番外編   ラファエルが時計塔に③

 私には、壁に生えてる数多のキノコの増減まではわからない。これは友人フォンデュの目の代わりとなる大事な生き物(菌類?)だ。また魔女カトレアに侵入されて略奪されていないか、心配になった。


「フォンデュ、カトレアにキノコは採られていないか?」


「ときたま採取されています。どんなに防御壁を作っても、結果は変わりません。カトレア族とベネット族の実力の差は、一目瞭然かと」


 さらっとベネット族の評価を下げる発言を盛り込むあたり、仲の悪さがうかがえる……。それにしても、キノコを引き抜かれ続けるのは困ったものだな、これらはフォンデュの目も同じだ、キノコどもがいないと、フォンデュはこの場所から世界を知ることが難しくなってしまう。


「キノコ? フォンデュ嬢はここでキノコを栽培して、生計を立てているのか?」


 なぜかフォンデュをキノコ栽培農家だと勘違いしそうになっているラファエルに、私のほうから説明した。と言っても、私も未だに難しい専門用語はよくわからないから、かいつまんで説明してやった。


 ラファエルは割れた顎に片手を遣りながら、「ふむ」とうなずいた。


「では、うちの領土のキノコ栽培農家に、フォンデュ嬢の視神経であるキノコを栽培させて、絶滅を防ごうではないか」


「え?」


 そんなこと、できるのか?


 フォンデュも驚いたように、ガラス玉の両目を見開いていた。


「時計塔内部以外で、栽培が可能であるというデータがありません。試行錯誤する時間がかかるかと。多忙なラファエル様の負担とストレスが、増加する可能性があります」


「なーに、これしきの事で心身に不調を来たすようでは、貴族などやっておられんよ。ベネットにこの時計塔と同じような場所を造らせれば、キノコ栽培に向く環境が再現できると思う」


 な、なるほど……。時計塔の設計者であるベネットならば、可能かもしれないな。


「俺もフォンデュ嬢のキノコの情報収集能力は、高く買っているんだ。キノコが増えれば増えるほど、その強大な魔女に全て引き抜かれる心配も減るだろう」


「取り引きですか?」


「まあ、そうだな。それに、その魔女だって若いままの姿でいたいなら、全部引っこ抜いて食べるなんてことしないだろ。俺が採りきれないほど育ててやろう」


 へへ、と鼻を擦るラファエル。


「魔女のためではなく、フォンデュ嬢のためにな」


 フォンデュのガラスの瞳が、キョロリと円を描いた。そのときの瞳の動きが左右で違っていて、ちょっとギョッとした。


 その後、経験したこともない大振動が我々を襲うこと、しばらく……ようやっと治まった頃には、フォンデュが両手をスカートの前で組み、じっとラファエルを見つめていた。


「……ワタシのためではなく、ご自身の情報収集のための取り引き、という認識に上書きいたします」


「いやいや、たとえ情報収集の有無が無くとも、俺の筋肉を毎日褒めてくれる女性が、一人で困っている姿を放っておけるものか。キノコの栽培には、しばらくかかるだろうが、必ず着手するゆえ安心して待っていてほしい」


「……」


 それこそ時計塔の倒壊が脳裏をよぎるほど揺れたんだが、それに関してフォンデュからの謝罪はなかった。


 代わりに、蚊のなくような声で、


「……はい」


 と目を伏せた。


 どうしたのだ……? なんだかフォンデュの様子がいつもと違うぞ。


 ラファエルいわく、キノコの栽培を研究するためには、ここに生えているキノコをサンプルとして何本か採取しなければならないと言う。


「なんの手本もなく農家に量産を命じるのも、酷なのでな」


「了承いたしました。それでは、ここへ……ベネット博士を連れてきてもらえませんか? まだ小さいキノコを大量に隠しているハッチの蓋は、選ばれしベネットしか開けられないのです」


 選ばれし、ベネット……。ただの修理オタクではなさそうだと薄々勘づいてはいたが、やっぱり、特別狂ってたのか……。


「私が連れてこよう。ハァ、こんなことならキノコのガラス球を、ヤツに渡しておけばよかったな」


 友二人のために、私は一肌脱いでやることにした。じつは短時間だけだが体をふわっと浮かせる魔法を、練習中なのだ。これを機に、今日も練習してやろうっと。



 その魔法なのだが、なんかすごく短時間で効果が切れてしまい、結局地道に階段を上って外の螺旋階段を駆け下り、階段裏で座って待っているベネットに声をかけた。ついでにヤツの転移魔法で、フォンデュの目の前に移動してもらった。


