第21話 散歩に連れて行こう
「散歩……?」
「ああ、散歩だ。その辺をぶらぶらする程度のものではないぞ? いつも見ている場所とは、ガラリと変わった景色を見に行こう」
「その行為には、どのような効果があるのですか?」
「気分転換にはなるな。もしかしたら、悩みが軽くなるかもしれんぞ」
フォンデュが自前の腕を組みだした。ここにきて、初めて彼女の腕が大きく動いたのを見た。
「遠出して問題が解決するならば、皆様お散歩ばかりしているのでは」
「それはそうだが、解決するかもしれない可能性を、全て否定するのは早いぞ。ここに、ほんの少し気分転換に成功している私がいるからな。私が実例だ」
私は自身を指差してみせた。
「フォンデュと話していて、とても刺激を受けている。これでも、楽しんでいるのだぞ」
「楽しい……」
またまた地響きが始まった。もはや会話するだけで負荷がものすごく掛かっている状況だ。彼女の体の為を思うならば……独りで作業に専念させている方が、良いのだろうか。
「ヒューリ様、せっかくのお誘いですが、私はここから動けません」
「あ、そうだったか……お前なら、己の足ぐらい作ってしまえるかと思ったのだが」
「私の足を作る事は可能なのですが、私自身の小型化が非常に難しいのです。今こうしてヒューリ様とお話しするだけでも、体全部をフル稼働させて、答えを出さなければならないのです」
「ああ、まあ、そのようだな」
「小型化する際に、何かを認識して言語化する機能の取り付けは困難でしょう。他にも、様々な機能を取り外す必要があります。そのような状態でヒューリ様のお散歩に同行しても、私自身が何も認識できない状態であれば、私にとってプラスになる情報は得られないでしょう」
「そうなのか……」
「……」
「……」
お互いの声が残念そうだったのが、少しだけ面白かったのは秘密だ。
「フワ〜ァ」
む、誰だ、呑気なあくびをするヤツは。気が抜けるではないか。
「オハヨ〜、あれ? マダいたんだ〜」
「ワア、ここ気にいってくれたの? じゃあ、またイッパイおしゃべりシヨ〜」
「ヒューリ、お話しシヨ〜」
壁のキノコどもが、傘を揺らしてワイワイガヤガヤ。一気に騒がしくなった。
「なあお前たち、フォンデュの使い魔だそうだが、しっかり話し相手になってやってるのか?」
「イロイロお話ししてるヨ〜?」
「その割には、フォンデュへ提供している情報に偏りがあるぞ。もっといろいろ話してやったらどうだ。お前たちは外の世界から情報を集めているんだろ?」
「集めてるヨ〜? フォンデュに聞かれたことダケ〜」
……。フォンデュが知りたい情報しか、集めないのか。では、一人で悶々と悩み続けるフォンデュに「別のことを考えよう」とか「別の話をしよう」とか、「今日はこんなことがあったんだよ、あのね〜」といった感じに話を広げることも、なかったのかもしれないな……。
このフカフカキノコどもに、気遣いなどの他者への配慮など期待できんしな。いきなり眠るようなヤツらだしな。
ん……? 待てよ、フォンデュにとって外の世界との唯一のつながりが、このキノコどもであるのなら――
※ ※ ※ ※ ※
あ〜、ヒューリはどんな事をしてくれるんだろ、ワクワクするなぁ。
さて、暇だから今のうちに、時計塔の部品の見積もりを、ざっと計算しようかな。ヒューリが粉々に壊しちゃうかもしれないからね。この時計塔は、一応は国の管理下に置かれてるけど、レーザー砲は撃ってくるし、僕らベネトナンシェのことも全く信頼してないから、番人そのものを修理するには全機能を停止させなきゃいけなくて、面倒だし。
ベネトナンシェ以外の修理士なら、すんなり修理させてくれるんだけど、未熟な技術者じゃ手に負えない子だから、もういっそヒューリに粉々にしてもらって、再建築は、諦めちゃおうかな。この国も持て余してるみたいだしさ。
友達のお土産でもらったソロバンで、ざっと見積もり計算してみるけど、この金額は〜、出し渋られるだろうな〜。今の財務大臣、どケチだからな。やっぱりヒューリに壊してもらおっと。
ヒューリだってむしゃくしゃしてるだろうし、良いサンドバッグになるんじゃない? 番人は人間じゃないんだし、どんなに傷つけたって悲鳴あげないし、心は痛まないだろうよ。
……。
…………。
……さっきから時計塔が振動してきて、ソロバンの玉がぐちゃぐちゃになっちゃうな。この揺れ方は戦闘によるものではないな。時計塔自身が、いろいろ考えてる時の振動だ。
……え? じゃあ、もしかしてヒューリは、本気で時計塔としゃべってんの? ついさっきレーザー撃ってきた子と?
