魔力操作



 輝夜は俺の手を取り、地面に置いてある魔法陣の真上に俺の手を持ってくる。


「おじさんの魔法の適正も知ったし、魔法も見た。

 それじゃ準備は良い?

 陣を意識しながら、魔力を流して……。

 魔力って分かる? え〜とね、」

「分かるよ」


 俺は短い言葉と共に、輝夜の言葉を切る。


 輝夜は魔力と言った。浅い知識はあるようだ。


 魔力とは、身体の内側にある魔力が『体魔力たいまりょく

 身体の外側にある魔力が『魔素まそ』と言う。


 魔力と括っている時は、大体『体魔力』を指すことが多い。


 身体の中にある魔力は、肌にピタッと、吸い付いている感覚がある。俺の体感である魔力の感触は『ヌメリがある水』だ。


 魔法使いは、このヌメリがある水を、サラサラな水にしようと、日々、研鑽を続けている。


 サラサラな水に近しい方が、魔法の威力は勿論のこと、その魔法が持つ効果も上がっていく。



 先人の賢者たちは、魔力の研鑽する方法として大まかに三つに分けていた。


『魔力の質』『魔力の調整』『魔力の循環速度』


 学院などの魔法使いを養成する場所は、この三つの方法を基準に勉強して、鍛えてさせているはずだ。


 輝夜は、基礎的なことをすっ飛ばして魔法を使っている。まるで原初の賢者だな。直に魔法を見てはいるが、知識も少ししかなく、誰かに教えて貰ってもいない。一からではないが、それでも魔法を創造しているに等しい行為だ。


 俺が最初に魔法を使った時、俺には知識の蓄えがあった。そして俺の周りには魔法が溢れていた。だがしかしだ、俺は失敗しまくっていた。


 最初は誰だってそんなもんだ。


 なんだ、見た瞬間に魔法が使えるって、可笑しくて笑えてくる。



「ん?」


 可愛らしく小首を傾げた輝夜が、俺の腕から手を離した。


「ああ、輝夜の真似をしたらいいんだよな」

「うん。呪文は覚えてる?」

「もちろん」


 火の初級魔法『ファイアーボール』


 魔法を使うのなんて、何十年ぶりだろうか。


 俺が初めての唱えた魔法も『ファイアーボール』だった。


 何千回、何万回と、唱えた呪文だ。覚えていないわけがない。



 淀みまくっている身体の魔力を揺さぶる。


 ゆっくり魔力を動かすと、ドロドロとした水かと思うほど、スムーズに動いてくれない。


 鈍っているな。まぁこれでも初級魔法ぐらいは使えるだろう。


 俺は呪文を呟く。



『火の精霊よ』



 段々と、段々と、魔力を加速させていく。


 全身には巡らせなくてもいい。


 身体の魔力を渦のように動かす。すると魔力の流れに沿って、周りに漂う風も着いてくる。


 バチバチと陣の真上で花火のような火が姿を現す。


『我の声を聞き、応じたまえ』


 バチバチと弾けていた火は、親指の爪ぐらいの小さな小さな球体なる。



『ファイアーボール』



 手のひらを返し、空中に居座っている火の玉を目の前に持ってくる。


 懐かしいな。魔法を使っている感覚というのは。


 久しぶりに魔力を使って、俺は心地良い脱力感を感じていた。



「おじさんの魔法ちっさいね♡」


 輝夜は俺のファイアーボールを見ながら、何が楽しいのかニコニコしながら「ちっさい」と連呼する。


「大きければいいのか?」

「大きい方がいいよ。学院の先生が出してた『ファイアーボール』は凄く大きかった!」


 輝夜は手を大袈裟に大きく広げて、「強そうだったよ」と、言ってきた。


 輝夜のたまにふと見せる子供らしい姿に、口角が上がる。


 俺は「そうか」と一言いって、開けている拳を握ると、小さな火の玉は、ポッ、と一瞬にして消える。


 輝夜の魔眼は、魔法の威力までは分からないらしい。まぁこういうのは魔眼に頼らなくてもいいんだけどな。知識を蓄えて、色々な魔法を見ていけば、自然と魔法の威力も肌感覚で分かるようになる。



「それより今のどうやったの?」

「ん? 今の?」

「そう! 魔力の渦みたいなやつ! 魔力が凄く速く流れて、おじさんの周りを回っていたの!」


 輝夜は魔力の流れまで見えるらしい。輝夜は、グルングルンと身体を回転させて、「どうやったの?」と、聞いてくる。


「学院の先生の魔法見たんじゃなかったのか?」

「学院の先生の魔法は、魔力の渦は見えなかったよ」

「本当にソイツ学院の先生か?」

「うん。先生って呼ばれてたよ」


 初級魔法だしな。魔力の流れを作らなくても魔法は発動できる。


 だが、魔力の流れを作ると、『魔力の質』ともに『循環速度』まで補える。『魔力の調整』は少し難しくなるが、魔法に使う魔力量も削減できると、良い事しかない。


 魔力の流れの感覚というのは初心者の方が掴みやすい。初等部で魔力の感覚を覚えないならどこでやるんだ?


 そんな低レベルの授業しかできない奴が教師か。魔力の感覚がなく、魔法を使うことに慣れると、魔力量で限界がくる。魔力量が多い奴以外は中級魔法も使えなくなると思うけどな。



「輝夜お前、魔力ってどこで知った?」

「私の身体にふわふわって膜みたいのがあってね。シスターにそれは何? って聞いたの。そしたらシスターがね。それは魔力だって」


 輝夜は最初から魔力の感覚があったのか。見えるんだから当たり前か。


「そのふわふわって膜みたいのを動かせばいいんじゃないのか?」

「おじさんの魔力は私のとは違うんだよ。普通の人はふわふわってしてるけど、おじさんは肌に張り付くぐらいピタッてなってるの。最初におじさんを見かけた時、全然魔力がない人かと思ったもん。

 でも、でもね。

 おじさんが魔法を唱えた瞬間から、水しぶきみたいのが身体から出てきて、うあぁって渦になって、凄く速くて、もしかしておじさん。


 本当の魔法使い?」


 なんだ本当の魔法使いって。


 キラキラとした目を向けてきても無駄だ。俺は本当の魔法使いじゃなくて、『魔法の許可証』もないから、本当に魔法使いじゃない。


「こんなの誰でも出来る。俺は公園で暇つぶしをしているだけの普通のおじさんだ」

「誰でも出来るの?」

「あぁ」


 まぁ俺は魔力を見たことないから何とも言えないが。


「おじさん、それ教えて!」

「おいおい、俺を魔法使いにするんじゃなかったのか?」

「そうだけど……ダメ?」


 輝夜は俺の腕に抱きつき、潤んだ目で見てくる。


「ダメ、じゃないけど」


 腕の抱きしめが強くなると、輝夜が押し付けている胸の柔らかな感触も強くなる。


「ちょろいねおじさん♡」

「離せ」

「嫌だもん♡」


 はぁ、とため息を吐いた。


 俺はこの輝夜という少女に頼まれると断れないらしい。





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