第17話   悪評の根源

「ばーちゃあああん!」


「うお!?」


 カーをベネットに押し付けて(すごい嫌がっていた)、時計塔まで走ってきた私を、婆ちゃんは肩を跳ね上げて凝視した。


「誰じゃ、この儂に太々しい態度を取りおって。その首、刎ねられる覚悟はできておるのだろうな!」


「はあ!? なんだその仰々しい口調は! 婆ちゃん、どうして私をあんな辛気臭い街に置き去りにしたんだ! 書き置きもなくて、家賃も滞納してて、私は右も左もわからんまま路頭に迷ってたんだぞ!」


「はあ? なんのことを言っておるのか、わからん。人違いだ」


 ……え? 人、違い?


 でも、だって、マリア婆ちゃんにそっくりじゃないか。ラファエルとレオ兄は、今ではそれほど似ていないが、この婆さんとマリア婆ちゃんは、本当によく似ている。……似すぎていて本人としか思えないんだが。


 どう見てもマリア婆ちゃんである別人の老婆は、大きな珠の付いた耳飾りを揺らして、鋭く目を細めた。なるほど、マリア婆ちゃんならこんな表情は私にしない。


「貴様、もしかしてヒューリなのか?」


「え? そ、そうだ。えっと、あなたは誰だ?」


「ほう、マリアから何も教わっておらんとは。我が名は、カトレア。黒羽くろばの鴉族を率いるおさである」

 

 なんだそれは。くろばの鴉?


 詳しく尋ねようとする私を威圧するような勢いで、謎の老婆カトレアはじろじろと私を観察した。その妙な気迫に、思わず身を固くする。


「どこからどう見ても成熟した女だが、我が一族は成長が速いゆえな……礼儀知らずなまま育った無学のガキだと思って、大目に見てやろう」


「よくわからないが、マリア婆ちゃんではなかったのか。失礼した」


「先ほどマリアから捨てられたふうなことを言っておったな。フン、当然の結果だ」


「はあ? どういう意味だ。私が捨てられて当然である証拠が、ざっと見ただけでわかるものなのか?」


 カトレアが数歩後退していった。腰が曲がっている老体ゆえ、近すぎると私の顔が良く見えないのだろう。


「マリアが連れ出したあの出来損ないが、どこで野垂れ死のうが興味はなかったが、広い世界のこんな狭い場所で会うとはな」


「出来損ない? どういう意味だ」


「お前のその性格のことを言っているのだ。赤ん坊の頃からお前は静かで、つまらんガキだった。我が一族の発展のいしずえにも、肥やしにもなれそうにない。全くの期待外れであった」


 ボロクソに言ってくれる。そっちの性格が良いようにも思えないがな。要するに、私が族長カトレア好みの子供じゃなかったから、居た堪れなくなった祖母が私を連れて、移動したといったところか。祖母に感謝せねば。


 しかし、なんであの街を選んだんだ、祖母よ……。変な噂を鵜呑みにしては小さな子供を責め立てるような、陰湿で頭の悪い街ではなくてだな、もう少し明るい雰囲気の場所ではダメだったのか?


「族長って、一番強い魔女ってこと? それとも、最年長だから? その両方?」


 いつの間に真後ろに来ていたのか、ベネットが興奮気味の矢継ぎ早に質問していた。こいつも無学のガキ扱いされそうだが、ぜんぜん気にせず話し続けそうだ。


 って、カーは??? どこで手放したんだ。手ぶらじゃないか。


 カーを捜して辺りを見回している間に、数歩下がっていたカトレアが目を見開いてベネットを凝視していた。


「なぜ見知らぬガキにそこまで教えないといかんのだ……んん? その顔は、ベネットんところの変わり者のガキどもか」


 別のガキ扱いされていた。ベネットのところって、こいつがベネットなんじゃないのか?


「わあ! 僕のこと知ってるんだ! もしかしてもしかして、時計塔が開発される前に暴れてた、大魔女カトレア!? 本物本物〜!?」


 なんだ、そのはしゃぎようは。他の女に強い興味を示すなんて、なんだか気分がすごく悪いぞ。私と会ったときは、そこまでの態度はなかったじゃないか。


 カトレアも鼻息を強めに、自慢げにふんぞり返っているし。


「いかにも、この私だ!」


 吹いた分の鼻息を吸い込み、さらに吸い込み、全身がさっきの球体のような形になったと思ったら、黒い煙とともに全て吹き出してきた。煤まみれになった私たちの目の前に立っていたのは、一人の若い女。


