手紙


 輝夜は、レジャーシートの上で、手提げの可愛らしいポーチから、水筒、ハンカチ、弁当、ランタンと大きなタオルが三枚。いつも着ているようなワンピースが三枚。下着が二枚、枕が二個と布団一式を取り出した。


 マリアさんから貰ったポーチだと言っていたから、魔道具なんだろう。

 明らかにポーチの見た目からは入らないだろう量の物を出している。そして子供じゃこんなに物が入っているポーチを持ち上げられない。


 これだけ見ても、収納拡大と、ポーチの荷重を軽くする魔道具だということは分かった。


 マリアさんの持っている魔道具は、聖王国の三大魔法の一つすら無効にする日記とかもそうだが、規格外な物ばかりだな。一つでも売れば、この王都に、城のような豪邸が建てれるほどの金が手に入るんじゃないか? その豪邸を建ててもお釣りが返って来そうだ。


「そんなに準備しても連れて行かねぇぞ」

「え? 『おじさんが居るならいいよ』って、シスターからは許可もらったよ」


 俺の許可はいらないのか。


「お前を戦争には連れていけない。俺は遊びで戦争に行くんじゃない、殺し合いをしに行くんだ。一つの間違いで死ぬかもしれない危険なところにお前を連れていけるはずないだろ」


 こっちにはすでに足でまといの王弟殿下がいるしな。


 聖王の印がついた手紙を握りつぶしながら、俺は、チッ、と舌打ちした。


 金貨五十枚は前金だったのか。


 この手紙には『学院の戦争実習に付いていけ』と、『何がなんでも弟を守れ』という命令が書かれてあった。


 たかが弟の護衛に、俺をこの国から出すだと? 聖王国の三代魔法の一つ『一砂の悪戯ロストリムーブ』の効果範囲は、この国だけだ。


 魔法の効果で、この国では俺の存在自体が忘れられていて、俺のことを認知している奴も少ないが、敵国だと俺の名前が知れ渡っている。


 俺は昔、敵国で暴れ回ったからな。


 俺と一緒にベトナは戦争実習に行っていて、俺が敵国で暴れ回っている所を近くで見ている。


 俺はこの国に恨みがある。前聖王に両親を殺されたり、学院に用務員として入った頃は身分無しの風当たりも強かった。用務員で仕事をした最初の頃は金も貰えなかったし、奴隷のように土を食べて暮らしたこともある。

 仕事の環境が少しづつ改善していったのはシフォンがいたからだ。


 ベトナでも身分無しがどのような扱いを受けるのか分かっている。俺が敵国につく可能性がある状況では、俺を国から出せないはずだ。


 いや、それほどまでに弟を溺愛していると見るべきか。



 一つだけベトナは、俺に効果がある抑止力を持っている。

 新聞や、ベトナが写っている写真には必ずといっていいほど、俺の妹『ルーナ』の姿がある。メイド服を着ているから、ルーナはベトナのメイドとして仕えていることぐらいは察せた。


 ルーナは母譲りの美少女だ。ベトナは美女、美少女が近くに居れば、すぐ手ごめにするほどの色情魔だが、俺の妹に手を出すほどベトナも馬鹿じゃない。俺の妹に手を出したことがバレた時、あとが怖いからな。


 写真に写っていたルーナの健康状態は良さそうで、変に心労でやつれている雰囲気もなかった。ルーナが笑顔なら、俺が寝返ることは無いと思っているだろう。さすが幼なじみだ、俺のことを分かっている。


 だからルーナを自分の写真に入れて、俺にルーナは無事だと十数年に渡って、アピールし続けた。


 貴族と関わりが無くなった俺にも伝わったんだから、ベトナのアピール方法は効果があったということだ。



 前聖王は俺のことを舐めていた。だからこそ、俺は今生きている。だが、ベトナは違う。


 俺が学院生だった頃に、ベトナが前聖王に怒られるからと、俺の戦争の功績を丸ごとベトナに譲ったこともある。だからベトナは前聖王よりも俺の脅威を知っている。

 もしも両親を殺した時の聖王がベトナだったら、確実に俺も処分されていただろう。

 ベトナとは幼なじみだったから、あいつの考えはなんとなく分かった。




 まぁこんな命令をしなくても、俺はベトナの頼みを断らない。学院時代、あいつは俺のことを敵視していたのも知っているが、久しぶりの幼なじみの頼みを断るほど、俺はベトナのことを嫌ってはいない。


 でもなんで俺に命令するんだ? 弟を溺愛しているといっても、俺に命令せずに聖騎士を護衛に付ければいいだけだ。

 ベトナの中では、聖騎士よりも俺の方が弟を守れると思っているかもしれない。


 その評価はありがたいが、八年も用務員をやっていた奴に頼む仕事じゃないだろ。


 俺が学院の用務員になる前の年に、ベトナが聖王になった。


 聖騎士よりも俺の方が強いと思っていたら、ベトナが聖王になってからの期間、俺に命令しなかったのはおかしい。


 この八年で、一般の国民が噂するほどに、戦争の戦況が苦しかったことは何度もあった。俺の方が聖騎士よりも強いと思っているなら、その時その時で、俺に命令があっても良いはずだ。

 戦争の戦況を回復させる方が、弟の護衛よりも優先順位が高い気がする。


 もしかしたらベトナは前聖王から俺の処遇を聞いていなかったのかもしれない。


 俺は身分無しになっているから、俺の居場所も調べられないしな。俺が死んでいるのか、生きているのかすら知らなかったら、ベトナが俺に命令を寄越さなかったのも納得できる。だがルーナが生きていることはアピールし続けた。


 笑えてくる、どんだけ俺を怖がっているだ。


 ベトナが俺のことを知る切っ掛けになったのはたぶん、王弟殿下に絡まれた日か。


 学院生? 王弟殿下? まぁベトナに近しい奴から俺が生きていることがベトナに伝わった可能性がある。


 王弟殿下、アイツ余計なことをしてくれたな。俺はベトナの頼みは断らないが、この頼みがめんどくさいことには変わりない。



 そしてだ。


 ワクワクしながら、ポーチに物を出し入れしている輝夜を置いていくにはどうしたらいいんだ?


 俺が行くところは戦争が起きている所だぞ。何が『おじさんが居るならいいよ』だ。老害エルフとユイカは話にもならねぇ。


 たぶん輝夜は王都から出たいんだ。戦争実習が終わったら、キャンプにでも行こうと言えば、付いてくることを諦めてくれるんじゃないか?


 金もあるし、食材をたくさん買い込んで、バーベキューをやったらどうか? キャンプにバーベキュー、これなら戦争に付いてくよりも楽しい。


 これでいこう。大食いの輝夜は絶対に乗ってくるぞ。



「輝夜、あのな」

「ん?」


 物を出し入れしている輝夜のポーチから、ヒラリと手紙が出てきた。


「……それはなんだ?」


 その手紙はやけに見覚えがあった。


「シスターが言うには、リッシュって人からの手紙だって」


 王族の印がついた手紙。


 俺が握りつぶしている手紙にそっくりだ。


「その手紙、見せてみろ」

「はい」


 輝夜はすぐに手紙を取って、俺に手渡してくれた。


 封が切られてある便箋を開け、手紙を抜き取ると、短い文が書かれてあった。



『カグヤ、戦争に付いてこい』



 ッ! こいつ。



「あのクソガキ! 余計な面倒ごとを増やすなや!」



 俺はその手紙も握りつぶした。






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