第8話 居候先には本がある
「はずれの小屋に向かう予定だったけど、予定変更。うちの領民に、すごく地味だし歳食った老夫婦がいるんだけど、とても気のいい人たちだから、そこで世話になるといいよ」
「そのご夫婦は、私の詳細を知っているのか? 許可は取ったのか?」
「僕が移動魔法だけは得意なこと、知ってるでしょ? 日が落ちる前に、すぐに行こ」
「ちょ、待て、その老夫婦とやらに許可は取ったのか?」
同じ質問をさせるんじゃない。こいつ、あんまり人の話聞かない性格なのか?
「許可ぁ? 権力がなんのためにあると思ってるの? 話し合いも妥協案もすっ飛ばして、事を迅速に仕切るためだよ」
「……彼らの世話になるのは私なんだぞ。毎日顔を合わせる人間に、そのような無作法を働いて一緒に暮らせるか。許可は取ってもらうぞ。取れないなら、私はこのまま旅に戻る」
兄のもとへ徒歩で向かうなら、一刻も早い方が良い。そうしないと、式に間に合わん。
……なんだ、その薄目は。私がいつそんな目を向けられる真似をした。
「それじゃあ、今から移動して許可を取りに行こうか。ヒューリも彼らの家事とか、たくさん手伝ってあげてね。あいつら腰曲がってるから」
「当たり前だ。家事ほど煩わしく人生を悩ませる仕事はないのだからな」
こいつの移動魔法の精度はどうなっている。事前に地図を見せてもらってはいたが、この部屋に立ったままで、背景だけが紙芝居を引くような移動の仕方だった。
ヤツ曰く、行き慣れた場所だとこういう感じになるのだと。正気か? あらゆる土地への距離感が狂いそうだ。
「は〜い、到着したよ」
ヤツはもう歩きだしている上に、例の夫婦の家らしき素朴な一軒家の玄関口を「こんにちは〜、誰かいますか〜?」と言いながら小気味良くノックした。
中から爺さんの声で返事がきた。しばらくして玄関扉がゆっくりと開かれてゆく。
「はーい、どちら様で〜?」
途中で玄関扉が、小石か何かが詰まったのか止まり、おじいさんは重たい足を引きずるようにして扉を蹴って開けた。それが思いのほか乱暴な光景に見えて、私は今まで物を丁寧に扱っていたほうなんだと、初めて自覚した。
ベネットは説明慣れしているのか流暢に事情を説明し、私をしばらく居候させてやってほしい旨、家事なら何でも任せろと、大口を切ってみせた。
私の家事力は、せいぜい二人暮らしを支える程度……腰の曲がったお年寄りと生活できるかどうか、保証できないのだが……なんとなく黙ってしまっていた。
我ながら、良くない選択だったと思う。
「ほーん、そりゃあ助かります。近々若いもんの所に行こうかと思っとりますが、どうにも踏ん切りがつかなくて、だらだらとボロ屋に住んでおります。引越し用の準備も、まだでしてね」
私がやる仕事の、おおよその目星がついた。
「どう? できそう?」
ベネットに尋ねられて、私はうなずいていた。きっといろんなことが起きすぎて、私の頭がついていけてなかったんだろう。わずかな刺激すら、私には大きな戸惑いとなり、決断力が鈍る。
……皆が恐れる魔女が、聞いて呆れる。
「お嬢さん、名前はなんて言うんだ」
「お嬢さ……? えっと、ヒューリ……です」
「へえ? ハイカラな名前だな。ここらじゃ聞いたことがない」
「僕の奥さんだよ」
……!?
