第11話   復讐へ出発…のはずが

 明日に目的を果たせるのならば、もうこの家に世話になる理由はない。マリアに予定を話すと、急なことだと残念がられて、少し驚いた。


「あらあら、それじゃあ明日は旦那様とお出かけなのね? 短い間だったけど、私も主人も大助かりで、いろんなおもしろい魔法も見せてもらって、毎日がとっても刺激的だったわ。何をしに遠くへ行くのかは、聞かないでおくわ。でも、よければまた会いに来てちょうだいね」


 マリアには、本当のことは話せなかった。彼女は私にと、花柄のワンピースをくれた。


「ちょっと時代遅れかもしれないけど、大きなお花がとっても可愛いの。息子のお嫁さんが、サイズを間違えて買っちゃった物だけど、一度も袖が通らなかったそうだから、ほぼ新品よ」


 マリアとその嫁は、不仲なんだろうか。


 他に洒落た服を持っていない私は、コレを含めてマリアから女性ものの服を、何着かもらった。



 そして翌日、もらったばかりのワンピースに袖を通してみた。ベルトが無いそうで、代わりにリボンを巻いてもらった。長くばさついていた髪は、共布ともぎれリボンでポニーテールなる髪型にしてもらった。全てマリアの善意によるものだ。


「さあ、行ってらっしゃい。元気でね。私にもしも娘が生まれていたらって思うこと、全部叶っちゃって、なんだか嬉しいわ〜」


 マリアは毎日、とても楽しそうだった。最初は愛想笑いも混じっていたんだと思う、だけど、ものの数日するうちに、本心から受け入れてくれているのが伝わってくるほどだった。


 寂しいと思うのは、甘えなんだろうか。


 誰かと一緒に食事する感覚を、体がじんわりと思い出してゆく、あのなんともしんどくて、温かい毎日が、もう今日で終わってしまうんだと思うと……別のしんどさがのしかかってきた。


「おはよう、ヒューリー!」


 朝日よりも明るい声がして、振り向くと、やたら武装したヤツがいた。


 初対面の猫耳フードに、マントの下からのぞく丈夫そうな作業着と、いかついベルトには巨大なレンチなどを差し込んだポケットがさがっていて、とても重そうだった。ブーツも滑り止めらしきごつごつした靴底で、私の視点でもでこぼこがはっきりと見える。これも重そうに見えた。


「あれ!? めっちゃ可愛いじゃん。どうしたの? その格好」


「かわ……これは、その、マリアがくれたんだ」


「髪の毛は? お花が付いてて、風に揺れてる〜」


 お花?


 片手で髪をまさぐると、けっこう大きめなピンクの花が一輪、引き抜けた。これ、畑で植えてる葉野菜が付ける花じゃないか。この土地の特産品だという、巨大カブの花だ。なんと、食べられるのだとマリアがサラダに混ぜていた。


 それが今日、私の髪に刺さっていた……。


「ありゃ〜、せっかく可愛くキマってたのに。もったいないから、直していいかい?」


 そう言って、ヤツは花を掠め取って、私の髪に差し直した。角度的に私の視野では確認することが不可能だったが、


「はい、キマった! 絶対こっちのほうがいいって〜!」


 喜ぶヤツの顔で、上手くいっているのだという確信がもてた。


「それじゃあ行こうか、お兄さんのとこ」


「え? ……あ、ああ、そうだったな、復讐だ」


「ん? 気乗りしない?」


「そんなわけでは、ないのだが……」


 何もかも上手く行っている今日は、このまま散歩程度に出かけるだけでも、清々しい一日となっただろうに……今日を復讐の決行日になんて、選ばなければ良かった。


 私はベネットに、兄の住所が書いてある封筒を渡した。受け取ったとたん、ベネットは背負っていた鞄から地図帳らしき小冊子を取り出して、手短に調べだした。


「あっりゃ〜、これはけっこう遠いよ。小さい子を置いて出稼ぎに行くんなら、誰か信用の置ける大人に預けていくか、それかもういっそ連れて行かなきゃダメだと思う」


「そんなに遠いのか」


 無意識に、少し元気のない声色が出てしまった。ベネットの顔がくもる。


「う〜ん、君のお兄さんって、どんな性格の人なのかな。会うのが楽しみ過ぎて過呼吸になりそう」


「なぜお前が具合を悪くするんだ」


「僕って欲張りなんだよね、仲良くなった人には、笑顔でいてほしいなぁってマジで思っちゃうんだよ。いっつもニコニコしてる人なんて、いるわけがないのにさ」


「いたら怖いわ」


「ふふ、そうだね。それじゃ、移動しようか。かなり遠いから、ちょっと時間がかかるけど、我慢してね」


 そう言ってベネットが、目を閉じて何やら唱えだした。


「遠出するための支度が大事。あなたと過ごす時間が大事。想像してみる時間が大事。決意し歩きだす、この道が大事」


「おまじないみたいだな」


「魔女の君がそんなこと言う? これは『詠唱』って言うんだよ。君も魔法を使うときに、心を落ち着けるための時間を作ったりとか、覚悟を決めるまでの時間とか、見えない何かに語りかけると魔法の威力が上がるとか、そういうの無ぁい?」


