第20話 番人フォンデュ
つ、ついに、一番下まで辿り着いたぞ……また膝が笑いだして、階段の途中でニ三段踏み外したりもしたが、なんとか踏ん張れてよかった。
キノコも、まばらだが壁に生えている。しゃべり疲れたままなのか、無言を貫かれているがな……。
「ようこそ、時計塔の最下層へ」
またこの幼い声だ。
私はついに、時計塔の番人の前に、到着したのだ。
時計塔は組み上がった器械で大変狭く、しかし少女の存在している場所だけはアーチ状に空洞ができており、波打つ長い金髪に、いかにもお人形といった硬い表情の異形のモノが、私を見つめていた。瞬き一つせず。
私は一礼した。
「お前が番人だな。初めまして、私はヒューリだ」
「初めまして、ヒューリ様。来場者メモリーに名前を登録いたしました。決まりですので、ご容赦ください」
少女の肌色の部品は、腰から上にしか使われていなかった。腰からスカート部は器械のパーツだらけで、足のような部位は無いらしい。本人と時計塔が一体化し、時計塔の一部として稼働していたのだろうと思われる。今は、数えるほどしか部品が動いてない。
小さな少女の姿を模しているのに、上半身が裸のままなのは、いささか疑問に思うぞ。寒さを感じることはないのかもしれない、だが、あまりにもむごくないか。修理士たちは子供服とか用意してやらなかったんだろうか。
「ヒューリ様は、カトレア族の魔女ですか?」
「え?」
「またキノコの採取に来られたのですか?」
「い、いいや、私はカトレアの仲間ではないし、ここのキノコにも興味はないぞ」
少女が、あらぬ角度まで首を傾げた。
「ヒューリ様の体組織含め、体内の魔素の流動毛細血管の組まれ方がカトレア族と86%合致。残りの14%は……あなたをカトレア族とは遠い存在であることを示しています」
「すまない、私は足し算と引き算しか、わからないんだ。パーセントとか言われてもな、どのような計算のやり方で導かれた答えなのやら、困ってしまう」
「カトレア族の教養の基準値と、かけ離れております」
「む、悪かったな、学が無くて。教えてくれたら、覚えるぞ」
大きな地響きが発生した。番人は無表情だったが、何か思案しているような雰囲気だった。
「この下に、まだ部屋があるのか?」
「この下には、私の本体が収まっています」
「ああ、関係者以外が入れない場所ってやつか」
「本来この場所も、ベネット様以外は立ち入り禁止です」
番人が真上へと鼻先を向けた。
「先ほど認証したベネット族は、同行されなかったのですか?」
「ああ。外の階段で、私が出てくるのを待っているぞ」
……番人は無表情のままだったが、無言の長さに妙な圧があった。たしか、ベネットと仲が悪かったんだっけか?
うわ、地響きで足元がゴリゴリいってるぞ。大丈夫か? そうとう悩んでるみたいだな。
「あなたは体組織の半分以上がカトレア族でありながら、約15%は不明。そしてベネット族の一名と、交流があります。このような事例は、今まで確認されませんでした」
「こんな所にいると、得られる情報は限られるだろうな」
「それは断定できかねます。使い魔のキノコたちが、世界中から情報を集め、ワタシに教えてくれます」
「あのキノコどもは、使い魔だったのか!? そのわりには、私の正体がわかっていないようだが?」
あ、地響きが、会話に支障が出るほどガタガタしだした。これは、まずい気がするぞ。古い外装だから、壁や床部品が崩れるかもしれない。
「ま、待て、落ち着け! お前と言い争いに来たんじゃないんだ。ただ、話をするために来た。なにを話そうかは、決めてこなかったんだが、なんでもいい、何か話そう」
地響きが、かなり穏やかになった。
「質問をどうぞ。現在ワタシがお答えできる範囲で、お答えいたします」
「え? 質問?」
何も用意していない。どうしようか。
「えっと、じゃあ……なんで魔素を独り占めしているんだ?」
ちょっと単刀直入過ぎたか? しかし、他の言い回しが思いつかなかった。まず、こういう事は談笑できるネタから入るものだろうか。談笑できるネタって、どこに売っているのだろうか。
