第16話   カー

 たった一回、盾で跳ね飛ばした程度だったが、それきり球体は光線を放ってこなくなった。今のうちに、近づけるだけ近づいてみようとベネットに提案され、私もおっかなびっくりだったが賛同した。


「ベネットの職業は、いったいなんだ?」


「たぶん僕は世界一兼業してる男。興味のある職業だったら、なんにでも足突っ込んじゃうんだ」


「時計塔の修理士も、興味があったからか?」


「あー、それはー、宿命みたいなものかなー。初代ベネット博士から代々受け継がれてるんだ。世襲制ってわけでもないんだけど、僕らベネット博士の子孫は、修理士の適正が高い性格してるみたい」


「ん? そのベネット博士というのは、どういった事をした人なんだ? 魔法使いなのか?」


 しかし私がその答えを聞く前に、球体が眼球を映しだして、血走った目で私を凝視! あと数十歩というところだったのに、ベネットの移動魔法に救われた反面、ずいぶん後退してしまった。


 巨大な眼球と化したガラス球が、四方八方に光線を放ち始めた。たまらず背の高い雑草の陰にしゃがんで隠れる。


「も、もういい、ベネット帰ろう! これは手に負えない!」


「わあ、すごい防衛機能だねー。誰があんな機能を搭載したんだろう。それとも、番人が自分の意思でアップデートしちゃった可能性もあるな」


「何を悠長に観察している! 早く移動するぞ!」


 そうこうしている間に、付近に光線が当たって、轟音と振動、そして耳の鼓膜が痛くなり、土塊が舞い上がって頭上に降ってきた。


 ……まったく、いい気分転換だな。どうしてこんな事になっている。せっかく綺麗に着飾ったのに。


「ベネット、お願いだ、もう帰りたいんだ」


「帰るってどこに? 家はあるの?」


「無いけど、ここよりは安全な場所なら、いくらでも探せる。頼むから元の位置に戻してくれ」


「それじゃあ、ラファエルんところに戻ろうか。ラファエルは僕らが結婚するものだと思ってるけど、戻ってもいいんだよね?」


 え……? ああ、そうだった、忘れていた。夫婦揃って仕えるように言われていたっけ。


 ん? なんか辺りが静かだな、砲撃が止んでるぞ。


 おそるおそる立ち上がって、確認してみる。う、眼球の焦点がグリグリと動き回っていて気色悪……ん? 眼球の周りを黒い鳥が飛び回っているぞ? ああ、眼球はあの鳥の動きを追っているのか。


 って、カーじゃないか!!


「カー! 何してる! 危ないぞ!」


「え? よく確認できるね。僕には普通の鳥にしか見えないけど」


「カー! 私のところに来るんだ! ほんとに危ないんだったら!」


「わわっ! ヒューリ待って〜!」


 カーがフライドチキンを通り越して、粉微塵になってしまう! ヤツは賢い鳥だけど、やっぱり人間ほどの知能はないから、巣の雛を守るために大蛇と戦うかのごとき無謀さよりも、さらに上を飛び越えてしまうようだ。


 あ、私もバカじゃないか! 気づけばガラスに手をついてカーを見上げていた。眼球に触れられて気付かれないわけがない……ベネットは疲れていないだろうか、あの港町まで移動した際に疲れていると宣言されたばかりなのに、すっかり忘れて頼ってしまった。


 気まずい、けれど背を向けているままなのは絶対間違ってるから思い切って振り向いてみた。勝手に突っ走った私のこと、怒っていないだろうか。


「よくわかんないけど、認めてもらったみたいだよ、ヒューリ」


「へ?」


 肩をすくめながらベネットが上を眺めていたから、私もその視線を追うと、眼球の姿は映っていなかった。透明なガラスの中に、建物四階分はあろうか細長いレンガ造りの建物が、ぽつんと。


 青空を舞っていたカーが、なぜかベネットの肩に留まって、つぶらな黒い目でジーーーッとベネットを凝視し始める。


「うわあ、睨まれてるよヒューリ、なんとかして」


「ただの鴉だぞ?」


「絶対違うよ、ヒューリは普通の鴉を見たことないんだ」


「あるさ。私の住んでいた森は小動物だらけだったぞ」


 珍しい、カーがベネットのほっぺに頭をスリスリし始めた。ベネットが心底困り顔になっている。


「怖いよー!」


「なんでだ? こんなに小さいんだぞ。あ、たしかに嘴は鋭いかもな」


「一生秘密にしてるつもりだったけと、僕は鳥全般が苦手なんだよ。時計塔に頭突きして首を折っちゃったりとか、時計塔の排熱口に入り込んじゃって黒焦げになってたりとか、ろくな姿してなかったんだよ……」


 ベネットみたいなヤツにも、トラウマってあるんだな。意外だ。


「ではカー、私の肩に移るんだ。ベネットはお前が苦手らしいぞ」


 私の肩に移りやすいよう、片腕をベネットの肩へと伸ばしてみたが、カーは目を見開いて、再びベネットをジーッと。見かねて私がカーを両手で包み込むように持ち上げて、そのまま持っていることにした。


「ああ重かった」


「は? 嘘をつくな。どれだけ鳥が苦手なんだ」


「君も修理士になったらわかるよ……」


 などと、やり取りしていたら、背後から卵の割れるような、軽い亀裂音が。


「ん?」


 振り向くと、あの巨大なガラス球が、驚くほど軽い音を立てて軽快に亀裂を走らせてゆくものだから、大慌てで離れた。


 枯れた落ち葉がかさかさになるかのごとく、卵の薄皮のような破片が、きらきらと宙に舞った。一枚一枚が、暮れかかった空の光を反射して、思わず手を伸ばしてしまいたくなったが両手がカーでふさがっていて無理だった。


「わあ、綺麗だなぁ」


 ベネットがゴーグルを顔に付けて、球体だったモノを見上げていた。私も目に入るかもしれないきらきらを、メガネのような道具でふせぎながら観察したく思ったが、ゴーグルは一つしかない様子だ。


「雪みたい、ほんっと綺麗!」


「さっきまで大変な目に遭っていたくせに、まるで他人事だな。時計塔の専門家が、この状況を放置していて大丈夫なのか?」


「わかんないや。でも、警戒態勢は解除してくれたみたいだし、時計塔側は僕らを迎えてくれる気になったみたいだよ。あのお婆さんはどうか知らないけど」


 え? 婆さん? 私たち以外に、誰かいるのか?


「カア」


 カーまで、いると言うのか。どこにいるんだ……あ、時計塔外側の螺旋階段を元気に下りてゆく、あの長ーい白髪と、高い鼻筋が特徴の横顔は!


「マリア婆ちゃんだ!」


「え? もしかして、君を街に置いていった人?」


「そ、そうだが、はっきりそう言われると複雑な気分だな。置いていかれた理由はわからないが、仲は良かったんだぞ」


「置き去りにされた時点で、怒ってもいいんだよヒューリ」


 と、ともかく、マリア婆ちゃんから話を聞かないと。今までどうしてたのかとか、なぜ置いていったのか、なぜあの街を選んだのか、などなど。また居なくなってしまう前に、絶対に聞き出すぞ!!


 あの街で暮らしていたせいで、どんなに大変な思いをしたか、できれば全部話して聞かせてやりたいほどだ。


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