第6話 魔女への報酬
「なるほど、だいたいわかったよ。今まで君を守り、そして支えてくれたのは、お兄さんと君自身の魔法だったわけだ」
「……そうなるな」
「なら、こういう報酬はどうかな。僕が君に少しずつ、いろんな魔法を教えてあげる。大昔からいろんな魔法使いが研究してきた賜物だから、それはもう、悪用厳禁の超絶便利な魔法から、用途不明のマニアックなモノまで、たーくさんあるよ! 話を聴くだけでも報酬にならないかな」
話?
報酬として、私の知らない知識を提供したいと?
……兄との生活と、私の身を守ってきた大切な宝物が、魔法だった。もっと便利な力を身に付ければ、兄は喜んでくれるだろうかと、その一心で魔法を磨き続けてきた。もっともっと深く学びたい、もっと兄の役に立ちたい……そしてもっと多くの人間の役にも立って、誰にも恥じない生き方をしたいと……自分に誇りを持ってみたいと、心の中のどこかでずっと考えていたのを、たった今自覚してしまって、最悪だ、ベネットはきっと私が食い付くだろうとわかっていて交渉しているのだ。
「……私の知らないことを、報酬として教えると言うのか」
「うん。君の気が済むまで、質問もし放題だよ。わからないところは何度だって教える。僕は魔法をたくさん使うことはできないけど、知識だけは豊富なほうだよ」
たくさんの魔法と言われても、あんまり実感が湧かんな。
「……。人間を害する以外にも、魔法には種類があると?」
「もちろん。生活に便利な魔法のほうが、攻撃魔法より数が多いよ。みんな日頃の家事を煩わしく思ってたんだろうね、お皿を大きさ順に重ね続ける魔法とか、魚の骨を全部取る魔法とか、なんでも離乳食にしちゃう魔法とか、いろいろだね」
「ふふっ、なんだそれは。おかしな魔法だ」
あ、思わず笑ってしまった……。
誰かの前で表情が緩んだのは、何年ぶりだろうか。
ベネットの話……かなり、興味ある。同じ魔法使い故か、そういう意味では気が合うのかもしれない。
「そのいろいろな魔法、ぜひ教えてもらいたい」
「お、そうこなくっちゃ」
私は天才では無いから、なんとなくひらめきながら魔法の種類を増やすことができなかった。使える魔法が増えたらきっと便利だろうし、一人暮らしの苦労の六つや七つ、消えるかもしれない。
そうしたら、兄はもっと喜んでくれるだろうか……って、違う違う! なんで兄が戻ってくること前提で考えているんだ!!
ベネットとラファエルのそばで、自分のやりたかった事や興味のある分野の勉強をしながら働く道も、あるのかもしれないが、でも、でも……私には、時間がないんだ! 今こうしている間にも、兄とその恋人が、着々と幸せになる支度をしているというのに。
私を忘れた兄が……私を置き去りにしたレオ兄が……憎い。私は五年間も、ずっとずっと待っていたのに……。
「苦悩してるみたいだね〜」
ベネットは気だるそうな顔だったが眉毛だけ釣り上がっていて、それだけで険しい顔に見えた。
「僕は同じ魔法使いとして話し相手がほしくてさ。それに、君はもっともっと伸びる可能性に溢れかえっているんだ。君に学ばせたいって言うのは、嘘じゃないよ。僕は君が世界一ステキな魔法使いになってくれることを勝手に期待しちゃってるんだ」
「他人に期待なんかしたって、傷付くだけだぞ」
「ふふ、言い方が悪かったよ。僕は君に夢を見てるんだ。どんなステキな魔女になるんだろうな〜ってね」
私にそんな大規模な期待など……。家に帰ればメシがある、それだけでいいと、兄は満足そうにしていた。私には家事だけの期待しかせず、毎日幸せそうにメシを頬張っていた当時の兄と、このベネットを、対談させてみたいものだな。
「私を話し相手にしても、何も楽しくはないと思うぞ」
「じゅーぶん、おもしろいよ君」
面白いのか……どうしようもない変わり者もいたもんだ。ラファエルより、こいつのほうが重症かもしれない。
「よし、それじゃあ隣の部屋にでも移ろうか。ここはあのでかい箱を置くためだけの部屋だから、家具とか本とか、おもしろい物は何もないんだよね〜」
箱一つのために、部屋を丸ごと使うとは。
さっそく移動しようと扉を開けるヤツに、私は言わねばならないことがあった。
「縄を解いてほしいのだが」
「え? あ! ほんとだ、ごめんごめん!」
ベネットが大慌てで何かを引っ張る仕草をした。すると私の体から縄だけがスポッと外れて、ベネットの手に収まっていた。なかなか便利そうな魔法だ、ベネットは報酬の代わりに、教えてくれるだろうか。