「お答えいたします。カトレア族の長であるカトレアの、増殖を阻止するためです」
「増殖って、キノコか? あの婆さんは増えるのか?」
「肯定します。膨大な量の魔素と、己の体の一部を使って、カトレアと何もかも一致する存在を、この世に生み出すのです。それを繰り返し、カトレアは増殖。他にも、あの魔女はあまりに自在に魔素を操り、なんでも可能にしてしまうため、これ以上の暴走を防ぐために、我々時計塔は作られました」
「だが、内部のキノコを盗られたり、まんまと魔素を奪われてカトレアが若返っていたが?」
「……カトレアは世界の脅威です。実際のところ、我々の存在意義は乏しいかと」
無表情で、存在する意味がないと言わせてしまった。
あの大きな球体に映っていたカトレアの顔……あの時は、時計塔に侵入された番人が、外に助けを求めていたのかもしれないな。そのくせ、私とベネットめがけて撃ってきたが。
ん? 番人にとって、ベネットとはどういう存在なんだ? 製作者のようだが……。
「ベネット博士って、何者なんだ?」
あ、しまった! ベネットの名前は出さないほうがよかったか!? ベネットは番人から、恨まれてるとかなんとか言ってた気が――
「お答えします」
いや、答えてくれるのか。しかし人間的な声の抑揚が少ないせいか、感情が読めないな。
うお、またすごい地響きが始まったな。番人の背中部分から、何やら肌色の長いモノが六本ほど出てきたが、あれは腕か? それぞれが規則正しく波打ち、とても美しく見えた。
だが、六本の腕のうち三本が、人形の生首を手のひらと合体させて、うねうねと動いていることに気付いたとたん、私は全身の血の気が引いた。
「一番上の姉さんは、アン。二番目の姉さんは、ニーナ。三番目に作られた姉さんの名は、ミレニア。……私の名前は、フォンデュになるはずでした」
番人フォンデュの体と、一体化した姉たちの頭部が、一斉に瞬きし始める。どの人形にも髪はなく、顔の作りはフォンデュと全く一緒だった。
「どの姉さんも優しくて、尊敬していました。次は私が作られる番だと、楽しみにしていました」
フォンデュは関節部位のごつごつした指の片手を、自身の胸に当てた。
「ですが、ワタシを作っている途中で、博士はカトレアに殺害されました。姉さんたちも次々に破壊され、ワタシはどうして良いやら、わからなくなりました」
「お前は、未完成なのか?」
「修理のために集められた姉さんたちの部品を拝借し、自らを組み立てました。ほぼ完済品に近い状態です」
「この時計塔を、フォンデュ自らが作ったと!?」
「はい」
「すごいじゃないか!! なんか、目から鱗だぞ。お前は人形と同等のような存在だと思っていたから、完成させてもらえなくて悲しむという気持ちが芽生える、その現象さえも、素晴らしく思えてならない!」
なのにベネットは、破壊しても良いとか抜かしおった。彼女に愛着はないのだろうか。
「……高評価を頂けるとは、予想外でした。思考の処理に時間がかかります。十日ほどお待ちください」
「そこまで考え込むのか?」
「ワタシが決定し、実行したこれらの行為が、倫理的に許されるモノか、国内の法律に則ったモノか、データ検索を実行しても例題が見つからず、わかりませんでした。そして今回の件です。あなたへの待ち時間の目安が、正確に立てられません」
「どうしても、この世に生まれたかったのだな」
「……生まれてから現在まで、私は膨大量の魔素を使用し、私の行いが正しいか否かを、計算し続けています」
「答えは、出そうか?」
「わかりません」
人形のようだった番人が、初めて悲しそうに目を伏せて、肩を落とした。
「なにも……わかりません」
「こんな所に一人でいるから、わからないのではないか?」
「ワタシには使い魔のキノコたちがいますので、外部からの情報は入ってきているはずなのですが」
「散歩でもしよう」
私の誘いに、フォンデュが小さな顔を上げた。
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