第24話 レオとナンシーの結婚式
俺は悪くない、悪くないんだ! そうだろう!?
なんだよ、屋根があって住める場所も、他の家具だって全部置いていってやったのに。手紙だって……あいつには送ろうとしたふうに言い返してやったけど、本当は一度だって送ろうと思ったことはねえ。
ってか、普通よぉ、五年間も音信不通な男がいたら、あきらめるだろぉ!? なんでここまで捜しにくるんだよ! 意味がわかんねえよ! 俺の家のもん全部くれてやったのに、まだ俺に用があるのかよ、もう縁を切らせてくれよ、頼むよぉ!
「レオ君、お待たせ!」
胃の辺りを押さえてうずくまる俺の背中に、明るく幸せそうな声が。俺はたまらず振り返る。そこに立っていたのは、純白のドレスに着替えた、俺のナンシーだ! 黄金色の髪には白いリボンが編み込まれていて、小麦色のスラッとした手足には白い墨で祝いの模様が描かれていて、その異文化なエキゾチックさが、遠くのイイ女を手に入れたのだと俺に実感させた。白い砂浜に白いサンダルで、まっすぐに俺のもとへ歩いてきた足跡が見える。ああ、俺のナンシーだ! たまらなく可愛い!
「お腹の赤ちゃんを締め付けないデザインを選んだから、ドレスの見た目が少しダボッとしてるかな。でも、レオ君なら気にしないよね? 私もちっとも気にならないよ!」
「うん……うん! すんごく可愛い!! 愛してるよナンシー!」
思わず抱きしめてしまった。今日の俺は動きづらいことこの上ない、白のタキシードだが、今日という日が永遠に続くのならば、一生この格好だってかまわないぞ! 腕の中でナンシーが嬉しそうに笑っている。しばらく抱き合っていたら、ナンシーの母ちゃんがやってきて、苦笑していた。
「お前たち、本当に仲が良いねぇ。記憶喪失の男を連れてきただなんて娘から聞いたときは、すぐさま叩き出してやろうかと思ったんだけどねぇ」
ナンシーの母ちゃんは、かなりキツイ性格してる。でもそれは美人なナンシーに変な虫がつかないように、目を光らせていたからだ。俺はこの婆さんに気に入られるために、そらぁ努力したよ。言われたことはなんでも引き受けたし、ていのいい足扱いにも耐えた。この二年間、本当に辛いことばかりだったが、それでも恋人のナンシーと絶対に幸せになるんだと、その一心だけでここまで辿り着いたんだ!
「さあ、会場まで移動しとくれ。って言っても、すぐそこの浜辺にベンチを並べて、知り合いを呼んだだけの小規模なもんだけどね」
小規模なもんか。観光客の多いこの場所で、俺とナンシーの幸せを披露したら、双方思い出になるだろう。俺は前々から可愛いナンシーを大勢の男どもに自慢したくて自慢したくて、たまらなかったんだ! 俺はこんなイイ女をゲットしたんだぞー! って、街中にいる男どもに見せつけて悔しがらせてやるんだからな!
もう二度と俺を田舎者なんて呼ばせてたまるか! 俺はお前らよりも格が上になったんだ!
浜辺に並んだベンチには、味のある形を残した流木を使っている。繊維の中に砂や水が入り込んでいて、おそらく強度的に考えるなら今日しか形状が保てないだろう。それでいい。今日さえインパクトある結婚式になれば、それでいいんだからな。
翼状に左右に並んだベンチの群れの中央に、まっすぐ敷かれた白い絨毯はナンシーのアイデアだ。砂浜に直接敷くことになるから、布の色を黒や赤にすると砂で汚れて見えるからってことで、白になったんだ。
壁も天井もない式場の唯一の区切りとなるのは、シーグラスや貝殻をワイヤーで固定して白いリボンで飾った、このアーチだ。俺の手作りだ。このアーチをくぐって、白いバージンロードを歩くんだ。
俺の弟分が走ってきて、神父様が到着したことを告げて、またベンチに戻っていった。俺は宗教とかわかんねーけど、祝いの日は神職者を呼ぶのがセオリーらしいからな。結婚式なんて見たことねーから、もうほとんど手探り状態で、俺らしさをふんだんに混ぜ込んで始めていくしかなかった。
「それにしても、急に警備員さんを十人も雇うなんて言い出すんだから、びっくりしちゃった。でも間に合ってよかったね」
「ああ、お前は可愛いから、何かあったらと思うと、いてもたってもいられなくてな……ハハ」
ヒューリが魔法で何か撃ってこないかと、警戒してのことだった。少しでも不審な動きをした人間を見かけたら、問答無用で捕まえるよう指示してあるから、大丈夫だろう。
壁も何もないから、ここから参列者がよく見える。見知った連中の背格好に、代わり映えのしない顔が乗っている。大工として独立してから、弟子も大勢抱えた。そいつらも参加している。ベンチは自作させて持参させたから、とんでもなく不揃いで不格好だが、それがいい。
さて、ヒューリのヤツは、どこにもいないだろうな……よかった、参列者は全員この街の人間だ。あいつのよく目立つ黒髪は、見当たらない。
よく晴れた浜辺での、開放的な結婚式だ。青い海、白い波! 青い空、白い雲! 新鮮で美味い魚介類に、喉越しのたまらない酒! 薄暗くて寒い森ん中で働いていた頃とは、雲泥の差の暮らし! さらに健康的な小麦肌で可愛い彼女は、今日でオレの嫁さんとなるんだ! いろいろあったけど、よく頑張ったよ、俺〜!
