得意魔法
◇◇◇◇
王弟殿下に絡まれてから、やっと用務室に戻ってこれた。抱きかかえている輝夜を、用務室にあるベッドに寝かした。
まず最初に用務員の仕事を片付けるかと、机の引き出しを開ける。中には赤、黄、緑、青の紙があり、緑色の紙を抜き出して、引き出しを閉める。
緑色の紙を机の上に置き、机の置いてあるペンを持って、王弟殿下が壊した道の修繕依頼を書く。
【修繕依頼】
『王弟殿下リッシュ・ルフレ・アークグルト様の魔法で壊れた『校門から校舎に続く道』の修繕を依頼します』
と、書く。王弟殿下の名前を書いておけば、詮索なんてされないだろう。
ペンを元あるところに置く。紙を手に持ち放ると、紙は鳥の折り紙になって、窓に設置してある郵便受けの出入口から飛んで出て行った。
これで昼には、校門から校舎に続く道は元通り。いや、元通りよりも、さらに綺麗になっていることだろう。
俺が掃除しに戻らなくても良くなったことだけは、王弟殿下に感謝だな。
次はと、ベッドに寝かしている洗脳状態の輝夜を見る。
輝夜が洗脳状態から意識を取り戻すまで、一週間ぐらいの時間が掛かる。
大人の勇者なら、意識を取り戻すまで年単位の時間が掛かるが、自然に解けることまずない。『洗脳状態をやめろ』と、それに準ずる命令をされたら意識も取り戻すだろうが。
まだ輝夜は子供だ。大人の勇者みたいにビッシリと洗脳魔法は掛けられていない。
意思か、魔法の抵抗力、そのどちらかが強ければ、洗脳状態化にあっても、自分の意思で動けそうなんだが、輝夜はまだ魔法の抵抗力が足らなかったらしい。
意思の強さでも、洗脳魔法から意識を取り戻すことは出来るが、命を二回賭けるぐらいの気持ちの強さが必要になってくる。それは流石に無理だろ。
今から俺は輝夜の洗脳魔法を解除する。
心の臓の左側、魔力路という器官から脳まで繋がっている束ねた糸、そこに這いずっている蛆虫みたいな魔力の虫が洗脳魔法だ。解除すると言っても、他の虫に当たらないように魔法で潰していく作業だ。
魔力の虫を潰せる魔法なら何でもいいんだが、魔法を使う時に注意することがある。魔法発動後に余分な魔力が残っていたら、その魔力を糧に魔力の虫が倍々に増えていく。
魔力の虫を見てるだけでも気持ち悪いのに、増える瞬間なんか見たくない。
まぁ要するに魔力の虫を全部取り除けば、洗脳魔法が起動することは無くなる。
さっそく、俺は手のひらに風を作り出す。
俺の得意な魔法、風魔法の初級魔法『ウィンドシール』
風を身にまとうだけの魔法と、昔見た学院の教科書には載っていた。この魔法は姿勢を制御させたり、遠くの物に風をまとわせて近くに持ってきたりと、便利な魔法だ。
手のように操れるこの魔法を使って、魔力の虫を潰していく。
これで俺は、ユイカの洗脳魔法を解除したんだ。輝夜はまだ大人の勇者よりも魔力虫が少ない。大人よりも早く解除できるだろう。
風魔法の調整も終わり、輝夜の胸に手を置く。
「あッ!♡」
胸に触れた瞬間、輝夜が変な声をあげた。頬は蒸気して、ハァハァと息も乱れ出した。
身体の感度が上がってる? 洗脳状態化でか? この洗脳魔法を掛けた奴は一体何を考えてるんだ?
