第7話   こいつの妻ぁ!?

 これはまずい、即刻抗議せねば!


「ちょっと待て! 誰の妻だって!? そこまで勝手を許した覚えはないぞ!」


 抗議する私にラファエルは、全身の筋肉が上下するほどの高笑い。


「なるほど、それはいい! 優秀な後継者に跡継ぎまで仕上がれば、俺亡き後もこの国の平和と安寧は約束されたも同然だ。ぜひこの機会、無碍になどするものか!」


「縁起悪いこと言わないでよ〜。なんのために僕が護衛に雇われてると思ってるのさ」


 なにを笑っているんだ、こいつらは! 私は誰かの妻になっている場合じゃないんだ! 兄の結婚式を台無しにしてやる計画を実行しなくてはならないのだから!


 どういうつもりなのかとベネットへ視線で問いかけたら、目が合ったベネットが小声で「わかってるよ、ちゃんと連れてくから、ここは僕に合わせてて」と言われてしまった……。


 私を兄のもとまで魔法で飛ばしてくれる約束だったな……なんであんな怪しさしかない口約束をしてしまったんだ〜!


 ……怖い。復讐のためとは言え、誰かの妻になるだなんて。自分はそこまでするほどの覚悟を決めていなかったのだと思い知った。


「で、どうする、魔女よ! 夫婦揃ってこの俺に仕えてくれるか!」


 え……嫌なんだが。


 なんて返事すればいい。顔にも出そうだ。


 とりあえず頭を下げると、ぼさついた長い黒髪が肩の辺りから滑り下りた。満足に栄養が取れていない生活だったのは、自覚している。髪にも肌にも、年相応の色つやは無い。


「よぉし決まりだ! 仲人は俺がやろう。付き合いの長い友人同士だ、遠慮はいらん!」


 侯爵って、使用人の仲人ができるのか? 主人を仲人にしてしまったら、つまらぬ理由で離縁など叶うはずもない。ああ、着々と外堀が埋められてゆく。


 なんでこんなことになってるんだ。自分でもわけがわからなくなってきたぞ。


 いいのか? このまま流されていても……。


「よし、じゃあベネット」


「なぁに?」


「まだ正式に夫婦となっていない二人が、一つ屋根の下で暮らすのは早すぎる。彼女の住まいを、今日中になんとかしてくれ」


「ええ?」


「ハッハッハ、まさかうちの屋敷に住まわせる気だったのか? さすがにそれは、家臣の者どもが黙っていないからな」


 意外としっかりしているんだな。自分たちのワガママ次第で屋敷の取り決めを覆していたら、周りの人間どもに示しがつかないだろうしな。


「わかったよ。ちょうど良い場所があるから、そこに彼女を住まわせるよ」


「さすがは、お前だ! これで一安心だ」


 一安心って……なにも落着していないんだが?


 二人はひとしきり情報交換し、今後どうするかを簡単に話し合い、おもに私に対しての処遇について、あっさりと結論を下してラファエルだけが部屋を後にした。いろいろと忙しいらしい。


「そういうわけだから、この屋敷でのびのびする事は諦めてね。領地のはずれに、施錠された小屋があるから、そこならくつろげるはずだよ」


「ふむ、小屋か」


「一通りの物は揃ってるけど、やっぱりはずれにあるのは不満かな?」


「別に。以前の住まいも、納屋に毛が生えたような規模だった。無駄に広い所も好かんしな」


「そうなんだ、助かるよ。なんかヒューリって、すんごく高飛車で高嶺の花って感じがするのに、結構従順だから心配だな」


「そうか?」


「うん。今だって、ここにおとなしく立ってるし。おかしいくらいだよ」


 だって兄のもとへ運んでほしいのだから、しかたないだろ。


「生憎と、お前たちに対して好き嫌いを抱くほどの興味がない」


 私はあの男に復讐ができれば、もうそれで良いのだ。居るだけで、会うだけで、この姿を目にするだけで、皆が嫌悪すると言うのならば、私が祝いの席に飛び入り参加してやるだけでも十分な仕返しになる。さらにケーキも横倒しの刑だ。


 ……ん? なんだ、いつの間に目の前までやってきて。近いぞベネット。


「なんでここまで接近されて驚かないの? ヒューリはいい体してるんだから、近づいてくる男には警戒しないとだめじゃん」


「そうだな、全員丸焼けにしてきたぞ」


 少し大げさに言ってやった。


 信じていないのか、ベネットは猫のように大きな両目を細めている。


「もしかして、自分自身を大事にしたことがないの?」


「質問が多いぞ。べつにお前の事は恐れていない。コレが答えだ」


「え? 今日知り合ったばかりの僕のこと、怖くないの? 本当?」


 なぜ、驚きに目を見開かれたのか、よくわからなかった。


「どうして怖くないの? 僕のことよく知らないでしょ? 今だって隠し持ってるナイフで、突き刺されちゃうかもしれないんだよ?」


「やってみろ」


 ベネットは返事の代わりに、後退した。


「これからは、ここまで接近する相手がいたらさすがに応戦してよね。じゃないと、はずれの小屋になんか住まわせてあげられないや。約束して。じゃないと、僕がどこかに閉じ込めちゃうよ」


「私は皆から疎まれている。こんな女をどうしようと考える者など、いないだろ」


「もう、やっぱりわかってないなぁ」


 今度は不機嫌そうな顔をされた。


「男の中にはねぇ、モテなさそうな女からならハジメテが貰えると思い込んでるヤツらもいるんだよ」


「なんだ、そのハジメテとは」


「……どこかに、性教育の教科書はあったかな。ヒューリはまず新しい魔法よりも社会復帰できるぐらいの知識が要るよ」


 さっきから何を言っているんだ、こいつは。私が社会不適合者とでも言いたいのか? だから、せめて新しい魔法を覚えて、少しでも生活の役に……いや、もう覚える必要も、何かに適合する必要もないかもな。


『必ず迎えに来るよ。お土産をいっぱい腕に抱えて、床が見えなくなるぐらい並べてやるからな!』


 あの日、私の髪の毛をぐちゃぐちゃになるまで、大きな手がしばらく撫でていた。別れを惜しんだ涙の照れ隠しである事は、幼い私にも伝わった。


 兄は私との生活のために、貯金を全て使ってしまったそうだ。だから、私を置いて働きに出なければならなかった。自分の存在が彼の負担になっている事に、しんみりと幼心を痛めたが、操る語彙も少ない当時の私では、とても言葉にできなかった。


 ラファエルの容姿が兄と似ていて、少し苦手だ。


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