第1話   類稀なる貴重な人材

 僕が侯爵家に雇われた理由は、豪快な見た目の割に神経の細い新米侯爵様からのご依頼でさ。この広大な領地で何が起きてるのかを監査官越しに把握してきた彼は、でも自分の目でも確認したいとかなんとか無理難題を吹っかけてくるもんだから、仕方ないね〜って流れで引き受けたんだ。


 報酬は、魔法書を購入する際に半額分を援助してもらうってことで手を打った。無論、限度はあるけどね。だって領民の血税を旅人の僕の浪費に付き合わせまくる道理が、侯爵様には無いんだし。


 それで話は戻るんだけど、この屋敷での僕の仕事は、一日に十回、必ず領土のどこかしらを観察すること。怪しい点を発見したら何十回と確認したり、侯爵にも一緒に確かめてもらうよ。


 で、広い領土のあちこちを複数回点検するやり方なんだけど、侯爵家の一室に涼しくて過ごしやすい小部屋があってね、そこに小魚がのびのび泳いでる大きな水槽があるんだ。


 その水槽に、映し出すんだよ。空気を激しく振動させてどよめいている場所の景色を。たいがいは、隣り近所を巻き込んだ激しい夫婦喧嘩とか、鬼上司に集団で楯突く部下大勢とか、あとは特に無いかな。どんなに水槽に語りかけても、十回以上魔力を注いでも、平和な場所は映らないんだ。



 今日は、金魚の泳ぐ澄んだ水槽に、知らない女の子の横顔が映ってた。画角を動かすと、彼女の背後にはたぶん家だったらしき残骸がたくさん転がっていて、周囲の草木も焦げたり煤けたり、ああ、炭になってる樹木まで。もう少し遠くには、畑かな、しなしなになってる緑色の葉っぱが生えている。


 我らが公爵様の領土で、ここまでの規模の損害をしれっと出せるなんて、今どき大変珍しいことなんだよ。若い魔法使いだって滅多に産まれないんだし。


 彼女はきっと、次世代を担う希望の星だ。なんと可憐で苛烈な。あの笑顔の一片もない氷のような横顔から、芯の強さを感じ取れる。ぜひ勧誘したい。


 だけど、恐ろしい度量の攻撃魔法を放つ魔女が、公爵様の領土をズカズカと歩き進んでいる緊急事態に、変わりはない。僕も雇われてる手前、すぐに公爵様へ、ご伝達をせねば。


 まあ彼が子供の頃からの付き合いだから、そんなに気を張る関係でもないけど、一応、人間側からすると、正体不明な魔女が住みついてたなんて脅威でしかないからね。


 彼はいつもどおり、彼自慢の筋トレルームにこもっていた。窓を開けないと汗の臭いと湿気がすごいよ、って助言したことを素直に受け入れてくれている。


「どうした、ベネット! ようやく俺と筋トレしてくれる気になったか!」


 僕は水槽で見た光景と、自分の見解を話して伝えた。


「おお! ちょうど退屈していたところだ! 大自然を害する悪しき魔女は、すぐに討伐しに向かおう!」


 げ、まずいぞ。予想してなかったわけじゃないけど。


 僕ら魔法を使いこなす存在は、とても貴重なんだ。忠誠を誓ってくれる子は、もっと希少だ。忠誠心がないのならばその国の危険因子として、殺してしまわなければならない。って言うか、忠誠心があるように演技しながら権力者の懐に転がりこまれても、パッと見じゃ判断できないし、しゃべるのが苦手だったり無口な魔法使いは、自己弁護できずに殺害されるってケースもあるんだよね。


「いちおうさ、話だけでも聞いてみたら? 常識がないだけなのかもしれないよ」


「お、そうか。ではベネット、お前に任せてもよいだろうか? 俺は魔法に関しては全く勘が働かんでな」


「ん、わかったよ。良い報告を期待しててくれ」


 さあ、雇用主の許可も得たことだし、堂々とお出かけだ。新調したマントを羽織って行こう。今の季節にぴったりな、薄手だけど丈夫な生地なんだよ。丸まればどこでも昼寝できるし、すっごくお気に入り!


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