いや、今の聖王はベトナだ。ベトナなら洗脳魔法に混ぜて、身体の感度を上げる魔法も付与しそうだな。
アイツがやりそうなことだ。
目をつぶり、意識を集中すると、輝夜の魔力炉にある真っ黒な玉を発見する。
この用務室を俺の魔力で満たし、テリトリーを発動する。
『
テリトリーで魔力と五感を共有する。すると輝夜の魔力炉にある真っ黒の玉が、その姿を鮮明に映し出す。うじゃうじゃと、隙間無く、魔力虫が蠢いているだけのただの虫の玉になった
魔力虫の一匹を潰せるだけの魔力を込めて、一回一回、魔法を使う。
『ウィンドシール』
ここからはプチプチと、魔力虫を潰していく作業だ。
少しでも魔力量の調節を間違えたら、魔力虫は一気に増える。
まぁ俺にかかれば調節を間違えることは無い。魔力虫は増えることも無く、潰す速度を上げていく。
「……お、じさん?」
魔力虫が減ってきたことで、輝夜が意識を取り戻した。
「なんだ」
「何をやっているの?」
俺からは『輝夜の中で這い回っている虫を潰している』なんて言えない。
今急に動かれても困るしな。
「もう少しで終わるから動くなよ」
「うん」
返事が軽いな、俺を信用しすぎだ。輝夜は魔力炉に触られていると感じているはずだ。
『魔力炉を触られている』というその感覚は、『心の一番深くに触られている』のと同義。どんなに親しい人でも、拒否反応がでる。
魔力に敏感な輝夜ならなおのこと、激しく拒否反応が出てもおかしくはない。
ユイカは自分の中に洗脳魔法が埋め込まれていると知っていた。『解除してやろうか?』と言うと、涙ながらに頼まれたぐらいだ。知っているからこそ、心の一番深くを触れていても我慢できたのだろう。
でも輝夜は違う、自分の中に洗脳魔法が埋め込まれていることを知らないと思う。
目を開けて、チラッと輝夜を見ると、キラキラした目で周囲を見ていた。
輝夜の身体には一切の緊張が走っていない。
なんで他人に魔力路を触られてるのに、こんなにリラックスできるんだよ。
「何を見てるんだ?」
「おじさんの魔力」
「そんなに良い物でもないだろ」
「ううん、おじさんの魔力は誰よりも綺麗」
目をつぶり、一息吐く、魔力路の魔力虫は全部潰した。黒い玉の中心には、小さな赤い宝石があった。この宝石には設置魔法として、二つの付与魔法が込められている。
『解除魔法の余った魔力で、さらなる洗脳を掛ける』と『催眠状態化で身体に触れたら、身体の感度を上げる』だ。
「んッ!♡」
魔力炉から伸びる糸の束に沿って、輝夜の身体を撫でるようにゆっくりと動かす。
「おじさん、少しッ!♡ くすぐ、んッ!♡ ったいよ♡」
「もう少しだ」
伸びる糸の束にも魔力虫が這っている。その魔力虫を潰していく。
ピタッと、俺の頬に何かの感触があった。
「おじさん、すっごく汗かいてる♡」
目を開けてみると、輝夜が俺の頬にハンカチを当てていた。
俺も輝夜の頬に手を当てる。
「んんッ!♡ おじさん♡」
輝夜の頬が赤くなり、とろんとする瞳を俺に向けてきた。
俺は脳に這いずっている最後の魔力虫を発見し、潰す。
輝夜の頬から手を離して、手を上にあげて伸びをする。
「終わった〜。汗かいてるだろ。一番端の扉を開けたらシャワーがあるから入ってこい」
輝夜は、身体の感度が上がって、汗かいてたからな。俺も久しぶりにこんなに集中して魔法を使ったからか、尋常ではない汗をかいている。
輝夜が汗を流し終わったら、俺も汗を流すか。
「む〜」
輝夜はベッドから起き上がると、不機嫌なオーラを纏わせた。
俺と視線が合うと、ぷいっと逸らされ、シャワールームに入っていく。
「え? 俺なんかしたか?」
俺に女心はわからんと、再認識させられた。
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