あ、そう言えば、そういう設定にされていたな。
おじいさんが目玉の転がり出んばかりに目を見開いて、私とベネットを交互に見ている。
「へえ、はあ? そりゃまた、ずいぶんとマセた女を選んだもんだなぁ」
「美人でしょ」
「お前まさか、体だけで選んだんじゃねーだろうな。前から変なガキだとは思っとったが、いきなり家庭持つようなガラじゃねーだろが」
「そうなんだよね、彼女がまだどんな人なのか、全然わかんなくてさ」
私もだ。
それにしても、ずいぶんと無礼講な関係だな。仮にも貴族のお気に入りの家臣だろうに、領民も歳を取るとこのような態度に変化するんだろうか? 人間の対人関係を理解できる自信がないな……。
後から婆さんも出てきて、とんでもなく色鮮やかな髪色をしていたから、不覚にも絶句してしまった。なんでも、昔の時代の文字を独学して『魔素の染粉』を作ったそうだ。しかし布に使っても上手く染まらず、ご自分の白髪に使ってみたら綺麗な灰色に染まったので、あれこれいろんな色で試した結果、こんなことになってしまったのだと、朗らかな微笑みとともに吐露された。
私より魔女っぽいな。
「似合う~、おばあちゃん!」
「いや~ねぇ、いくらなんでも失敗したって気が付いてるわよぉ。ベネットちゃんから本なんて貰うんじゃなかったわぁ」
「え~、せっかく贈った誕生日プレゼントなのに~」
お互いへらへらしながら背中をたたき合っている……。
「それじゃ、僕の奥さんをよろしくね~」
明るい余韻を残して、ベネットがあっさりと消えてしまい、急に黙ってしまった爺さんと、ド派手な頭髪の朗らかそうな婆さんと、私だけが残された。爺さんが大きな咳払いして、二階へと上がっていった。
「それじゃあ、さっそく我が家の家事を覚えてもらおうかしらね」
案内されたのは家の中じゃなくて、近くの畑だった。見たこともない色々な葉野菜が、おいおいと茂っていて足の踏み場もないほどだった。
婆さんの名前は、マリアという。奇しくも祖母と同じ名前であった。私に覚えてほしい家事は、主に畑関連だそうで、もうじき葉野菜を税金の代わりに、納める予定なのだという。
つまり、収穫時期が迫っていると。どうりで見知らぬ私のこともすんなり受け入れてくれたわけだ。
「うちの人、無愛想だけど悪い人じゃないのよね。ただ、そうね〜、一日に二回ぐらいしか会話が成立しないと思うから、楽しくおしゃべりしたいなら、そうね〜、あきらめたほうがいいかしらね」
「はあ」
「ああ、でも、私とはいっぱいおしゃべりしましょうね」
「……はい」
「うふふ、私のほうがおばあちゃんだけど、気にせず話しかけてくれたら嬉しいわ」
「……はい」
私も気の利いた言葉が、思いつかなかった。人のこと言えないな。
収穫作業を省略する魔法は、あるだろうか。しゃがんで、腰をどっしり据えて、葉野菜の根本から引き抜いて、簡単に土を振り払って、傍らの籠に入れる。最初は葉っぱだけちぎれてしまい、婆さんが根気よくコツを教えてくれた。
森で野菜は育てていたけれど、たいした収穫量でなし、引き抜き方も我流で、森から収穫したほうが手っ取り早かった。キノコは毒が怖いから、食べられる野草や、季節の木の実など……あとは、気の毒とは思いながらも動物を我流で捌いて調理していた。
私は婆さんに、家にある食材を聞いてみた。三人分を作るなんて、なかなかイメージが掴めない。
「あら、いいのよ、お料理は私に任せてちょうだい。昔っから料理が趣味でね〜」
少し離れたところで収穫しながら、婆さんはいろいろなレシピを口伝してくれた。
「え? うちにある本を読むための文字を? 私もベネットちゃんから簡単に教わっただけだからね〜、詳しいことはわからないけど、それでもよければ」
畑仕事の礼に、二年ほど前にベネットが持ってきたという「考古学文字・キッズ向け一覧表」を借りた。この表を参考に、この家にある本を読み進めていこうと思う。どれだけの時間がかかるかわからないが、せっかく身近に魔法を学べる好機があるのだから、掴まぬ手はない。
夫婦が苦労してきたと言う湯沸かしも、炎を魔法で大きくして沸かしながら、合間に文字を勉強した。翌日は掃除を頼まれたが、それも魔法で済ませながら、隙間時間で学んでいた。
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