第15話   時計塔の防衛機能

 ベネットは魔素の番人のもとへ行き慣れているそうで、移動に時間は一切かからなかった。知らない場所へは時間がかかり、一度でも魔法で移動した場所へは、一瞬で到着できるとは。


 もしや、ベネットの実年齢が見た目よりも上に見えるときがある理由は……。移動魔法で世界中を飛び回っていたせいで、普通に生きている周囲の人間たちと生きている時間が大きくずれてしまったせいなのでは。


「いつ来ても草ボーボーだなぁ」


 ベネットが腰に手を当てて辺りを眺めていた。私たちは、見渡す限りの草原の、坂の上にいた。腰まで届くほど成長した雑草まみれの大地の真ん中に、ぽつんと、異様なほど大きなガラス状の球体が見える。


「あれは、なんだ? 透明なガラスのように見えるが、青空を写しているばかりで中身が見えない」


「きっと中にいる子が、透け透けな部屋だと恥ずかしいから魔法で模様替えしたんだよ」


「真面目に答える気はないのだな」


「うーん、ただ仮説を立ててみただけなんだけど、不快だったらやめるよ」


 そう言われて、私は少し考えた。


「いや、そのままでいい。仮説立てのない人生が歩めるかと言われたら、きっと私にも不可能だから」


 それに、会話の苦手な私が他人のしゃべるクセに逐一目くじらを立てるのも、なんか違う気がする。


「君って、森の中でずっと独り暮らししてたわりには、使う言葉が豊富だよね」


「完全に孤独だったわけじゃないぞ。カーを含め、あと数匹の使い魔がいる。知識は彼らがときたま持ってくる本で得るが多かった」


 私に、肝心の読み書きができなかったから、ほとんど読めなかったがな。


「カーって?」


「私が独りでいるときにだけ、気まぐれにやってきては頼まれ事を完遂するという、矛盾した鴉だ」


「完遂!? 怖っ!」


「ああ、どこまでやれるヤツなのか試すのも怖いくらいだ。だから、さほど重要でないことばかりを頼んでいた。いつかカーが取り返しのつかないことをして、それを私が責められる権利なんて無いと思ったからだ」


「君が思慮深くて友好的な子で本当に良かったよ。人類が滅びちゃうところだった」


「それは大袈裟な話だな。カーは小さい故、作業の完遂まで途方もない時間がかかるんだ。兄は息災であるかとカーに尋ねてみたら、約三年の月日を得て、兄の手紙をくすねて持ってきたんだ」


「いや、鳥でそこまで考えられるの、すごいよ。今度カーを紹介してほしいところだけど、君が独りでいなきゃ現れないんだっけ」


「一度現れて肩に留まってしまえば、しばらくはその場に留まってくれる。タイミングさえあれば、お前にも会わせてやれるぞ」


 ハッ! がっつり話し込んでしまった。


 きっと悲しみと怒りで頭がおかしくなっているんだな。自重せねば。


「あ〜涼しい〜。この野草独特の青臭い風の匂い、たまんないね〜」


 野風に前髪を揺らしながら、気持ちよさそうに目を細めているベネットの横顔。やっぱり暑かったのか、その恰好。


「そう言えば、お前はどうしてそんな恰好をしているんだ?」


「えー、じゃあ何を聞いても怒らない?」


「ああ、知りたい」


「じゃあ、教える。君がお兄さんに向けて怒りの大魔法を放ったときのためだよ。港町で魔素を制御していた時計塔が、君に負けて魔素をぶん取られちゃって、壊れちゃうかもしれないだろ? そうなったら、今度は時計塔が自爆する恐れがあるの。早く修理してあげないと、街ごと消し飛んでクレーターだけが残っちゃうよ」


「……その話は、半分冗談だと受け取っておく」


「はは、それがいいねー」


 何を話すにも軽口に聞こえてしまう。しかし、ベネットの話はどれも完全に真実であったら大変な事態に繋がりかねない事ばかりだ。ベネットは私の性格に安堵しているようだが、それはそっくりそのままベネットにも当てはまることだ。自爆からのクレーターなど、ベネットが修理をサボるだけで簡単に作成できるではないか。


 たぶんベネットにとっても、あまり深く触れてほしくない領域なんだろうな。こんなふうに疑いの目を持たれることには、慣れているかもしれないが、それを私がわざわざ指摘してやることもないだろう。


「それじゃあ、あの球体目指して、歩こうか〜って言いたいところだけど、番人は魔素を使いたい放題だから、何か危ないモノを撃ってくるかもしれない。ここは防壁に使えそうな物が何もないから、僕らはじわじわ近付いて、危なくなったら僕の魔法で別の位置に避難するね」


「危ないな……これのどこか気分転換になるんだ」


「こんなにスリリングな経験しちゃったら、もうお兄さんとかどうでもよくなると思ったんだけどな」


 こいつ、こんな調子だからフラれるんじゃなかろうか。肝心なところが常人と大きくズレているんだ。


「私はあの球体に向かって、何をすればいい」


「破壊してほしいんだけど……僕は顔が割れちゃってるし、移動魔法しか使うことができないから、破壊までは手伝えないや。ヒューリ、がんばってね」


「球体を破壊? 番人が自爆しないか? それにあんな大きな物、どうやって……」


「自爆させないように、ついでに番人も機能停止させてほしいな」


「それは、殺害するという意味か? 冗談じゃないぞ、そこまで番人に強い憎しみを抱いていないから無理だ」


「新しい魔法、学びたくないの?」


「殺人まで犯して学ぶことなど、私には無い」


 こいつも私を誤解しているのか。あまりの非常識っぷりに、両腕を組んで鼻を鳴らした。失恋はするわ前科者にはなるわで、私の人生がズタボロになるじゃないか。それでも構わないと、こいつは言うのか?