お兄さんの件であんなに怒ってたのに、冷静に会話できてるの?
……。
ヒューリの使う魔法は、ピンポイントで「時を止める」ことができて、さらに「逆流」もさせられる類だ。時計塔から魔素をぶん取れる吸引力もある。戦闘で苦戦はしないはずだ。
番人だって、魔素を勝手にぶん取るヒューリを見逃すわけがない。何かエラーでも起きない限り、迷わず襲ってくるはずだ。ヒューリが「カトレア族」とあっては、なおさら迷いなく攻撃に移行するはずだ。
……で、今、二人とも何してるんだ?
ほんとの本気で、雑談してるのか? ヘラヘラ笑いながら? 狭くて、すぐそこにでかいのがガシャンガシャン動いてるような場所で?
……。
もしかしてヒューリって、僕が思ってるよりも、すごくのんびりしてて天然なのかな。そこに世間知らずまで加わっちゃってさ、見るモノ全てにキョトーンとしちゃって、相手の戦意をそぎ落としちゃうのかも。
でもなぁ、器械の番人までキョトンとさせる?
何か、番人にとって気になる不思議な特徴や、興味を引くような話題でも持ってたとか……あぁああ、気になる〜!!
ここでぐちゃぐちゃ考えてても、何もわからないや。よーし、僕も中に入ってみるか。えーっと、まずは番人を機能停止させないとな……ん?
階段を上ってくる足音が、聞こえてきた。
ヒューリが戻ってきたんだ。
中でいったい何してたのか、すんごい気になる〜!! 帰ってきたら、おかえり〜!! って出迎えて、たくさんいろんなことを教えてもらお!
「戻ったぞ、ベネット。扉を開けてくれ」
「おかえり〜ヒューリ〜!!」
扉にあれこれしてガチャンと開けたら……ヒューリがガラスでできたボールを両手に持って立っていた。
「え? なにこれ……」
中には、大きなキノコが一本入っていた。くねくねしてる……。
「え、え? コレって時計塔の内部に生えてるキノコじゃん。番人が魔素を使って栽培してるやつ」
「そうらしいな。番人フォンデュは、たくさんのキノコどもを使い魔にして、外の世界から情報を集めさせていたらしい。キノコの菌糸というものが、世界中に細く細く足を伸ばしているそうだぞ」
へー、番人たちってそんな事してたんだ。キノコに番人を見張らせるために、壁に植えたのは僕らだけど、番人がそうやって手懐けてたとは。僕らに全然心を開いてくれないから、何もわからなかったよ。聞いたって、そっけない返事ばかりで教えてくれないし。
僕ら修理士も、番人がちゃんと稼働してたら、それでいいやってところがあったしなぁ。
「ベネット、このキノコはこの塔の中で一番大きいそうだ。眠くなりにくいらしい」
「キノコたちって、いつも寝ててさぁ、全然しゃべってくれなかったんだよね」
「こいつは例外となるかもな。こいつを通じて、私とお前で外の情報を取り入れてやろう」
……うん?
ちょっと待って、なんでそんなことになってるの?
「まさか、番人のためにキノコを使って、外の世界を実況してやる気なの?」
「そのジッキョーというのはよくわからないが、私たちの目線で色々と教えることができるだろう」
なぜかヒューリが少し照れくさそうに、キノコを見下ろして、もじもじ。
「ベネット、私はもう森で独りに戻るのは嫌だぞ。兄を恨んで恨んで、世界をさまようのも嫌だった」
「うん、でも、だからって、なんで番人の要求をきみが叶えるの?」
「フォンデュは、以前までの私ととてもよく似ている。だからきっと、私みたいに広い世界を見聞きすれば、良い気分転換になると思ったんだ」
「器械のための、気分転換に? あのさぁ、この時計塔の番人は特別製でね、僕らベネトナンシェに非協力的なんだ。僕らが本物のベネット博士じゃないからさ。番人にとっては、僕らベネトナンシェは、博士の姿と名前を借りてる悪い奴なんだよ。そんな奴と一緒にいて、どうやって気分転換すんの」
「ベネット博士の偽物扱いの話は、ついさっきフォンデュに聞いた。だから私は、お前の事をベネット博士とは思うなと説得した。そうすれば、気になるまい」
なんか、番人を友達として扱ってるみたい。さっきレーザー撃ってきた相手なのに……。ヒューリのことが、また一歩わからなくなってきたな。
変な魔女だなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます