奇跡
馬車を走らせてから結構な時間が経った。二、三時間は過ぎたんじゃないだろうか。
手書きの地図は手書きの地図らしく、一直線に書かれていた道は曲がりくねっていて、三つに分かれる道も今のところ現れてはいない。全然地図通りじゃない。
俺の目に映るのは木、木、木。木ばっかりだ。遠くを見ようとしてもが木が邪魔で遠目もきかない。
それに後ろからずっと着いてくる魔力の気配にうんざりもしていた。
俺は風魔法で馬の背中を軽く叩き、馬車の速度を上げさせる。
馬は速度を上げ、馬車は人が全速力で走っても追いつかないほどの速度を出した。
人を乗せる馬は、魔法で速度の上げ下げが出来るように調教されていることがほとんどで、この馬たちも例に漏れず調教されていたみたいだ。
馬術は貴族の基本。俺はもう貴族じゃないが、ムチで速度を上げさせるよりも、魔法で速度の上げ下げをする方が直感的に指示できる。
この速度でも馬からしてみたら全然全力ではない。だが速度が落ちたら回復魔法をかけて速度を戻す準備はできている。
速度を上げても馬車の後ろにいる魔力の気配は離れずに着いてきている。追ってきているのは間違いないらしい。
これで一般人や商人という可能性は消えた。
輝夜の魔眼で見てもらってないから追ってきている奴らが何人なのかは分からない。魔力の気配にバラツキがあるから複数人であることは間違いない。
人数を知るためにテリトリーを張るほどでもないし、感知の魔法を使うほど魔力に余裕もない。
人数はこの際どうでもいい、ようは追ってきている連中が何者なのかだ。十中八九、俺たちが殺した盗賊たちの仲間だろう。
追ってきている盗賊たちは魔力を隠してない。魔法使いが乗っている馬車を追っているのに、魔力も隠していないそんな馬鹿な奴らだ。驚異では無いが、驚異では無いからこそ行動が読めない。
相手が魔法使いじゃなく無力者でも、単純に物量作戦でチマチマと馬車を攻撃されるのはキツイ。
この馬車に乗っているのが強い魔法使いということは馬鹿でも分かるだろう。俺たちは襲ってきた盗賊を皆殺しにしているからだ。
再度攻撃してきたら盗賊の被害は甚大な物になる。強い魔法使いの怒りを買い、最悪アジトにまで矛先が向かうことだってありえる。
馬鹿でも分かるこんな損得を分かる頭があるのか、だな。
もし仲間の仇として目をつけられているとしたら、もう一戦やる必要があるかもしれない。
人には感情がある。損得なんか抜きして動く時もあるだろう。
盗賊にも仲間を殺されて怒りを覚える感情があれば、だがな。
まぁそういう感情があれば、とっくに第二戦が始まっている。仇討ちのためにタイミングを計っているとは考えられない。
最初に襲われた場所が盗賊たちにとって一番都合が良い場所で、そこで再度仕掛けてこなかったということはもう襲ってこないと考えてもいい。
今追ってきているのは、俺たちの居る場所と動向を把握したい。そんなところだろう。
そう自分の中で結論が出たら急ぐ必要はなかった。馬の頭を風魔法でトントンと軽く触れる。馬はガクッと速度を下げた。
馬車の速度は一気に落ち、人が走ったら追い越せる速度までになる。
速度を落とした直後に馬車の後ろの方でガサガサガサと大きな音が鳴り、馬車の後ろにいた魔力の気配は一定の距離を保つように離れた。
盗賊との愉快な鬼ごっこも終わり、すぐに三つに分かれる道が現れる。
左と真ん中の道だけやけに綺麗で、右の道は汚く、魔獣警戒の立て札があった。
俺はルーサの町に行くために左の道に行く。するとずっと後ろを着いてきていた魔力の気配は、三つに分かれる道で消えた。
盗賊が魔力を隠していなかったのは、敵意が無いと暗に示すためか。盗賊も馬鹿じゃなかったみたいだな。
でも魔力を隠し切れてはいない。微かになった魔力の気配が右の道へ行くのを感じた。
盗賊のアジトは右の道にあったのか、分かりやすいな。
俺の後ろでカシャっと何かが開く音がした。
「ねぇおじさん」
「なんだ?」
横目で後ろを確認すると、郵便ポストの口のような通気口が開いていて、その通気口から輝夜がこちらを覗いていた。
「誰かが見てる」
「は?」
輝夜の言葉で俺の警戒レベルが最大まで上がる。
俺が見られていることに気づかなかった?