 なにを笑ってるんだ。


「番人は歯車と金属と木材でできた器械だよ。生き物じゃないんだ。僕のお願い、叶えてくれないなら、今日はもう帰ろうか?」


 帰ってもいいけど二度とここへは連れてこない、とベネットが脅してきた。私は番人に対して少なからず興味を抱いてしまったせいで、二度と会う機会がないかもしれないと言われたら希少価値が跳ね上がったような錯覚に陥ってしまい、今日を逃せば一生後悔するような気がして焦った。


「で、では、会うだけ会ってみたい。その先をどうするかは、その、考えたいのだが」


「よし、それじゃあ最大限の注意を払って、行ってみようね」


 ベネットが急に活き活きし始める。なんだか、都合よく丸め込まれた気がするが……器械でできた番人とやらには、ぜひお会いしてみたい。



 前言撤回だ! 体中に響く轟音に、焦げ朽ちた草原の火薬臭さ! とても気分転換程度で立ち寄って良いものではないぞ!


 まあ、事前にベネットから注告はされていたから、それを踏まえて飛び込んでしまった私にも非はあるが、まさかここまで派手に撃ってくるとは! なぜ周辺に誰もいないのか、何も建築できなかったのかが、よーくわかった……。


 おお、またガラス状の球面が波のようにうねりだしたぞ。球面に私の顔が、あんなにでかでかと浮き上がる。最初見たときは何事かと思ったぞ。魚眼レンズみたいになっていて、やたら顔の中心部が巨大化して映るから少し不快だ。


 巨大な私の顔が消えると、今度は猫のように瞳孔の細くなった緑色の巨大な眼球が映し出されて、ギョロリと私の姿を捉えた。


「また来るよ、ヒューリ。今度は南西辺りに移動しようね」


 球面が輝きだし、真っ白な光線が一直線に私とベネットのもとへ飛んでくる。それが直撃する前に、ベネットが私を連れて明後日の方角へと移動して回り込む。


 そうして数歩ずつ、じりじりと番人へ近づいてゆく。気の長い作業だ……。


 ああ、また私の顔が映りだす。気のせいか、攻撃へ移行する頻度が短くなっているような。ベネットの移動魔法には、ほんの少しだが時間が要る。その隙に、いつか光線が命中してしまうのではないかと強い懸念がよぎった。


「よーし、次はあいつの背後にまわろう」


「待て、ベネット。あの光線、跳ね返せる気がする」


「え? 経験あるの?」


「無いが。なんとなくそんな気がするんだ」


 ベネットが呆れ顔を浮かべる未来が手に取るようにわかったが、再度丁寧にお願いしてみた。


「そんなに言うなら、天才さんの指示に従ってみますか。じゃあ、君が撃ち返せなかったら移動させるね」


「わかった。任せてくれ」


 あっさりと任せてもらって責任を自覚した反面、普通こんなことあっさりと任せるの正気か? と疑う気持ちも同時に湧いて、我ながら大変身勝手なものだと自嘲した。


 ガラス面が私の顔を大きく映し出す……ん? 私はあんなでっかい耳飾りなど付けてないぞ? よく見ると、黒い服を着ているな。私は今、白地のワンピース姿なのだが。


 わわっ! 緑色の眼球と目が合ってしまった。球体の一箇所に光が集中してゆく。私たちのいる方角へ向いているから、やはり狙われているのは、私なんだろう。


「すまないベネット、移動したい」


「あいよー」


 私たちは球体の真後ろ(?)に移動した。前後左右の区別なくつるつるだから、砲撃が私たちに向かうまでは、ここが前方ではないというだけで充分だ。


 ふと、ベネットの言葉が脳裏をよぎった。


『君も魔法を使うときに、心を落ち着けるための時間を作ったりとか、覚悟を決めるまでの時間とか、見えない何かに語りかけると魔法の威力が上がるとか、そういうの無ぁい?』


 大きく深呼吸し、ガチガチに固まっていた体を解放するために、両足を楽に開いて、両肩も後ろ手に組んでほぐしてみた。


 よし、少し落ち着いた。


 私も何か、詠唱してみようと思う。……本日二回めの前言撤回だ、唱えるおまじないを考える暇がない。また砲撃が、我々のほうに向いている。あの、私そっくりの別人の顔を大きく映しながら。


 続いて、緑の猫目が私を捉えた。


 その瞬間、口を突いて出た。


「私を傷付けてみよ、バケモノ! その不潔な爪、黄ばんだ牙、どれ一つとなく私の肌には届くまいと知れ!」


 魔素が前方に集まってゆくのを感じた。イケるぞ! この分厚さ、この硬度、私の前方に目視では捉えられぬ魔法の盾が完成した!


 光線が命中したとたん、盾は破裂音を立てて弾け飛び、光線は壁に跳ね返ったボールのごとく、青空へと登っていった。


「すごーーーいヒューリ! これはまた修理して対策とらなきゃ!」


「ん?」


「あ、なんでもないよ、こっちの話。修理士のさがなのか、時計塔の欠点を見逃せなくて」


 お前、どっちの味方なんだ……。


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