聖王

◇◇◇◇



 聖教国アークグルト。神聖城、聖王の間。

 玉座には、聖王ベトナ・ルフレ・アークグルトが座る。


 聖王は二十二歳という若さで聖王になった。今の年齢は三十歳。

 脂ぎった金色の髪に、人を見下す挑発的な鋭い目。金の刺繍が入った青と白のローブのような聖職着を身にまとい。玉座で身体を動かすと、でっぷりと太った腹と頬が揺れる。


 肘掛けに左肘を置き、そこに全体重を掛けてる体勢で、玉座の横にあるテーブルにあった骨付きのチキンを右手で掴み取り、肉を噛みちぎる。


 静まりかえった聖王の間で、クチャクチャと咀嚼音が響く。


「んん」


 咀嚼し終わったのか、ゴクンと、肉を飲み込み、


「ゲッ、ああ」


 ゲップをして、聖王は口を開けた。


「さて、先の『赤月召喚フリニール』で呼び出した勇者の選別は終わったか」


 聖王の目の前で膝をつき、伏せている聖職着を着ている男が三人。その中の一人が顔を上げた。


「私はグレマンスが父。ロビン・シルフィード・グレマンスと申します」

「グレマンス家か。お前の父は元気か」

「はい、元気です。聖王様より温情があったと、父には伝えておきます」

「許そう。先を話せ」


 ロビンは聖王に気遣ってもらい、少しの優越感があった。聖王の言葉に悠々と話し始める。


「は! 勇者三十六名の選別は、今しがた終わりました」

「今回の選別は時間が掛かっていたようだが」


 聖王は再度チキンに噛み付いて、肉を噛みちぎる。クチャクチャと咀嚼しながら、ロビンの言葉を待った。



「……」


 ロビンが一向に続きを話さない。すると、聖王は口に物が入っているにも関わらずに、クチャクチャとして、口を開いた。


「チッ! 我は食事中でも寛大だ。続きを話せ」


 聖王が舌打ちして、ロビンに緊張が走った。


「は! 一ヶ月ほど掛かりましたが、三十六名中、三十五名の魔力量が多かったので、スクロールの手配に時間が掛かりました」

「おぉ、今回は豊作だったのだな」


 聖王は、クチャクチャと咀嚼音を撒き散らしながら、口角を上げる。


「はい、ですが……」

「早く話せ」


 ロビンが重々しい口調で話すので、聖王も言葉を急かす。


「勇者の適正がある者は三名。才能がある者は二名。後は殺処分で魔力を抜き取るのがいいと思います」

「才能がある者も含めての五人か……ちと、期待したほどでは無いな」

「申し訳ありません! 聖王様にご不快な想いをさせてしまいました!」


 ロビンは頭を床に打ち付けて、謝罪をした。聖王は食い散らかしたチキンを床に投げ捨てた。


「頭を上げよ。我は寛大だ。

 不作続きだったからな。今回は勇者の適正がある者がいるだけマシだ。

 ……して、洗脳は終わっているのか?」

「完了しています」


 聖王は腹をボリボリと掻くと、べロリと舌を出して、下唇を舐める。


「女は何人だ」

「勇者の適正がある者で二人。才能がある者で一人。殺処分から十人。魔力無しが一人。合わせて十四人です」

「十四人か。……ん?」


 ロビンは聖王の怪訝な態度に戸惑い尋ねる。


「なんですか?」

「いや、魔力無しの女もいるのか?」

「はい。それがどうしたのですか?」


 聖王は不気味に「ブヒヒ」と涎を垂らす。


「余興を考えたぞ。勇者で楽しむ前に、久しぶりに魔力無しで楽しむのも悪くない。ブヒヒ、割と良い考えだ。

 この前は、『元の世界に返してやるぞ』と言っただけで従順になったからな。ジュルリ……この作戦は勇者を躾ける時に取っておくか。

 魔力無しの女は、う〜ん。あっ、そうだそうだ。体の感度を上げて、従順になるまで遊んでもいいな。

 んッ! さっそく魔力無しの女を我の寝室に連れてこい」

「それはできません!」


 聖王が玉座から腰を上げると、ロビンは声を荒らげる。


「何故だ? まだ記憶操作はやってなかろう」


 ロビンは震えている。顔を伏せたまま、続きを話す。


「一ヶ月前、役に立たない魔力無しは記憶を消して、城から追い出しているのです」

「はぁ?」

「だから城にはいないのです」

「我の言葉を聞かずに判断したのか?」

「いえ、その時にも、ちゃんと確認しに参りました」


 聖王は上げた腰をドンッ、と、玉座に落とす。


「その時、我は何と言った」

「はい。魔力無しの女をどうするかを聖王様に聞いた際、『魔力無しは野に放て、男でも女でも関係ない。我の目に入ることすら禁ずる』と」

「そんなことも言った気がするな。我は寛大だ」


 ロビンが恐る恐る顔を上げる。


「だが、我は覚えていない。死ね」

「えっ?」


 聖王が『死ね』と言った瞬間に、顔を上げたロビンの首が床に落ちる。



 ロビンの傍には、いつの間にか、赤と白のローブのような聖職着を着た男が剣を振った状態で現れた。


 剣を振った男は玉座の横に移動し、スゥーと透明になっていく。


「おいそこの」


 ロビンの後ろにいた二人の男が顔を上げた。


 聖王に指されていた左の男は、ガチガチと歯を鳴らしながら、聖王の声に応える。


「はい。私はミルテシアが父。ドレイク・アイスト・ミルテシアと申します」

「ドレイク・アイスト・ミルテシアよ。お前がコイツの後を引き継げ。そして、コイツは不敬罪を犯したと、グレマンスにはそう伝えておけ」

「は!」


 聖王は膝掛けに左膝を置く。


「興が削がれたな」


 左手の人差し指でトントントンと、膝掛けを叩く。


「才能がある女を含む、三人の女勇者を寝室に連れてこい。殺処分の女も暇があれば相手しようと思ったが、もう殺して良いぞ。顔が良い奴は残してもいい」

「記憶消去はいかが致しましょうか?」



 聖王はブヒヒと鳴くと、


「記憶消去したら意味無いだろ」


 と、玉座から腰を上げた。



「……そのように」


「そこのゴミの処分は任せる」


 聖王は寝室に移動しながら、ロビンの死体を『ゴミ』と指差し、ドレイクはロビンとの思い出を噛み締めたが「お任せ下さい」としか言えなかった。







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