何もかもが上手くいって、欲しいモノが全て手に入ったんだ! あの変なガキに邪魔されてなるものか! 無一文で森に置いていったわけじゃないんだから、俺を恨むのは筋違いだぞ!
まもなくして式が始まった。
「花嫁さん綺麗〜!」
「可愛い〜!」
遠くで見ていることしかできない観光客から、そんな声が飛んでくる。ナンシーは俺の腕にしっかり片腕を絡ませて、ゆっくりとバージンロードを歩いている。本当は顔にベールっていうのをかぶせる予定だったんだが、南風が強くてめくれるから、取ってもらったんだ。それが功を奏して、周りからは賞賛の嵐だ。街で一番の美人なんだから、当然の声だ。
「カア!」
ん? なんだ、あのカラス。いつもは大きな海鳥どもを嫌がって、カラスなんて滅多に近づかないのに。
あ、こら! 白いバージンロードに黒い羽を落としてくんじゃない!
「カア! カア!」
でかい声だな。あ、去っていったぞ、よかった。気の利く誰かが黒い羽をどかしてくれたし、立ち止まらずに神父様の前へとナンシーと並んで到着することができたぞ。
今までだって分厚い壁を乗り越えてきたんだ、今更カラスなんか怖くないぜ。
神父が咳払いした。
「これより、二人は夫婦となり、楽しいときも苦しいときも、富むるときも貧しいときも、雨の日も病める日も、共に支え合い、共に歩き――」
ん……? なんだ? 神父の影が、もやもやと膨らんできたぞ……?
影があやふやになった神父の背後から、ぬっと現れたのは、真っ黒な装束に身を包んだ魔女、ヒューリだった!
神父がつらつらと勝手に進めてるが、それどころじゃない! お前の後ろに魔女がいるんだぞ!? 気付けよ、そんなに距離詰められてるのに、何事もなく仕事こなしてんじゃねーよ! 誰も気づかないのか!? こんな真っ黒な格好した黒髪の女が、俺たちの前に立ってるんだぞ!?
「新婦ナンシー・ジョーンズ。貴女はこの男レオを、夫にすることを誓いますか?」
横目でナンシーを見下ろすと、ニコニコしながら神父様の言葉に返事をしている。
まさか、俺にしか見えてないのか……? なんだよ、そんな魔法を使って、俺に何しようってんだ。式を台無しにする気か!? ナンシーに何かする気じゃないだろうな!!
ヒューリのジト目に冷や汗が止まらないでいると、ふと、その手に丸めた紙の束がぐしゃっと握られていることに気が付いた。そのうちの一つを、おもむろにガバッと広げて見せる。しわくちゃで、勢いだけで破れそうだ。
『私も他に結婚してる人がいるから、おあいこだ!』
二枚目がジャッと広げられる。
『私はその港には二度と立ち寄らない』
三枚目を広げるとともに、すさまじいヒューリの形相が垣間見えた。
『お前も魔女に殺されたくなかったら、二度とラファエル侯爵の領土に足を踏み入れるな!! わかったか!!』
こくこくと頷くしかなかった。
「ちょっとレオ君!?」
ビックリして振り返ると、腰に手を当ててむくれるナンシーの姿があった。
「言葉にしてくれないと、わかんないよ」
「あ! ち、誓います誓います!!」
神父に向かって必死に頷いてみせる頃には、ヒューリの姿はどこにも見えなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます