帝国

◇◇◇◇



 聖教国アークグルトから北のワルチャード帝国。


 帝国の真ん中にある城の玉座の間。ローグ・ワルチャード王が座る。


 ローグの目の前には、頭を下げている老人が一人。その老人の両側に、男女四人の勇者が背中を見せた状態で待機していた。勇者は男が二人、女が二人。


 老人が顔を上げ、口を開いた。


「帝王様、準備が出来ました」

「やっとか」

「はい、『聖刻剣士パラディン』はアークグルトの勇者、賢者を優に超えています」


 老人が『聖刻剣士パラディン』と口にした瞬間に、勇者たちの背中が光り輝き、魔法陣が浮かび上がってくる。


「背中に刻んだ魔法陣を私は『聖刻せいこく』と名付けました」

「聖刻か」


 ローグは勇者たちの背中を見ながら、目を細める。


「はい。聖刻の力は、魔力路から直接純粋な魔力を吸い出して、空気中の魔素を動力源に、身体強化の魔法を発動します。

 この身体強化魔法は、魔法使いが使用する上級魔法をも超えた力があると確認できました。


 世界の魔法使いたちが目指している賢者の頂き、女神に愛された者にしか使えないと言われる伝説級の魔法。聖刻の力は、その伝説級の魔法と同等な強さがあるのかも知れません」


 ローグは笑みを深めて、クククも笑う。


「その聖刻の力があれば、アイク・エル・ファランドにも勝てるか」

「四年間の悪夢の元凶ですか。……それは分かりません。ですがもう十四年もアイク・エル・ファランドは戦場に出てないんです。もう戦場には出てこないと思った方がいいでしょう」


 老人の歯切れの悪い返答で、ローグの口角が下がり、眉間にシワが寄る。


「それでもしアイクが戦場に出てきたらどうするんだ! 勇者賢者よりも強い……笑わせるな! アイクを超えないと意味が無い!

 この帝国、ワルチャードはどれだけアイクに煮え湯を飲まされたと思っているんだ。帝国始まって以来の敗戦、しかも完敗ときている。


 十四年、その十四年間も、アイクが怖くて、アークグルトに攻めきれず、小競り合いを続けてきた。周辺国からは『ワルチャードはアークグルトに牙を抜かれて、痛ましい』とも言われているのだぞ。


 こんな屈辱に十四年だ。十四年も耐えてきた。だが、ギリギリのところで戦線の維持し続けた。それはなんの為だ!!!」


「は! 記憶消去魔法と洗脳魔法を使って、ワルチャードと仲間たち、勇者様のご友人、ご家族を戦争に利用しているけがれた国、聖教国アークグルトに、女神様の鉄槌をくだすためです!!!」


 ローグの力強い声に老人も両手を握りしめて、答えた。


「ゴーディアス! 聖刻剣士パラディンは、アレクに勝てるか!」

「はい!」


 ゴーディアスと言われた老人は、シッカリと頷いて、そうハッキリと返事を返した。


「そうだ、最初からそう言えばいい。勝てるかじゃない、勝つんだ! 我々の背には怒りの女神、アグルメトリ様が付いている。燻った戦線を押し戻し、今こそ、アークグルトの喉元に、ワルチャードの牙を突き立てるだ!」


