微かな不安
真っ暗な視界の中、腹にドンと隕石を落とされたような衝撃が走った。
「ぐっ!」
眠っていた俺は一瞬で意識を覚醒させる。
まぶたを開けて、ぼやける視界で俺の腹にダメージを与えた元凶を探す。
「朝だよ〜♡」
俺の腹の上で小首を傾げながらニコリと微笑む元凶。
「おはよ、おじさん♡」
元凶こと輝夜は俺に朝の挨拶をしてくる。
輝夜は何故か俺のシャツを着ていて、シャツのボタンは二個しか止まっていない。前のめりな姿勢のせいもあって輝夜の白い肌が大きく露出していた。
小ぶりな胸とへそがチラリと見える。下はショートパンツを履いていた。
俺のシャツを寝巻きに使っていたのだろう。輝夜が俺の服を勝手に使っていようが俺は気にしない。
「おはよう、ここは?」
「寝ぼけてるの? 宿屋だよ」
「……あぁそうだったな」
昨日夕方にはルーサの町について、速攻宿屋を借りて眠ったんだった。
視線を部屋の窓に移すと、光の加減から朝になっていることは伺い知れた。
「飯でも食べに行くか」
「お腹すいてるの? おじさんならこのまま私を食べちゃってもいいんだよ。どうする?♡」
輝夜は頬を赤く染めて、可愛いことを言ってくれる。
そんな事を言われたら、俺の選択肢は一つしかない。
「どいてくれ」
「は〜い♡」
俺は部屋の前で輝夜の着替えを待ち、宿屋を出た。
宿屋の店主から飯に行くなら真向かいの食堂が一番のオススメだと言われた。美味しいらしい。
真向かいだから移動も楽で、食堂を探す手間もいらない。
食堂に入ると賑わっていたが、丁度よくテーブルが空いた。そこに輝夜と座る。
二人で座るには大きすぎるテーブルだが、ここが料理で埋まることを考えれば、少し大きさが足りない。
俺が店員を発見し手を振ると、忙しく動き回る男の店員はすぐにテーブルの側に来た。
「なんにしましょう」
そう言いながら店員は壁にかかっているお品書きを指で差した。
壁にかかっているお品書きを一通り見て、注文が面倒だなと思った。
「おまかせでいいから、このテーブルに入るだけの料理を持ってきてくれ」
俺は銀貨を三枚テーブルの上に置き、注文は店員に投げた。
店員がテーブルの銀貨を取ったタイミングで「聞きたいことがあるんだが……」と呼び止める。
テーブルの上に銀貨を一枚追加して、簡単な質問をしていった。
簡単な質問と言っても「ここからワルチャード帝国まであとどのくらいか?」とか「ワルチャードまで行く道を教えてくれ」とか、そんな本当に簡単な質問だ。
俺たちが目指すべき場所は聖教国アークグルトとワルチャード帝国との境目。そこでアークグルトが戦争をやっている。
店員には怪訝な顔をされたが、懐から聖王の手紙をチラリと見せれば、すんなり答えてくれた。
今から戦場に行く奴なんて、普通に考えれば自殺志願者だしな。
ワルチャード帝国には馬車を走らせて二日で着くらしい。
アークグルトから出てまだ三日目だが、結構進んでいたみたいだ。俺の目算では一週間はかかると思っていたが、このままだと四日で着く。
特急馬車と同じ時間で着くとは思わなかった。特急馬車ならもっと早く着くのか? それとも盗賊に襲われた道が近道になったのか?
俺もここら辺の土地勘はないからアークグルトとワルチャードの距離感は正直分からない。
昔のことだから記憶は曖昧だが、前にワルチャード帝国との戦争に行った時は一週間はかかったと思う。
ワルチャード帝国に行く方向も分かったし、後は道なりに進めば着くだろうと楽観的に考えることにした。
注文をしてから時間が経ち、三十分もしないぐらいでテーブルに料理が運ばれてきた。その料理は輝夜が皿ごと食べる勢いで空にしていく。
一つ一つ料理を持ってきていた店員が、さっき持ってきた料理が無くなっているのを見て驚いていたぐらいだ。
輝夜は魔法を見た時のように目を輝かせて飯を食べている。
それが嬉しくて俺もついつい甘やかしてしまう。
「輝夜、お前これだけじゃ足りないだろ」
「うん、足りない」
俺はさらにテーブルの上に銀貨を三枚置いた。
◇◇◇◇
食堂を出て輝夜を見てみると、腹をさすって凄く満足気だった。
まぁあれだけ食べればな。最後には大柄の男と大食い競走みたいになっていたが、余裕で勝っていた。
不思議なのは輝夜のどこにそんなに料理が入っていくのかだな。
そう思ったらフッと吹き出してしまう。
「なにかおかしい事でもあったの?♡」
輝夜が俺の腕に抱きつきながら聞いてくる。
俺は「なにもない」とはぐらかし、歩き出す。
食堂の真向かいの宿屋の前には俺たちが乗ってきた馬車がすでに用意されていた。馬たちも俺を発見すると『いつでも行けるぜ!』と鼻息を荒くしている。
昨日宿を借りた時に、宿屋の店主には「馬の疲れを取ってくれ」と言って、銀貨を三枚も渡してあった。元気そうな馬を見て、馬にも相応のことはしてくれたということだろうか。
さっそく俺は馬車の従者席に座る。すると輝夜も一緒についてきた。
従者席は硬いマットがひいてあり、座り心地は馬車の中のソファーとは違い、段違いに悪い。でも直接木の板に座るよりは幾分かマシだ。
「座るの辛くなったら言えよ」
「うん♡」
馬車の手網を持ち上げると、馬車を進み始めた。
ルーサの町は思ったよりも小さい。馬車を走らせるとすぐにルーサの町から出た。
ここから戦場まで町は無いらしい。
また野宿か。馬車があるから寝床の環境はそんなに気にならないが、周りを警戒しながら寝るのは疲れるんだよな。
防衛拠点に着いたら一日はゆっくりさせてもらおう。その後でいいなら王弟殿下のおもりに付き合ってもいい。
「あっ!」
輝夜が急に声を出して、空を見ながら「消えちゃった」と小声で言った。
「また大きな目か?」
「うん」
ワルチャードの勇者は定期的に輝夜を見てくる。見てくるだけで被害は無いから対処はしてないが、相当輝夜にご熱心みたいだ。
会いに来るかもしれない。その時はゆっくり話でもしたらいい。もしかしたら輝夜の記憶が元に戻るかもしれないからな。
今は戦場の状況が分からないからなんとも言えないが、戦争の流れが変わっていなければアークグルトはもうそろそろ負ける。
俺の命令は戦争に勝つことではない、王弟殿下を守ることだ。アークグルトがワルチャードに負けたら逃げればいい、簡単な事だ。
もしアークグルトが負ける流れを作った賢者の集団の中に輝夜を知っている人物が居たら……。
そう考えて、俺は考えるのをやめた。
危ない危ない。こ、これは考えの一つに過ぎない。でも……。
俺が賢者集団にかち合うことは絶対に無いと思っていたが、輝夜を連れてきたことで、かち合う可能性が出てきたのか?
……。
可能性が出てきただけで確実じゃないんだ! うんうん。
と楽観的に考えてみても、絶対じゃなくなったことに微かな不安が芽生えたのは間違いなかった。
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