結婚なんだし・・」
「馨君、僕の目を誤魔化そうったって無駄ですよ。馨君の気持ちなんてまるっとお見通しなんですから」
「なっ・・」冷徹社長には似つかわしくなく馨は顔を赤らめた。
「だから契約結婚なんて白紙に戻して事実にしてしまえばいいんです。結婚は本物になり二人は末永く幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」
実際の所、それがいいかもしれないと馨は考え始めていた。この日帰宅するまでは。
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