メイド


 静けさの残る朝。濃紺の星空が薄くなってきて、木々が朝の色を取り戻し始めた頃に、俺は馬車を出発させた。


 輝夜はまだ夢の中だ。


 昨日の晩御飯は焦げ焦げの焼き魚と、ユイカが作ってくれていた弁当。


 焼き魚は焦げ焦げだったけれど、それは皮目だけで、中はシッカリと火が通っていて骨まで美味しく食べられた。もちろんユイカの弁当は美味しかった。


 ユイカが作った肉汁滴るハンバーグのことを思い出すと、腹が減ってくる。


「腹減ったな」


 一人で朝飯にしようかとも考えたがやめた。朝飯は輝夜が起きた時に一緒に取ろう。輝夜もその方が嬉しいだろう。

 いや違うな、正直になろう。俺が輝夜と一緒に食べたいんだ。


 俺はぐ〜、と鳴る腹を気遣いながら、馬車のスピードを上げた。




 空が青くなって二時間ぐらい経った頃に、アークグルトの防衛拠点が見えた。


 それと同じタイミングで、俺の後ろからカチャッと音がする。


「おじさん、おはよ」


 眠り姫が目覚めたみたいだ。


「おはよう」

「そっちに行ってもいい?」

「まぁ待て、もう着く」

「ん?」


 俺は指で防衛拠点を差して、輝夜の視線を誘導した。


「ここを目指してたの?」

「そうだ」


 防御拠点には小さな門があり、門の左右には兵士がいた。


 馬車のスピードを落とし、門の兵士に聖王の手紙を見せる。


 するとそれだけで門が開いた。



 門が開くと、戦場には場違いすぎるメイドが立っていた。黒のロングスカートに、フリルが付いた大きな白のエプロン。これは間違いなくメイドだろう。


 しかも肩に触れるぐらいの金髪、白のカチューシャ、青い瞳。端正な顔立ちも含めて、この目の前のメイドは、メイドの中でも凄く容姿がいい。


 それに、どこかで見たことがある。


 どこで見たかの記憶を遡ってみれば、すぐに思い出した。


 そうか、聖王ベトナの後ろ、俺の妹のルーナの隣にいたメイドだ。


「んッ! おじさん!」

「なんだ?」

「しらないもん!」


 後ろを見ると、輝夜が俺の顔をジトッと見つめていて、ぷいっと視線を逸らさせた。


「アイク様、ご案内します。馬車から降りてください」


 急に馬たちとの別れがきたな。


 短い時間だったが、この馬たちには凄く助けられた。



 すぐに馬車から降りて、俺は馬たちの背を軽く叩きながら「ありがとう」と感謝を言う。


 輝夜も馬の顔をさすりながら感謝を言っていた。


「帰る時もお前らがいいな」


 俺が言い終わると馬がブルルと唸る。『また乗せてやるよ』と言っているようだ。


 またご都合な翻訳。


 フッと笑みが出て、俺は馬を背に歩き出した。


「輝夜行くぞ」

「……は〜い」



 メイドの後を追って、通りを歩く。


 見た感じ防衛拠点はルーサの町よりも大きく、簡素な壁が周りを囲っていて、テントが幾つもある。そんなところだ。


 俺が知っている防御拠点とあんまり違いはない。防衛拠点を真上から見ると縦横、四方に門があり、門から門まで遮る物がない。門の通り道で区分するように四つのエリアが出来ている、四等分にしたホールケーキみたいだ。

 左上右上のエリアはワルチャード側なこともあって、沢山の壁がまばらに設置ある。


 ここからは見えないが、そのまばらに設置してある壁の後ろには戦闘態勢の兵士が居る。戦争の中心から一番遠い拠点に居る奴らのほとんどが戦争初心者だ。

 だからこの拠点にいる奴らのほとんどが初心者だということになる。


 あとの残りは偉い奴、この拠点を仕切っている貴族様たちだ。


 右下のエリアでは、その偉い貴族様たちが大きなテントで作戦を考えているのだろう。魔法を使う高速戦闘では一瞬で形成が逆転する。貴族様たちが安全な拠点で考えた作戦などは、少しの役にも立たない。


 今のワルチャード対アークグルトのような圧倒的な負け。そんな分かりやすい負けはあんまりない。今こそ、その高尚な頭をフル回転にして、勝てる作戦を考えて欲しいものだ。


 今汗を流して戦っている貴族たちは強い。その場で作戦を考えて実行している。その働きがなかったらそもそもこの戦争は一週間前に負けている。



 左下のエリアは大量の木箱が綺麗に並べられていて、居住スペースなのかテントが沢山ある。


 見たところ建物はない。遠目に見る限り、壁も持ち運べそうだし、簡単に移動できる防衛拠点か? 面白いな。


 昔の拠点は魔法で一から壁を作っていて、壁が頑丈なほど良いとされていた。


 俺も壁作りを手伝ったことがあるが、何度も強度が足りないと言われ、作り直しを強要された。しまいには拠点を移動するときたもんだ。


 拠点を移動する際は、壁を壊さないといけなかった。


 その時は拠点を仕切っている貴族に殺意を覚えたのは言うまでもない。



 昔の貴族様に怒りが湧いたところで、俺の前で案内をしていたメイドの歩みが止まった。


 そこは大きなテントの前だった。


「アイク様、このテントをお使いください」

「俺専用のテントなのか」

「はい、アレク様専用でございます」


 メイドがテントの中に入り、俺たちも追うように入る。


 テントに入ると大きなベッドとテーブルがあって、そのテーブルには豪華な料理が並んでいた。


 そして一際目に付くのは、豪華な料理を俺と輝夜よりも先に食べている奴だ。


 食事中の奴と目が合い、横に逸らされる。



「やっと来たな輝夜! さっそくだが、戦争を終わらせに行こうぜ!」



 王弟殿下が居た。



「まじかよ」


 バッと、入口の横にいたメイドを見ると、そこにはもうメイドは居なかった。


 俺はメイドに、はめられた。










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