 椅子のひざ掛けを叩き、ローグの怒りの籠った視線はアークグルトを見据えていた。



◇◇◇◇



 ワルチャード帝国の玉座の間から出た勇者たち。


 その勇者の一人、高月たかつき歩夢あゆむは、前を歩いている勇者たちに向かって口を開く。


「この戦争が終われば、やっと輝夜に会えるんですね」


 歩夢の言葉に、前を歩いていた男の勇者、小林こばやし陸斗りくとは振り返った。


「まだ高月さんの妹がアークグルトに居るかは分からないよね」

「ん~、また陸斗は現実を突き付ける。良いじゃん、アークグルトに居る! ってなった方が理沙たちのモチベーションも上がるし、変なちゃちゃ入れないでよ」


 陸斗の隣に居た女の勇者、橋本はしもと理沙りさが陸斗と歩夢の間に入る。


「僕は……その可能性もあるってのを言いたかっただけで、別に皆んなのモチベを下げたかった訳じゃ……」


 陸斗の声がだんだん小さくなってきた所で、一番先頭に居た男の勇者、山本やまもと蒼介そうすけが「はいはい」と、拍手して雰囲気を切り替えた。


「子供を優先的にこっち側に召喚している国はそんなに多くないってゴーディアスさんは言っていたよ。だから『輝夜ちゃんはアークグルトに居る』って思うことにしない?

 もし、アークグルトに居なくても、その時は、その時に考えればいいでしょ」

「さすが蒼介、陸斗とは違う」

「なんだよ……ただ僕は今の現状を言っただけなのに」


 陸斗は理沙に背中をパンパンと叩かれている。


 蒼介は陸斗を気遣って、理沙に「程々にな」っと、軽く肩を叩いた。


「それにしても俺たちが神隠しにあうとは思わなかった」

「ほんとにねぇ~。でも元の世界でも神隠しは頻繁に起こっていたじゃない。事件に巻き込まれた~とか、人さらいの線が濃厚~、って、ニュースのコメンテーターは言ってたけど、まさか異世界に転移してるとは思わなかった」


 陸斗の背中を叩くのに飽きた理沙は、蒼介の話に合わせて喋る。


「理沙たちも、輝夜ちゃんが載ったチラシを配っている時に異世界転移しちゃったわけだし」

「僕たち、アークグルトじゃなくて、ワルチャードに召喚されたのも運が良いよね。

 兵の人がこそこそ話してるのを聞いたんだけど、僕たち、アークグルトに召喚されそうだった所を、ワルチャードが阻止したんだって」

「うっそッ! ヤバかったじゃん。アークグルトは記憶を消す強力な魔法があるらしいし、アークグルトに召喚されてたら、今頃、記憶を消されて、物言わぬ兵士にされっちゃって、戦争の道具にされちゃうよ!」


 陸斗が口をあんぐりと開けて、「理沙のバカ」と言いながら、ため息と共に顔を手で隠す。


「あっ」


 陸斗の仕草を見て理沙は、やっと自分が不謹慎な発言をしたとわかった。


「ごめん歩夢!」

「ううん、もし輝夜の記憶が消えていても、また家族の思い出を増やしていけばいいですよ。

 それに戦争に行くのは私だけで良かったのに、理沙たちも輝夜の為に立ち上がってくれて、私はそれだけで『ありがとう』感謝してます」

「理沙は、理沙たちは、感謝されるようなことなんて何もやってないよ。ねぇ皆んな」


 陸斗、蒼介も「うん」と頷いた。


「歩夢が困っていたら助ける。蒼介が困っていたら助ける。陸斗は……考える。理沙たちは昔からそうしてきたじゃん」

「なんで僕だけ考えるなんだよ!」


 理沙は陸斗の言っていることを無視して、


「ね、歩夢を助けるために、力がいるなら、背中に魔法陣を彫られることなんて、なんでもないんだよ。歩夢はさ、もしも理沙が困っていたら助けてくれる?」


 と、歩夢に投げかける。


 歩夢は、陸斗と理沙の掛け合いを見ると、ふふっ、と笑った。


「理沙が困っていたら、身体に魔法陣も彫ってでも助けるに決まってます」


 歩夢の答えに、理沙はへへん、と胸を張った。


「理沙は、良い親友を持ったよ」

「私もですよ」


 理沙と歩夢の照れくさい友情のシーンは、蒼介と陸斗が笑みを浮かべるのに十分すぎた。


「これは是が非でも、頑張らないとな」

「うん、絶対に高月さんの妹を助けよう」


 蒼介と陸斗は、隣り合いながら、決意を固めた。








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