目をつぶり、集中して周囲の気配を探ってみるが、俺の気配感知には何も引っかかってこない。
俺が集中していれば無力者だとしても感知できる。なのに気配を探れないとなると、そうとうな手練だ。
「どこから見られてるか分かるか?」
輝夜は天を見上げて「うえ?」と言った。
上? 顔を上げて空を見渡してみるが何もいない。魔力の気配を探ってみるが何も引っかからない。
輝夜の言うとおり真上に誰かがいるなら、潜伏魔法と飛行魔法を使っているんだろう。
潜伏魔法は様々な種類が存在している。視認できないとなると、透明になる魔法、背景と同化する魔法などが候補に上がってくる。
だが潜伏魔法は、そこにいると分かれば認知できる。戦闘では使えない。使えたとしても初見殺しでしかない。
それに飛行魔法は莫大な魔力を消費する。魔力を隠す魔法も潜伏魔法として括られているが、魔力を隠す魔法は『自然の
潜伏魔法と同時に飛行魔法を使っていたら、見つけてくださいと言っているようなものだ。
なのに魔力の気配、魔法の気配を感じないのはおかしい。
再度空を見渡してみるが、俺には雲一つない青色の空が見えるだけ。
「輝夜、お前の目で見えるか?」
「うん、空一面に大きな目が見える。それが私を見てるの」
「俺には見えないな。俺たちを、じゃなく輝夜を見ているのか?」
「そう、私を見てる」
空一面に大きな目。飛行魔法を隠すよりも潜伏魔法の難易度が上がったぞ。
それにもし魔法の姿を隠せたとしても、俺の気配察知で看破できないのはおかしい。
おかしいが、だ。
例外は必ずしもあるもので、この世界には魔力を使わずに、そんな規格外な魔法を使える方法が一つだけある。
「魔眼か」
俺が知っている敵を攻撃する魔眼は全部見ることをトリガーに能力を発動していた。魔眼で見ていない敵を攻撃することはできない。
だから俺たちの真上にあるという大きな目は探知系の能力だと思う。
輝夜を見ているということは、勇者関係か。
いや、勇者関係だったら勇者は他にも沢山存在している。
輝夜は聖教国アークグルトでも魔力が低すぎて捨てられた勇者だぞ。勇者として無作為に選ばれるにしても、魔力の多い順に選ばれるはずだ。輝夜が選ばれるはずがない。
それよりも魔眼の持ち主が輝夜を探していたという方がしっくりくる。
大きな目はワルチャード帝国に近づくと現れた。魔眼の持ち主はワルチャードにいる可能性が高い。
でもワルチャードの人間が輝夜を知っているはずがないのも事実で。
じゃなぜ魔眼の持ち主は輝夜を探していたのか。
魔眼は神から与えられる加護で、よく異世界転移してきた勇者が持っていることがある。
つまり、輝夜を知っている奴がワルチャード帝国に召喚されたことになる。
奇跡みたいなことが起こってるな。
「輝夜、窓から顔出して、大きな目に向かって手を振ってみろ」
「ん? うん」
俺の後ろの通気口がカチャリと閉まって、すぐにまた開いた。
「おじさん、手を振ったら消えたよ!」
「そうか、良かったな」
馬の手網を引くと、馬は段々と速度を落とし、馬車が止まる。
「そろそろ飯にするか」
「する〜!」
ワルチャードの勇者か。
人の形をしてるといいがな。
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