 ……わからない。


 わざわざそんな時間を作ろうと、思ったことすらない。そんな発想すらなかった。


 視界がぼやけてくる……。


「なるべく動かないでね。目的地からズレちゃうから」



 なんの音だろう、人の声がたくさんする。なんの音だろう、ザルで豆を洗ったときのような。肌に当たる空気は湿度が高くて、暑くて、まるで夏が来たかのようだった。


 遠いところだ、私が住んでいた森よりも、ずっと……。


「はい、もう目を開けても大丈夫だよ」


 ベネットの声に導かれてみることにする。私は勇気を出してまぶたを開いた。


 爽やかなテントが軒を連ねる市場の片隅に、私とベネットは立っていた。テントの高さはまちまちで、見上げるほどの高さがある物もあって、その骨組みの美しさに魅入っていると、ベネットに急かされた。


「ここで感動するのは、まだ早いよ。もっと大きな市場が、港付近に並んでるんだ。行ってみようよ!」


 なんのために来たのか、ベネットのほうが忘れているようだ。子供のようにはしゃぐヤツの様子に、呆れてため息が出てしまう。


「ベネット、楽しいところ申し訳ないのだが、私は五年ぶりに会う兄がどうなっているのか、今すぐ知りたい」


「あ、結婚式まであと一ヶ月無いんだっけ?」


「そうだ、あと二週間と少しだ。兄に会って、私は……私は……」


 言葉に詰まった。私は、兄に会って様子を見るつもりで来たのだが、その中に、「今どんな感じで生きているのか」「元気にしてるか」の二つが混じっていることに、気がついた。


 私は、兄を心配しているんだ……。いっときは家を焼き焦がすほど熱く燃えたぎる黒い炎を噴出させていたというのに、いざ会おうとすると、痩せこけてはいないか、とか、ちゃんと飯を世話してくれる仲間はいるのか、とか……結婚相手に選ばれた相手は、どんな人なんだろうとか。


 そうか、これが、もやもやと私の心に巣食う感情の正体だったか。復讐心の中にも、健康を案じる気持ちが、どうしても消せなかったんだな。復讐一筋でカッカしながらひたすら歩いて兄に会っていたほうが、もやもやする暇なんてなかったかもしれないな。


「お兄さんの住所は、人づてに聞いていこうか。可愛い靴履いてるけど、レンガ道歩ける?」


「レンガ? ここは土が剥き出しだが」


「大通りや港通りは、レンガを敷き詰めてるんだよ。地図にレンガ通りって名前が付いてる道は、ぜんぶそうなんだ」


「そうなんだ、って……ここへは初めて来たのではなかったか?」


「え? 僕、ここに住んでたことあるけど」


 ん?


「お前の魔法は、来たことがある場所ならば素早く移動ができる魔法なのだろ? 今回のは、少し時間がかかるからと言っていたのは、お前だったではないか。どういうことだ?」


「え? ああ! ごめんごめん、説明不足だったね。一度でも魔法で来たことがある場所なら、ささっと移動できるんだけど、この土地からは徒歩や馬車で地道に移動したんだ。だから今日は時間がかかったってわけ」


「この街から、馬車でラファエルの屋敷へ移動したのか?」


「僕は普段、ほとんど魔法を使わないで暮らしてるよ。魔法を使うも使わないも、僕の仕事と気分次第だ。ちなみに僕とラファエルは、この街で出会ったんだよ」


「そうなのか。ラファエル殿は、領地からずいぶんと離れた場所にも来るんだな」


「ふふ、ラファエルはもともとこの港町の出身なんだよ。僕のご近所さんだったんだ」


 んん!?


「彼はつい最近、侯爵家に養子として迎えられたんだよね。人を見る目と、決断力が優れてるからって、先代の侯爵様が遺言で、しかも生前に大勢の証人の前で書き残しちゃったもんだからさ、法的な力が無くても、それなりに格好と箔が付いちゃってさ」


 複雑だ……。


「まあ、ラファエルが今の地位にいるのも、周りの貴族からのいろんな思惑が重なってのことなんだ。いざとなったら、ラファエルに全部の罪を着せて首を切り落とすつもりなのかもしれない。そう思ったから、僕も屋敷に来たんだよ。友達が背負う宿命が、あまりにも重たいものだったからさ、少し持ってあげるの手伝いたかったんだ」


 ああ、だから魔法で移動せずにラファエルに付き添って、いつも通りの会話をしながら、彼を励ましたのか。確証はないが、なんとなくお前なら、そういうこともやりそうだ。


 暑いのならマントだけでも外せば良いのに、なぜ全身をすっぽり覆っているのだろう、腕まくりし始めている。


「まあ、僕が無闇に心配してるだけで、実際は何もかも上手く回ってるのかもしれない。僕も以前みたいに、自分の興味ある事だけに熱中していれば、寂しくはなかったろうね」


「でも、心配だったからラファエルに付いてきたんだ」


「まあねー。お酒もずいぶん奢ってもらってたし、誕生日には部品や道具も新調してもらっちゃってたしさー、ここであっさり切れる縁には、思えなかったんだ」


 あ、ベネットが照れたような苦笑になっている。きっとラファエルの気持ちが嬉しかったけれど、迷惑でもあったようだ。兄もそうだったな、人気者なくせに、誰かに深く踏み込まれるのを嫌がっていた感じがあった。


「少し観光して行こう」


「え? 時間がないと言ったはずだが」


「あ、そうだった。ごめん、つい楽しくなっちゃって。それじゃあ、お兄さんの住所に向かう間だけ、観光がてら歩いていこう」


 楽しく……? たしかに、楽しそうだな。昨夜の血相変えて私に怒鳴ってきたヤツとは、思えないくらいだ。


 なぜあんなに怒られたのだろうか。この夫婦関係がおままごとでないのなら、私の同意を得た時点で共寝に腹を立てる理由が、よくわからない。


 もう次は無いのだろうか。


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