第46話 クリスマス
「沙耶さ~ん、これどこに置く?」
結花は今朝届いた大きなブーケを花瓶に生けて重そうに持っていた。
「わぁーすごいお花ね。でも百合は香りが強いから食堂はだめね。リビングか階段下の玄関ホールにしましょうか?」
「玄関ホールに飾って来るね。ん~~~いい香り」
「あれは若旦那さまが?」
「そうみたいね、結婚祝いでも頂いていたから百合がお好きなのかしら?」
百合の香りに包まれ、沙耶は自分では意識していなかったが確実に記憶は戻りつつあった。
「沙耶ちゃ・・いえ、沙耶さんね。いつまでも子供の頃と重ねてしまって私ったら」
「園田さんが呼びやすいように呼んでくれて構わないわ。ここでは誰も気にしないと思うし」
「そうですか? でもなるべく気を付けないと・・そのうち奥様とお呼びするようになるんでしょうから」
「え?」
「いえいえ、独り言ですわ。ささ七面鳥が焼けたようですよ」
「私お父さんを呼んでくるわ、兄さんと涼さんももうすぐ着くってLINEに返事が来てた」
______
30分前
「そこの花屋で止めてくれないか?」
馨は帰宅途中の道で大きな花屋に寄った。
「すみませんが、ヤドリギはありますか?」サングラスをかけたままだったが決まり悪そうに馨は聞いた。
「はい、クリスマスですからご用意してございます。・・こちらでよろしいですか?」30代位の店員が持って来たのは3本がひとつに束ねられたヤドリギだった。
「ええ、それをお願いします」
「他に御用はございませんか?」
「・・そ、そのポインセチアを一鉢いただきます」
「ありがとうございます、お包み致しますので少々お待ちください」
馨の態度はまるでうぶな高校生のようだったが、店員達は笑顔で馨を見送った。
「あんなイケメンでもヤドリギを使わないといけないのかしら?」
「自分用じゃないとか?」
「でも態度にありありと出ていたわよね」
「うふ、可愛い~♪」
「相手の人が羨ましいわね」
_____
「こんばんは~お邪魔します」「ただいま~」
「おかえりなさい、涼さんこんばんは。あれ、兄さんまた花買って来たの? 百合は今朝届いたよ」
「クリスマスと言ったらこれだろ?」大きなポインセチアの鉢を抱えた馨はつらっと答えた。
「うん、まぁそうだけどね」
「俺は着替えてくるから、涼は休んでてくれ」
「池田さん、リビングにエッグノッグが作ってあるよ~暖かいうちにどうぞ」
リビングには沙耶と義久も居た。沙耶がカップに入った暖かいエッグノッグを手渡してくれた。シナモンとラムのいい香りが鼻腔をくすぐる。
「兄さん、遅いなぁ。着替えるのに何分かかってるんだろ」
「結花はお腹がすくとイラつくからな。食堂に移動しておこう」義久は笑いながら立ち上がった。
「結花ちゃんが飲んでるのってこれと同じ?」涼は結花のカップを覗き込みながら尋ねた。
「違うよ、ノンアル。高校生だもん」
食堂では七面鳥が焼けた香ばしい匂いが充満していた。ほどなくして馨も来て、食事が始まった。
「メリークリスマス!」
「園田さんのお料理はほんとに美味しいね。」
「あれ? 園田さんは?」
「お孫さんたちが待ってるからって帰ったよ。今日は息子さん夫婦の家に行くんだって」
「池田さんはご家族とお祝いされないんですか?」涼の隣の沙耶が聞いた。
「母が父の仕事先の台湾に行ってまして。同居している兄は新婚なので邪魔したくないんですよ」
「一昨年だったか。結婚したのは?」
「ええ、そうですね。まだまだ新婚気分で僕にも早く結婚しろ、とか言うんですよ。仲がいいのはいい事なんですけどね」
クリスマスの夕食は終始和やかに進んだ。
「ケーキは〇〇ホテル特製のイチゴたっぷり「これでもかイチゴケーキ」で~す!」結花がイチゴだらけのケーキを運んできた。
「そんな品のない名前なのか?」義久が眉をひそめた。
「・・私が勝手に名付けただけ。こんな賑やかなクリスマスは初めてでテンション上がっちゃった! あはは」
ケーキを食べ終わるとクリスマスはお開きとなった。義久は離れに戻り、涼はタクシーで帰って行った。馨と結花と沙耶3人は簡単に後片付けをしてから自室に引き上げた。
「あの・・沙耶」
馨と沙耶の部屋は以前と同じに隣り合わせだった。自分の部屋の前で馨は沙耶を呼び止めた。
「クリスマスプレゼントがあるんだ、俺の部屋に・・」
「えっほんとですか? でもどうしましょう、私は用意してませんでした・・」
「いやいいんだ。うちはいつも現金でやり取りしててクリスマスは物を用意しないから、結花も父さんもいらないと言ったんだろう?」
「ええ、来年からは変えるのも面白いかもしれないって笑ってましたけど」
「入ってくれ、廊下は寒いし」
馨は窓際に沙耶を呼び寄せた。カーテンが少し開いており、この窓からは離れにある日本庭園とは違う、英国風のボーダーガーデンが望めた。大小のパンジーやプリムラ、ノースポールなどが花の少ない冬の庭に彩を添えていた。
「これ、何色にするか迷ったんだが・・」
馨が差し出した箱を開けると大判のストールが入っていた。
「いい手触り。とっても柔らかいわ・・ありがとうございます。とても素敵ですね!」
馨は沙耶の手からストールを取り沙耶の首にふわっと巻いた。サーモンの混じった柔らかい色合いのピンクは沙耶の白い肌を引き立てた。
「うん、似合うよ」
ストールを沙耶の首の辺りで軽く握ったまま馨はふと窓枠の上に視線を移した。そこにはヤドリギが飾られていた。
「あれは何ですか?」馨の視線を追った沙耶が尋ねた。
「あれはヤドリギだ。そして君はその下にいる・・」
「あ・・」
クリスマスにヤドリギの下に立つ人はキスを断れない。沙耶もそれは知っていた。
馨はそっと沙耶を引き寄せた。「君に触れたいのは今も変わらない」
そう言った馨の情熱的な眼差しに沙耶は自然と目を閉じていた、馨の唇が触れ熱い吐息が感じられる。
「またイチゴの味がする」
「あ、これでもかイチゴケーキの・・」
優しく微笑みかける馨に沙耶も笑顔を返したその刹那、バラバラに散らばって行方不明になっていた記憶のピースが夕立の様に一斉に降りかかってくるのを沙耶は感じた。
目の前の光景は過去の映像と重なってバラバラのピースはぴたりと正しい場面にはまって行った。
ラスベガスでの出会い、フェラーリから見た夜景、銀座のデート・・馨の口に入れてあげた和菓子の欠片の形まで蘇ってきた。
「かおる・・さん」
「ん? どうした」微笑みを残したまま馨は沙耶の潤んだ瞳を見て狼狽えた。
「す、すまない。イヤだったのか」
「いえ、違うんです。私‥馨さんが大好きです。思い出したんです、ラスベガスで出会った事や・・今までの事。きっと全部、全部・・」
「沙耶、本当か!? 本当に思い出したのか?」
「はい。一度目のイチゴ味はドーナツのドライいちごで‥」
初めてのキスを思い出した沙耶は急に恥ずかしくなって来た。
「あ、はは。あははは! やったな!」
馨は沙耶を抱き上げぐるん、と1回転した。
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