メスガキに毎日魔法を教えていたら賢者と呼ばれるようになりまして

くらげさん

出会い



 この世界に俺の存在意義はない。早朝から仕事して、公園でぼぉー、と地面を見て、腹が減ればどこかの食堂で飯を食い、夜になれば家に帰って眠る。


 魔法使いの最高のランク『賢者』を諦めた日から、そんな毎日だ。


 この歳まで生きて、魔法の許可証もないし、昔の俺が少しばかり優秀だったからか、そのせいでこの国から出ることもできない。


 俺の人生、つまんねぇな。




「あぁ〜、仕事してないダメな大人だ♡」


 地面から目を離し、声のした方に視線を持っていくと、少女が俺に向かって指を差していた。


「仕事してないわけじゃないんだがな……仕事は魔術学院の掃除だから朝には終わんだよ」


 この朝の中途半端な時間帯に大人が公園のベンチに座っているのが変に映ったのだろう。初めて見る少女からダメな大人だと言われた。


 少女はネズミ色のワンピースを着ていて、肩には女神の紋章がぶら下がっている。この少女は教会の子かと分かった。


 ワンピースはボロボロだが、身体は綺麗にしてる分、頭が良い。あんまり汚いと物乞いも出来ないし、近寄れるぐらいの清潔な状態を維持していた。ちょっと痩せてはいるが、ガリガリという程でもない。


 しかもこの国では珍しい黒の髪と黒の瞳。ここまで情報が揃うとこの少女は間違いなく、『フリニー……。


「ねっ、おじさん♡」


 おじさんと呼ばれて、ハッとなり、少女と目が合う。目に付くのは、吸い込まれそうな綺麗な黒の瞳。桃色の唇。サラサラとなびく長い髪。端正な顔立ちで、少女には似つかわしくない少しの色っぽさがある。


 少女に見つめられると、歳が結構離れているのにも関わらず照れてくる。


「私のことジロジロ見て、おじさんまさかおっぱいの小さい子が好みなの? 変態さんだね♡」


 腰を屈めた少女は上目遣いで挑発してくる。ワンピースの襟元が広がって、二つの小さな山が現れ……サッと俺は目線を横に流す。誘っているのか? しかもおじさんって……でももう三十歳、お兄さんと言い張るのが怪しい歳になってきたな。


 俺は少女の挑発を鼻で笑い。ポケットから金貨を一枚取り出して、ピンッと、少女に向かって弾く。


 放物線を描いた金貨を少女はよろめきながら両手でキャッチした。この国では金貨があれば一年は暮らせる。少女が貧困層だった場合、三年は持つんじゃないか。それだけの期間があれば良い。


「お前、それだけ可愛いんだから、貴族連中がお前を放っておかない。養子か、妾にするって言う奴はごまんと来る。今は自分の身を大切にする時間だ。こんな大した金にもならない小銭集めはやめろ。貴族になればすぐに飯には困らなくなる。それ持って帰れ」


 運命に愛されなかったこの少女に、どうかと願う。どうか幸せな未来があるように、と。


 俺が出来るのは、所詮この程度だ。



「しょっ、と」


 俺の隣に少女が座ってきた。


「居座っても、もう金はないぞ」

「……ほんとに貰っていいの」


 少女は両手で抱えた金貨を見ながら、手が震えていた。


「あぁ。気が変わることは無いから安心しろ」

「……ありがとう」


 少女の素直な言葉に少し面食らった。うずくまった少女の顔は見えなかったが、少女の全身がフルフルと震え出し、時たま鼻をすすっていた。



 少女はこの歳で何を経験したのか。運が悪かったで済んでいい話じゃない。


赤月召喚フリニール


 赤い月の晩に小さな子供を異世界から召喚するクソみたいな儀式。異世界から子供を召喚すると女神からの加護を受ける。加護が付かなかった子供は殺されるか、何も知らないこの世界に放り出される。それが『フリニールチルドレン』、通称『勇者』


 赤月召喚は国王と貴族でも偉い奴らしか知り得ない。フリニールチルドレンは、神から遣わされた勇者として国民に披露される式典がある。女神の加護の恩恵を浴び続けた国民は、勇者が赤月の晩に天界からやって来たと信じて疑わない。しかも召喚された子供は洗脳しやすいときている。馬鹿げた話だ。


 その赤月召喚に反対したとある偉い貴族は、ある事ない事でっち上げられて、その挙句に処刑された。貴族の地位も剥奪されて、その子供は魔術学院の掃除の仕事をやっているとか、いないとか。



「落ち着いたか?」

「うん」


 一時経って、少女にハンカチを渡した。少女は俺からハンカチを受け取ると、ハンカチで目尻を抑えながら顔を上げた。


「おじさんは私が可愛いからこんなにお金くれたんだよね」


 フリニールチルドレンだったとしても、男のガキに金貨はやらなかったことを考えると、可愛かったからという理由もあながち間違ってない。


「そうだ」

「私、そういう大人の人をなんて言うか知ってる。ロリコン、って言うんだよね」

「ッ! ロリコンてお前!」


「ん? おじさんならいいよ♡ ほらどうぞ♡ め・し・あ・が・れ♡」


 左手でワンピースの胸元を開き、俺の肩にもたれかかってくる。こんな仕草をどこで覚えてくるんだよ。俺は少女の頭をポンポンと叩く。


「もうちょい大人になって出直してこい」

「えぇ〜、可愛いって言ったじゃん」

「可愛いって言ってもガキはガキだ」

「む〜〜〜」


 少女は涙目になり、俺に反抗的な目を向けると、ベンチから飛び降りた。タッタッタッと足早に俺から離れていく。するとクルっとこちらに振り向くと、少女は花が咲いたような笑顔になっていた。


「おじさんはロリコンだから、超可愛い私が明日も来てあげる。じゃあね♡」


 そう言葉を残して、小さく手を振ると、走って行ってしまった。



 コロコロと表情を変える少女。俺にロリコンという不名誉な肩書きをつけ、ハンカチも持っていかれてしまった。しかも明日、俺の仕事は休みだ。


 はぁ、とため息を一つで、空を見上げる。



「まぁ悪くはないかもな」



 休みの日に用事あるというのも。






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