魔法適正


 普段俺は仕事が無い日は昼まで寝ている。だから朝に起きられるか心配だったのは内緒だ。


 朝一で公園に来ると、少女はボロボロな紙を地面に置き、呪文を呟いていた。


『炎の精霊よ。我の声を聞き、応じたまえ、ファイアーボール』


 ボッと、火の玉が紙の真上で召喚される。それはまさしく炎の初級魔法『ファイアーボール』だ。だが綺麗な玉の状態はすぐに終わり、炎の揺らめきと共に火の玉は消滅した。


 少女は辛そうな表情で、はぁはぁと、肩で息をしていた。魔力量が少ないのかもしれない。



「あぁ、おじさんおそ〜い。もう待ちくたびれちゃった♡」


 少女は「あっ!」と俺に気づく、俺が来たと分かった瞬間から辛そうな表情は見せなくなった。


「生気のない雑魚雑魚なおじさんに私が魔法を教えてあげようかなぁ〜てっ♡」


 この長い暇つぶしの人生。俺の生きてきた人生を振り返っても、俺は誰かに魔法を教えて貰ったことがなかった。


「俺に魔法を教えてくれるのか」

「そう言ってんじゃん。耳もよわよわなの? かわいそぅ♡」


 少女は俺をあざけるように馬鹿にしている。俺の仕事は底辺な職業の自覚はある。魔術学院の生徒からも馬鹿にされるからな。


 奴隷みたいに土を食べて日々を暮らしていた事もある。何十年と、酷いことを言われ続け、馴れてきた。


 そんな俺が少女のこんな暖かい悪口にイラついたりもしない。


「何の魔法を教えてくれるんだ?」

「今日は『ファイアーボール』」


 今日は? ということは次があるということか?


「明日もあるのか?」

「もちろん! 私がおじさんを魔法使いにしてあげる」


 俺を魔法使いにか? 面白いことを言うもんだ。違う世界を経験してきた少女だからっていうのもあるのだろうか。誰かに聞いたんだろうか。


 いや違うな。この世界に居たら嫌でも分かることだ。


『魔法使いは儲かる』


 魔法の許可証を持っているとそれだけで『見習い魔法使い』の証明になる。晴れて魔法使いを名乗れる。


 魔法使いとして認められると、ランクによって異なるが、国から毎月のように莫大な報酬が配られる。まぁそれは簡単に言えば、この国に居てくださいということだろう。どっかの国に行かれたら国の戦力が減るからな。


 それで少女は金貨を貰った恩返しのために俺を魔法使いにしたいと。


「俺は魔法使いになれないぞ」

「そんなのやってみないと分からないよ」


 少女はあざけるそぶりすら見せず、真剣な目で俺を見ていた。やってみないと分からない、か。


 俺はやってみたんだけどな。はぁ、とため息吐き。嫌な想いを外に吐き出す。



 数日も経てば少女も飽きるだろうし、暇つぶし程度に付き合ってやるか。


「俺はまず何をやればいいんだ?」

「まずは魔法の適正をみないと」

「ほぅ」


 魔法使いになるには適正を知っていた方がいい。魔法使いを目指す魔術学院に入ると、まず始めるのが魔力適正を調べることだ。


 でも適正ってここでどう調べるんだ? 魔法の適正を調べる時には魔道具が必要で、主に『魔力の泉から作り出した水晶』などの高価な魔道具を媒介にして調べる必要がある。


 ここにそんな高価な物などない。


 少女の目が真剣で、俺を本当に魔法使いにしたいんじゃないかと思ったが、所詮ごっこ遊びの域をでないということか。


 別にごっこ遊びでもいい。この少女の想いは本気だったのかもしれない。その気持ちだけで、俺は嬉しい。


 どうせ俺の人生に魔法使いの道はない。俺が魔法使いになったりすれば、勇者を持つこの国と対立することになるけど、それは勘弁願いたい。



 今日は『ファイアーボール』を教えてくれると言ってたな。適正を開示しないと遊びが始まらないということなら適当に話を合わせるか。


「俺はずっと前に適正を調べたことがあるんだが、俺の魔法適正は赤と緑。火と風の加護がある。この世界の人間で二つの加護があるのは珍しいんだぞ」


 俺の適正は昔から知っているし、改めて知る必要はない。


「じゃあその適正は間違ってるね」

「ん? 何が間違ってるんだ?」


 少女の黄金の瞳が俺を見つめる。黄金の瞳?



「おじさんの適正は全属性と、あと二つ。これは加護? かな。

『大精霊に愛された者』『大賢者の頂きを越えた者』

 これが私が見た、おじさんの適正だよ」



 俺の経験した全ての適正が見えたってことか? マジか。これはヤバイ。


 加護にまで昇華された経験はどんなに高価な魔道具でも確認できない。だから俺が今、魔道具を媒介にして適正を調べたところで、適正無しのポンコツが出来上がる。


 それを見た、だと。



「お前……」


 ゴクリと喉を鳴らす。


「魔眼持ちなのか」


 それも最上級ランクの魔眼を……いや、『ランク外の魔眼』を少女は持っていた。






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