廊下も、これまた豪華であった。ドライフラワーをさらに抽象的に表現した模様が、どこまでも続く絨毯の上を、なぜか足音を忍ばせて歩いた。
隣の部屋は、さっきの部屋の三倍くらい広くて、角に金属の装飾がやたら多い重たそうな家具が一通り揃っていた。ベネットいわく、ここは簡素な休憩室だそうだ。
ここにいないラファエルからの指示らしく、メイドという職業の女が部屋に入ってきた。フリルの付いた白いエプロンが可愛い。……急に自分の服装が恥ずかしくなってきた。
私が何も言えなくても、メイドは機嫌良さそうな様子で丸テーブルに茶器を並べていった。お皿に焼き菓子まで載っている。
木の実以外で甘い物を見るのは、五年ぶりだな。なんだかここにいると、自分の今までがよけいに虚しくなってくるぞ……。
「休憩しようか。卵や小麦にアレルギーとかない?」
「わからない……」
「クッキーは食べたことある?」
「それは、ある」
紅茶の華やかな香りと、焼き菓子の良い匂いが混ざって、とても美味しそうだ。よく祖母が淹れてくれたお茶を思い出す。
「それでー、今後の話なんだけど」
椅子に座って、焼き菓子を食べていると、向かいに座っているベネットが話題を切り出した。
その頃には、私の中にも少しずつ余裕が生まれてきて、目の前の光景を落ち着いて観察することもできるようになっていた。
間違いない、ヤツの被ってるフードの下には、猫耳が生えている。そういう魔法なんだろうか? しかし、移動魔法以外は使えないと言っていたから……あれ? まさかこいつ、嘘ついてるのか?
それとも、そういうナゾの病にかかっているのだろうか……ならば、詳しく尋ねるのも失礼に当たるだろうか。むむむ、わからない……。
「どーん!」
ノックの代わりに、奇妙な擬音を口に出しながらラファエルが戻ってきた。使用人に着替えさせられたらしい、ジャケットにベストをビシッと着こなしていた。
「おかえり〜」
「うむ! 朗報だぞ、お前たち。時計塔の修理士が見つかったそうだ」
「時計塔?」
尋ねるつもりはなかったのだが、つい口から疑問系が漏れた。
ラファエルが大きく頷いてみせる。
「我が領土の各地に点在する『時計塔』には、扱いに困る古い魔素が詰まっているからな、乱暴に扱うと爆発事故に繋がることがある。手入れや撤去には、魔法使いを雇うか、専門的な大工の手が必要なのだ」
まさか、私に手入れをさせるために雇ったと言うのか。あの街に戻って時計塔の管理をするなんてごめんだ。
「んん? 仲良く休憩タイムと洒落込んでいたようだな。しかし困った、せっかく魔女を捕獲して庇護下に置くつもりが、予定が狂ってしまったぞ。どうしたらいい、ベネット」
「彼女はお金じゃなくて、僕の持ってる知識と交換で働いてくれるってさ。
「んー、なるほど! とんとん拍子で助かるな。貴重な人材をみすみす手放さなくて済みそうだ」
まだ私を手元に置いておきたいらしい。いったい何が狙いなんだ。
「ああ、忘れるところであった! 聞いてくれベネット、また困ったことになったんだ」
ラファエルが片耳を小指でほじり始め、大きなくしゃみ一発、もはやデリカシーすらも吹き飛んだか、そのまま会話を続けた。
「先ほど執事長から、身持ちがはっきりしない女は、雇えないと言われてな。やはり、侯爵家ともなると自由がきかんなぁ」
「彼女の自己紹介なら、僕が聞いておいたよ。天涯孤独で、森の番をして食い繋いでたそうだ」
まるで私が森の番人をしていたかのごとき説明だな。
「そうか、逞しいことだ」
おい、納得されたぞ。こんな細腕で広い森を管理しきれるわけがないだろ。街の人間たちのように、奇妙な発明品でも持ち込まない限りはな。
「しかしな、やはり魔女の身元が不明瞭なことに違いはない。この屋敷には、俺の親父に仕えて長い者たちしかいないからな、あんまりあいつらの眉毛が真ん中に寄る事は避けたいんだ。俺が家督を継いだことを、良く思わない連中がほとんどだからな」
ラファエルにもいろいろと気苦労があるようだった。話ぶりからして、もともと自由気ままに生きることを許されてきた身分のようだ。何が起きても平気そうな顔をしているが、そのように努めているだけかもしれない……。
「それなら、僕の内縁の妻ってことにしとくよ。式はそのうち挙げる予定、ってことで」
あまりの身勝手さに、私はガクッと脱力して転びかけた。
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