 球体に映っていた、私によく似たあの女だった。よく見たら、そのでっかい耳飾りも、黒一色の服装も、目の前で若返ったカトレアが身に付けているものだった。


「わああ! すごーい! かっこいい〜!」


 ベネット、貴様……。


「時計塔が管理してるにも関わらず、魔素をぶんどって体内に蓄積して、そのついでに若返っちゃうだなんて。こうして見るとヒューリの血縁者だなぁって感じする」


「フン、血縁者か」


 おい、さっきまでご機嫌だったくせに、急に機嫌が悪くなったぞ。相当に私がお嫌いのようだ。


「カア!」


 あ、カーが戻ってきた、よかった。なぜかカトレアの頭上で円を描き始めているが、そっちは私じゃないぞ。


「カー、私はこっちだぞ」


「カア!」


「あーもう煩わしいクソガラスだ! ちゃんと躾けておけ!」


 カトレアが若々しいキンキン声を張り上げ、手を振り回してカーを遠ざけた。


 乱れた黒髪を手櫛で掻き上げる、その指には長い爪と、びっしりとでかい宝石の付いた指輪がはまっていた。ベネットの格好に見慣れてしまったせいか、その指輪も何かの工具かと。


「まったく! 寄ってたかって用もないのに足止めしおって! 儂は忙しいのだぞ! 今日は若返る用事も済んだことだし、帰るからな!」


 ズカズカと我々のほうに歩いてきたと思ったら、その姿が輪郭を揺らして消えてしまった。


 なんなんだ、ほんとに。


「移動魔法で逃げちゃったや。今日は彼女の機嫌が良くてよかったね」


「良かったのか?」


「うん。本格的に戦ってたら、僕も君も消し炭だったよ」


「お前、カトレアにかなり馴れ馴れしい態度を取っていなかったか? まるでわざと怒らせようとしているかに見えたぞ」


「ああ、どのみち勝てないんなら好き勝手おしゃべりしとこうかな〜って思ってた」


 おま……カトレアに遭遇した時点で、生きて帰れる保証がなかったという事か。だからって、己の運命をあきらめるのが早過ぎるぞ。私なら最後まで抵抗してやる。


 ベネットのこういうところが、どうにも理解できないんだ。一人にしておけないというか、目が離せないところがある。以前までは私のほうが世間知らずだと自覚していたが、こいつはどこか大事な部分が投げやりで、放っておけない。


 私を妻に迎えたのも、その場の思いつきのようだったしな……。


「なあベネット、カトレアについて詳しいようだが、どういった魔女なんだ? なんか、くろばの鴉とか、族長とか言っていたが、私は何も知らないんだ。お前の知っている情報が欲しい。教えてくれないか」


「なーに拗ねてるの〜?」


「む、拗ねてなどない」


「ええ? 口とんがらせながら言われても説得力ないんだけど。まあいいや。カトレアはね、たぶん世間が思ってる『悪い魔女』っぽいことは、なんでもやってるんじゃないかな? やってないことを挙げるほうが大変かも」


 それを聞いて、私の長年悩んできた疑問が、ようやく、ようやく晴れた!


「では、あのカトレアとか言う女のせいで、私と私の家系は悪く言われていたのか」


「え? まあ、そうかもね? カトレアが仕切ってる一族なら、ろくなことやってないだろうし」


「……そんな極悪人からマリア婆ちゃんは私を連れ出してくれたのか。感謝せねばな」


 カトレアはマリア婆ちゃんの居場所は知らないようだった。私の消息にも興味がなさそうだったし、裏切り者だとか追われる身というわけではないようだ。それだけでもわかって良かったのかもな。私も婆ちゃんも、自由の身だ。


「あ〜! このへんの魔素の濃度がごっそり下がってる」


 ベネットが両目にゴーグルをかけて、レンズ横のネジをいじりながら叫んだ。


「濃度?」


「ここからメーターを確認したの。このゴーグル、望遠鏡の代わりにもなるんだよ。高機能だけど、重たいんだよね」


 ずりずりと頭部へゴーグルを移動させてゆくベネット。前髪がぐちゃぐちゃになったが、慣れているのかすぐに手で直してみせた。


「僕らがどんなに魔素を制御してみせても、カトレアだけは自由に使えちゃうから、僕らベネット族はずっと時計塔を改良したり、修理したりしながら闘ってるんだよ。魔法じゃとても敵わないからね」


「ん? お前も魔素が制限されて困っていたではないか。魔法が好きに使えないとか」


「うん、困ってたよ。でも時計塔を撤去しちゃうとさ、またカトレアが絶盛期に戻っちゃって、世界が大変なことになっちゃうから、我慢するしかないんだよね〜」


「私に時計塔を壊してほしいとか、言ってたじゃないか」


「うん、壊してほしいよ。そうしたら、また改良したり、修理したりできるでしょ? 強い魔法使いに、どんどん壊してもらって、対策を取らせてほしいんだよね〜」


 ……もう、どこから突っ込めばいいんだ。理解が及ばない私が悪いのか?


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