本物
輝夜は、黄金の瞳を携えながら、俺の傍で立ち止まった。
「ねぇ、これの何が面白いの?」
輝夜の疑問。
ゾワリと背筋が震えるような殺気で、大歓声の笑い声が一気に押し黙った。
「この……」
地面に這いつくばっていたリッシュが、ガバッと勢いよく立ち上がる。
「この僕は、リッシュ・ルフレ・アークグルトだぞ!」
リッシュは、俺と同じように鼻血を垂らしながら、自分の名前を仰々しく言い放った。
アークグルト。その名は聖王が冠する名前だ。
コイツ、今の聖王ベトナの子供か? 弟ということはないだろう。ベトナと俺は幼なじみだったからよく知っている。アイツは一人っ子だった。
学院に居た時から、王子様権限を使って、女を取っかえ引っ変えしてたから、ベトナの子供という線が濃厚そうだ。
それとも前の聖王が死ぬ前に子供を作ったのか? 俺が学院に居た時はまだ王子はベトナ一人だった。
俺が教会にいて、ユイカに魔力のテリトリーを教えている時に、誰かの生誕祭が何回かあった気がするが、誕生した子供の名前までは覚えていない。
その子供の中にリッシュが居たということか。
「お兄様がこの国の王だぞ! 僕にはその王家の血が流れているんだ!」
ベトナが兄ということは、前王の子供か。俺の両親を殺しておいて、自分はのうのうと子供を作っていたんだな。
心底ムカつくが、前王の罪をその子供にぶつけるほど、俺は落ちぶれていない。
だが俺が手を出さなくても、リッシュは大勢の生徒が見ている前で、自分が下民と言っていた輝夜の魔法を受けて、鼻血を垂らしている。
リッシュからしてみれば相当な恥だろう。
リッシュは鼻を触り、その触った手を確認した。
生まれて初めての痛みだったのか、驚きと苦悶がないまぜになった複雑な表情を見せた。
数瞬の間。
「あ、あ、ああ。王家の血が、血が……ッ!」
思考が復帰したのか、リッシュの口がブツブツと動きだした。
先ほどの輝夜を下に見た、舐め腐った態度とは異なり、眉を釣り上げて、ハッキリと分かる怒りの感情で輝夜を睨みつける。
「下民が僕の顔に傷をつけて、どうなるか分かっているのかッ! 極刑でも生ぬるい! お前の尊厳を地につけて、家族をお前の目の前で殺してやる!!!」
リッシュは今も、顔を真っ赤にして、荒く叫んでいる。
「そう、やってみれば? 私だって怒ってるの。二度とそんな口がきけないほど、ボコボコにしてあげる」
輝夜は、喧嘩を売っている相手が誰なのか分かっていない、王弟殿下だぞ。
騒ぎを聞きつけてか、衛兵も校門から学院に入ってきた。不敬罪が適応されれば、他の国に逃亡も考えないといけない。俺も命をかけるしかなくなる。
まぁ、正直……それはそれで面白そうかもな。
「下民の分際で、僕に勝てると思ってるのか。皇族が下に見られたものだ。まずここでお前を躾てやる。下民を躾るのも皇族の役目だ」
リッシュは輝夜の後ろから迫る衛兵を睨みつけると、
「誰も手を出すな!」
と、大声で命令した。
王弟殿下の命令で、誰も輝夜に手を出せなくなった。輝夜に迫っていた衛兵たちも後退して、この戦いの行方を見守っている。
「死ぬなよ、死んだら躾にならないからな!」
リッシュが空に向けて、右手を掲げる。すると、リッシュの頭上に炎の玉が形成され、その形成された炎の玉は次第に大きくなっていく。
ファイヤーボールにしては、注いでいる魔力が多い。
これは中級魔法の『シャイニング・フレア』だ。
リッシュは皇族らしく、魔力量が高いだろう。そして無詠唱で中級魔法を使った。そこそこの実力はありそうだ。
対する輝夜は魔力が少なく、俺は輝夜に初級魔法しか教えていない。魔眼でリッシュの『シャイニング・フレア』をコピーしたところで、撃ち合いになれば、魔力量で勝負が決まる。
その場合、輝夜が絶対に負ける。
輝夜がリッシュに勝てるビジョンがあるとするのなら、中級魔法を超えるような初級魔法で戦うしかないが。
それには相手の魔力操作を圧倒する、魔力操作の技術が必要で。
今の輝夜には到底無理だ。相手は皇族とか関係無しに、魔術の学院で日々魔法の研鑽を積んでいる。
いくら輝夜が化け物級の天才だったとしても、魔力操作を始めた期間が短すぎる。
今の輝夜とリッシュに、魔力操作の圧倒的な差は無いだろう。一ヶ月で、魔術学院の生徒と比べて『魔力操作に差がないと感じる』ということも可笑しいんだが。
俺は起き上がり、片膝立ちで、輝夜を中級魔法から守る準備を始める。
「大丈夫だよおじさん。見てて」
「え?」
魔力の流れを作ろうと思った瞬間に、おじさんと呼ばれ、俺は顔を上げた。
輝夜は右手を前に出し、胸の位置まで持ってくる。
『火の精霊よ』
そして呪文を唱えた。
俺は、フワッと、頬に柔らかな風を感じた。
段々と、段々と、その風は速く、鋭くなっていく。
これは……。
バチバチと輝夜の右手の真下で花火のような火が姿を現す。
『我の声を聞き、応じたまえ』
バチバチと弾けていた火は、親指の爪ぐらいの小さな小さな球体なる。
『ファイアーボール』
手のひらを返し、空中に居座っている火の玉を真上に持ってきた。
「本物の魔法を教えてあげる」
目を疑うような光景。
この魔法は、俺の魔法だ。
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