完璧な魔法
ルーサの町を出てから川を発見し、川に沿ってアークグルトの防衛拠点を目指した。
日が落ち始めた頃になると、馬車を止め、横にある川で魚を捕ることにした。魚は簡単に捕れる。川に直接雷の魔法を使えばいいだけだ。
ズボンの裾を上げて、川の浅瀬に入る。そして川が流れてくる方向に雷の魔法を使う。
魚が死なないぐらいに威力を弱めた雷の玉を俺の前に落とす。するとすぐに痺れた魚が十匹近く浮いてきた。
そうしたら川の流れによって俺の元に流れてくる魚を手で取って、川辺に投げるだけだ。
魚を六匹捕った所で、水面に浮かんでいた魚は痺れが解けたのか逃げていった。これで魚捕りは終了。
俺は川から上がって、輝夜からナイフを借りた。輝夜のポーチにはナイフも入っている。
ナイフで魚の内蔵を取り、落ちていた木の棒を槍のように鋭く削る。そして、魚の汚れを川で洗浄し、鋭くなった木の棒で魚の尾びれから口までを一気に貫く。
その後、輝夜にも手伝ってもらい、魚に塩を塗って、馬車の横に魚を持ってくる。
輝夜がせっせと川から魚を持ってくる間に、俺は木の棒で地面に『不完全な魔法陣』を書いた。
不完全な魔法陣といっても、歪な魔法陣を使っている訳じゃなく、二十の丸を書いて、その上に星を重ねる基本的な星型の魔法陣を使っている。
星型の魔法陣は、三角と逆三角を重ね合わせることで星の形にする。でもこの地面に書いた魔法陣には、逆三角の一辺を書いてない。
不完全な魔法陣とは、ただ魔法陣の線が一本足りない。ただそれだけの事だ。
輝夜が最後の魚を川から持ってきた所で、俺と輝夜は不完全な魔法陣の周りに、魚が付いた木の棒を根元から刺していく。
刺し終わると、魔法陣の上に炭を置いた。
「輝夜、火の魔法だ。無詠唱の『ファイアーボール』で魚を焼いてくれ」
「うん任せて!」
横にいた輝夜は両手を魔法陣の上でかかげて、火の魔法『ファイアーボール』を無詠唱で使った。
輝夜の身体から魔力の流れを感じると、炭の真上に爪ぐらいの、ほんの小さな火の玉が現れた。
「んッ!?」
輝夜が疑うような声を出したその時、小さな火の玉が徐々に大きくなる。
「んんッ! んんんッ!!! くッ! 抑え、きれな、い!!!」
火の玉はボウ! と一瞬で大きく燃え上がり、輝夜の顔に真剣さが宿った。
「これ、なにッ!」
「ちゃんと魔法のコントロールをやらないと魚が真っ黒になるぞ」
この不完全な魔法陣は、魔法を使う際に無くてはならない効果が付与されていない。
その付与されていない効果というのは『魔法、魔力のコントロールの補助』だ。
コントロールの補助が付与されていないと、魔法は壊れた蛇口みたいになる。
魔法を制御しないと、魔力が無くなるまで、魔法に魔力を吸われ続けることになる。
このまま輝夜が魔法を制御できなかったら、死ぬ。
でもさすがに死ぬ前に止めるがな。
不完全な魔法陣を使うことは危険な行為で、女神様が残したと言われている聖書にも禁忌として書いてあった。
だがこの禁忌が完璧な魔法の制御に繋がることを俺は知っている。
「くっ、んんん! おじさんが何かやった!!! 止まらないッ!!!」
輝夜は身体から抜けていく魔力の速さに驚愕して慌てている。
魔法陣のせいで魔法の威力が高まっているから、普段と同じように魔法、魔力ともにコントロールすることはできない。
それは今、輝夜も体感していることだろう。
「これどうすればいいの!? 抑えても抑えてもッ! んッ! 魔力の流れは抑えられないし、魔法も弱くならない!」
俺は魚の調理に使ったナイフを勢い良く燃え盛る炎に当てる。
輝夜は、魔法のコントロールも、魔力のコントロールも十分に鍛え上げていて、普通の魔法使いが長い年月をかけて習得する技術も、あっという間に物にするようなそんな天才だ。
俺も昔は天才や化け物なんて言われたこともあったが、輝夜を見てしまったら、俺なんて普通の魔法使いと同じ枠組みに入れられてしまう。
この制御から外れた魔法でも、輝夜は当たり前に制御してみせる。今の輝夜にはもう、それだけの力がある。
「落ち着け、輝夜ならできる」
「えっ……」
輝夜を見ると、輝夜は俺を見ていた。ナイフを後ろに置き、立ち上がる。
「できるよ、お前は本物の魔法使いになるんだろ」
「……」
輝夜は俺の言葉で、さっきまでの慌てようが嘘のように収まった。そして俺と見つめ合う視線を切り、『ファイアーボール』に視線を持っていく。
「うん」
芯のある声で俺に返事すると、輝夜の瞳がキラキラと輝いて、黒い瞳が金色に染まる。
熱よって高温になっている風が、輝夜の周りを回っている。
風が加速して、加速して、加速する。
「くっ、ん、んんんぁぁぁああああ!!!」
輝夜が叫ぶと一気に炎が小さくなり、消滅した。
スンッと風が止むと、輝夜の瞳の色も黒に戻っていた。
成功するとは思っていたが、一回で成功するとはな。俺が不完全な魔法陣で魔法を使った時は何十回と死にそうになったもんだ。
「流石だな」
「にへへ」
はぁはぁ、と息が荒くなっている輝夜はニマニマしながら俺の懐にダイブしてきた。
「疲れた〜♡ 撫でて〜♡」
俺は言われた通りに輝夜の頭を撫でると、「ん……もっと」と、俺の懐に顔を埋めて、可愛く要求された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます