第19話 おしゃべりキノコ
辺りが明るいとはいえ、初めて踏みしめる階段は馴染みがなくて、歩きづらく感じる。目も眩むような高所からは、目を背けることが許されないまま、一心に下を目指して下り続ける。壁に手をつきながら歩く、そのすぐ横で、大きな器械がガシャガシャと稼働しているという、危険極まりない場所を、全くの素人が歩いているのは、絶対に間違っていると思うのだが、我ながら疑問に感じるのが遅い。
ここから見上げてヤツに抗議したところで、私の声は届かないだろう。
こういう場所が、いわゆる「関係者以外立ち入り禁止」に指定されるのだろうな。本当にこんな所に、女性の番人がいるのだろうか。
……なんだ!? 急に全ての器械が、止まったぞ! まだ勢いが消しきれずに微妙に動いている物もあるが、そのうち止まりそうだ。
どうしたというんだ。故障か?
おお、地響きが始まったぞ。時計塔の真下で、何か動いているのか? 専門家じゃないから、さっぱりわからん……。
「こちらのほうが、会話に支障が出ないかと思われます」
ん……? さっきの扉から聞こえた声とは違うな。幼い少女の声だ。どこから聞こえた? 辺りを見回しても、部品が陰になっているところばかりで、子供が隠れん坊したら鬼役が苦労しそうだった。そもそも、あのガラス張りのレーザー砲撃をかいくぐってまで隠れたい子供が、いるわけないか。
ならば、番人の声……? 扉がベネット博士の妻の声なら、番人は、娘の声……? あまり深く考えると寒気がしてくるな。とりあえず、階段を下りてゆくか……。
器械が完全に止まったのか、とても静かだ。あ、でも、まだ下の方からかすかに聞こえるな。本当にかすかだが、駆動音が。時計塔全体を動かすには、とても足らないくらいの小さな音だ。
あ〜~~、ようやく中盤辺りまで下りて来たぞ……普段は使わない筋肉を、今日ほど酷使した日はない。修理士とは、案外体力勝負な職業なのだな。ベネットはひょろっとして見えるが、服の下は筋肉でごつごつしているのかもな。
ん……? 明らかに時計塔の部品とは違うモノが、壁から生えているんだが。引きちぎったら椅子の代わりにもなりそうなこの巨大な物体は、もしや、キノコ!?
うげっ!! 壁に点々と大きなキノコが生えてるぞ! うわ、キラキラ光る胞子まで出し始めた。種類も豊富で、いろんな形や色のカサが、ピカピカと点滅し始めて、食べる気は毛頭起きないな。
私は器械に関しては素人だが、こういう精密な製品に、食物繊維やベタベタした物体が付着したら、まずいんじゃないか?
何のために、こんなに目立つキノコどもを放置しているんだ? ベネットは気づいていないのか?
ん?
何やら、ヒソヒソ、キャッキャと話し声が……まさか、このキノコどもか!? 胞子を出しながら、キノコが何かしゃべってるぞ!!
うぬぬ、声が小さいうえに早口で聞き取れん……早、口? 口はどこだ?
「オハヨウ!」
「オハヨウ! オハヨウ!」
「ねえオハヨウ!」
「オハヨウっていってー」
……へ? 私に語りかけているのか?
「お、おはよう……」
今は昼過ぎだが、とりあえず挨拶を返してみたら、キャ〜!! っと黄色い声で騒がれた。
しゃべるキノコだなんて、しかもなんで時計塔の壁に生えてるんだ? 森で採れるキノコの知識は、全て兄と祖母から授かったものだが、魔女である祖母からも、こんなキノコが存在するなんて習っていない。
「マジョだ〜!」
「ヤサシイマジョだ」
「オハナシしてくれた〜」
「ねえねえドコからきたの〜?」
うっ! こいつらのはしゃいだ声とともに胞子がバフンッて飛び出してきた!! 吸い込んでしまう……ん? あれ? なんだか、体に力が湧いてくるというか、元気になってきた気がするような……? 下り階段でガクガクだった足が、すっかり治ってるぞ。
「その、私は森から来たんだ。お前たちは、ここで生きているのか?」
「ソウ」
「部品の音とか、うるさくないのか?」
「ナレタよ〜」
「そうなのか……大変だったんだな」
たまに起きる時計塔の故障って、このキノコどものせいなんじゃないのか? 細かい部品の隙間に、こいつらの大きなカサが挟まる、とか。
私のすぐ横の、びっしりと組み上がっている複雑な器械を見やる。なにがどうなって秒針時針を正確に動かしているのやら、さっぱりわからない。兄から森で生きる知恵を教わるついでに、いろんな工具や、ときたま街から持って帰る時計塔の部品について、いろいろと聞いておけばよかったな。そうすれば、当時の兄との会話も広がっただろうし、ベネットとの会話も、もう少し弾んでいたのかもしれない。
番人に会って話せたら、その後はベネットから色々と教えてもらおう。ついでに、このキノコのことも。
「お前たち、こんな日も風もない地下よりも、外に移動したいとは思わないのか?」
「ヒザシこわ〜い」
「そうか……薄暗くジメジメしたところが好きなのか」
その辺は一般のキノコと同じなんだな。
「しかし、こんなに狭い場所では大きく成長できないだろう?」
「ウ〜ン」
「ボクら、もうおっきくならないよ」
「そ、そうなのか。もしかして、この場所が好きで生えているのか?」
「ソーでもないよ」
「アノネアノネ、ベネトナンシェたちにだまされて、とじこめられてるの」
「ベネトナンシェ……?」
「ウン。ちいさいベネットってイミだよ」
「ベネットハカセのコドモたち」
「ダレかがマソをひとりじめすると、ベネトナンシェがせかいじゅーでうまれるの」
「ソレデネソレデネ、どのコもみんなおなじカオ。どのコもみんなおなじコエ」
「ベネットハカセそっくりなんだよ」
「みんなしゅーりしになるの」
「トケイトーをつくって、マソをみんなにびょーどーにしちゃうの」
……ん?
「それではまるで、ベネ、えっと、ベネトナンシェたちが魔素の番人のようだな。時計塔そのものであるとも言えるか」
「マソはびょーどー」
「ボクら『自然』とケイヤクしてくれた」
「ボクら『自然の民』と、ヤクソクしてくれた」
「カトレアのかぞく、きえるまで、タタカウってヤクソクしてくれた」
カトレアの、家族? それはもしかしなくても、私のことか?
ベネットと私は、敵対関係なのか? 今現在、夫婦なのだが。
もっと詳しく聞こうとしたら、
「ア〜、ツカレタ」
「ネルネ〜」
「オヤスミー」
「え? こ、こら、話の途中で寝るな」
「だってツカレタもん」
「ボクら、おしゃべりニガテなの」
「おくちないから、ニガテなの」
じゃあ、さっきまでどうやってしゃべってたんだ。このキノコたちも魔法が使えると言うのだろうか。
……本当に静かになったぞ。なんなのだ、いったい。
カトレアの家族とか言っていたが、その魔女は時計塔に入ってなかったか? 会ったときは階段を下りていたから、つまり上がる用事があったのでは。
なにをしていたんだ、こんな所で……ん? カサの部分が無くなってて、柄だけのキノコが数本ある。もしや、採取されたのか?
胞子を吸い込むだけで疲労が消えるものな、煎じれば疲労回復の薬ができそうだ。
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