「も〜、フォンデュが勝手に開ければいいじゃんかよ〜。君は僕らが一から造った番人じゃなくて、君自身がほとんど組み立てたようなもんだし、どんな設定も君次第だろ?」


 そう言えば、そうだったな。フォンデュは本当は生まれる予定のない番人でもあった。自身の有無を操作できるほどなら、管理している時計塔内部だって自分の都合の良いように、改造できないものだろうか。


「その返答には語弊が生じます。ワタシに内蔵された魔素動力源変換高炉は、技術登録者上位五名の魔法使いしか製作が不可能です。ワタシは姉さんたちの高炉を再利用しているだけに過ぎません。高炉の蓋を開けることも、アナタの認証がない限り不可能です。ワタシはなんの用事もないのにアナタを呼び出したりしません」


 言い方よ。


「え〜? どのベネットだよ、そんな設定にしたの〜」


 も〜、とグチグチ言いながら腕まくりして、作業に移ってゆくベネット。フォンデュのスカート部を形成している器械たちを上にスライドさせて、中に入ってゆく。なんかシュールな絵面だな。


 スカートの中には、さらなる下層へと続く梯子があるそうで、ベネットはそれをグチグチ言いながら降りていった。


「キノコの赤ちゃんたち、見つけたよ〜。ヒューリ、カゴをお願い」


 カゴ? あ、ベネットが器用にも頭にカゴを載せて上がってきたぞ。駆け寄ってカゴを受け取ると、原木のような土の塊のような物体から、小指の爪ほどの傘をもつキノコたちが少量生えており、「ワ〜!」と一斉に騒いでいた。


「拾ってきてなんだけど、なぁに? これ」


「時計塔から漏れるオイルを、発酵させて作った肥料に、キノコが自然発生したのです。元々は腐葉土に生息する、ごく一般的なキノコだったかと思われます」


「へ〜。君たち、そんなことしてたんだね。自分で整備してて、不思議だなぁって思うことがたくさんあって、ほんと興味深いよ」


 その興味深い対象を、私に破壊させようとしてたのは、どこのどいつだったか。修理と創造が生きがいなのであって、観察はそこまで重要視してないのが、こいつのよくわからないところなんだよな。


 しかし、ふむ……大勢いるベネット族の中で、たったの五人しか、フォンデュの内部に入れないと。しかも上位五番以内とな……。


 夫が優秀だと、なんだか自分のことのように、くすぐったいな。


 これは〜、ラファエルを通じてフォンデュがベネットと少しずつ仲良くなってくれたら、私もベネットの秘密などが、フォンデュから聞き出せたりしないだろうか?


 べつに、どんな秘密を知ろうと、私がベネットに対する態度はぜんぜん変わらないだろう。それでも、ほんの少しでも、ヤツの話を聞いてみたいな。


 そんな些細な執着を覚えるほどには、私はヤツを愛しているぞ。


「ラファエル様、これで足りるでしょうか?」


「ああ、充分だ。これを借りるぞ。引き受けてくれる農家が見つかり、栽培が始まり次第、キノコの成長の進捗情報を、ガラス玉の中から定期的に伝えよう。それと、育ちきったキノコは随時壁に植え付けてやる」


「まあ」


 フォンデュのあんなに嬉しそうな声は聞いたことがないぞ。表情が乏しい分、声で感情を表現する傾向があるんだよな。


 それにしても、美しい花束よりも、大量のしゃべるキノコのほうが良いとは……。しゃべるヤツのほうが実用的だし、花びらは器械の隙間に挟まると危ないから、番人的な感覚からするとキノコのほうが価値があるのか。


 すっかり打ち解けている二人の様子を眺めながら、私はとなりで座り込んでいるベネットの、なんとも言えない機嫌の悪さを感じて苦笑が漏れた。


「来てくれて助かった、ベネット」


「なーんでヒューリがそんなに嬉しそうなの~?」


「ふふ。ああ、とっても嬉しいぞ」


 私もとなりに座った。


「なんだかんだ助けてくれる。お前は私の、自慢の旦那だ」


「都合良く使っておいて、よく言うよ。奥さんなんて貰うもんじゃないな」


「んん? 後悔しているのか?」


 ベネットが「え?」と振り向いたものだから、目が合った。しばらく二人で、目の中を覗き込むように、じぃっと見つめ合う。


 やがてベネットがプイッとそっぽを向いた。ゴーグルに押さえつけられたオレンジ色の髪を、ぼりぼり掻いている。


「その聞き方は、ずるいかなぁ……なんだかんだ、毎日楽しいし……」


「ふふ、私もだぞ」


 今日はベビーキノコをたくさん持って帰った。



          おわり


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過去を愛する暗黒魔女は、寂しがりの猫と結ばれる 小花ソルト(一話四千字内を標準に執筆中) @kohana-sugar

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