魔法陣


 馬車の外は真っ暗だ。


 俺が馬車から出ると、パッ! パッ! と、外が明るくなる。


 空に視線を移すと、小さな光る球体が五個ほど、空中に浮いていた。


 その小さな球体の光りだけで、辺りは日が昇っているかのように明るくなっている。遠くで岩の壁に張り付いている盗賊たちまで見渡せるほどだ。


 小さな球体を出したのは輝夜だろう。この魔法は『ライト』という魔法で、周囲を明るくする効果のある初級の光魔法。


 魔法は、魔法の効果範囲を広くしたい場合、一つの魔法を分けて、複数の魔法にするのが最も効率が良い。


 当たり前だが、一つ魔法を分けるよりも、複数の魔法を使った方が効果は大きくなる。だが、魔力の消費が激しい。


 だから輝夜は『ライト』という一つの魔法を分けて、複数の魔法としてコントロールしている。効果範囲を補えて、魔力量も少なくなる。最も効率が良いと思っているのは、このメリットが大きい。


 この『一つの魔法を複数に分ける技術』が、テリトリーの基礎だ。


 ユイカもテリトリーを習得する為に、このテリトリーの基礎を、毎日寝る間を惜しんでやっていた。そのかいもあって、一年で習得できた。


 俺がテリトリーの基礎を習得するのにかかった期間は一ヶ月だ。


 輝夜は俺とユイカよりもセンスがあり、一時間で魔法を分けることに成功していた。まぁ初めて会った時からテリトリーの基礎よりも難しい事をやっていたからな。


 すぐに習得することは分かっていた。


 でも夜間戦闘中に『ライト』なんて魔法は使わない。


 夜間戦闘で使われる魔法はおもに、光魔法・闇魔法のどちらかを目に付与するか、身体強化の魔法を目単体にかけるか、になると思う。


 戦闘中に相手にも恩恵がある魔法を使うのは魔力の無駄だ。魔力の削り合いになると、こういう些細なことで勝敗がわかれる。


 俺と輝夜の魔力量は平均的な魔法使いの魔力量よりも少ない。それはもう圧倒的に少ない。


 魔法使いとの戦闘が始まるだけで、こちらは明確に不利になる。


 だから敵の魔法使いよりも、魔力を無駄にはできない。




 空に意識をさきながら歩いていると、ガッ、と何かが足に突っかかった。


 下を見てみると、盗賊がいた。


 盗賊は気持ちよさそうな寝顔を顔に貼り付けて眠っている。


 その顔を見ていると、盗賊に狙われなければ、豪華な宿に泊まり、豪華な食事をし、今頃豪華なフカフカのベッドでぬくぬくと寝ていたのに……、と、現実にあった未来に思いをはせる。



「ぐがぁ……ぐがぁ……」


 盗賊のいびきが耳につく。盗賊が口を開ける度に、怒りがフツフツと湧き上がってきた。


 俺は、呪文を口ずさむ。



『雷の精霊よ、我の声を聞き、応じたまえ』



 ビリッ、ビリッと、全身に電流が走った。


 コイツらは俺の旅行の楽しみを奪ったんだ。


 許せない。



『ビルド』



 この雷魔法は身体強化魔法の初級だが、身体が驚く程に軽くなる。地面を殴れば非力な俺でも、硬い地面に拳がめり込む程の力が出る。痛そうだから試したことは無い。


 盗賊の頬にグリグリと右足を押し付ける。そして頬から足を離して、足に力を溜める。


「死ね」


 溜めた力を解放し、盗賊の頭を蹴り上げた。


 盗賊はグルングルンと身体を回転させながら飛んでいく。


 飛んでいく勢いが落ちぬまま、ドゴンッ! と音を鳴らして、盗賊は岩の壁にめり込んだ。



 少しスッキリとしたオマケで右足が痛い。右足に回復魔法の『ヒーリング』をかけながら、再度下を見る。


 俺が蹴った盗賊の他にも、たくさんの盗賊が眠っていて、その盗賊たちは綺麗に馬車の周りを囲んでいた。


 そういえば、睡眠魔法のベクトルを変えて、盗賊を眠らせていたなと思い出す。この倒れている盗賊たちは眠っているだけだが、今すぐに起きることはないだろう。



 俺は『ヒーリング』をやめて、周囲を見渡すと、先に馬車から出ていた輝夜を見つけた。輝夜は木の棒を持ち、地面に魔法陣を描いている最中だった。


 普通、戦闘中に魔法陣を描いている暇はない。だが、余裕がある時には魔力の節約の為にも、魔法陣を描いた方がいい。


 魔法陣の上で魔法を使ったり、魔法陣に触れたりする方が、魔力の消費が少なく魔法が使える。理由は、空気中の魔力、『魔素』を自分の魔法に組み込めるからだ。


 そして魔力と魔法のコントロールの補助もしてくれる。魔法陣にはそういう効果がある。


 魔法陣とは、女神様が人に魔法を教える際に作った印とされていて、魔法使いに酷く都合が良い印だ。


 綺麗な星型の陣、その上に二重の円を描く。それだけで魔法陣が完成する。


 魔法学では、魔法陣の形を変えたり、文字をつけたりすることで、違った効果も付与できるらしいが、俺はそんなに詳しくない。

 女神様が残した印がオリジナルとすると、オリジナルをいじって、そのどれもが、オリジナルの効果の上をいっていない、下位互換の域を出ないことを知っているからだ。


 魔法陣をいじって、もしオリジナルよりも上の性能の効果を付与できるとしたら、それはもうユニーク魔法にカテゴライズされた方がいい。どうせ国の最高機密になる。


 それに魔法陣は簡単に書けるからこそ、聖教国アークグルトでは『魔法の許可証』を持っていないと、魔法陣を持ち歩くことは出来ない、禁止されている。


 聖教国アークグルトでは、輝夜が作っていた布製の魔法陣でも、衛兵なんかに見つかると、即牢屋行きだ。


 だから輝夜は布製の魔法陣を持ってきてはいない。まさかアークグルトの門の出入口で、身体検査も、荷物検査もなく出られるとは思わなかったがな。



 魔法使いは皆んな魔法陣を持ち歩いている。


 持ち歩くといっても、装飾品に魔法陣を刻む。今も昔も魔法学院ではブレスレットに魔法陣を刻むのが人気だ。


 シフォンなんかは耳飾りに付いている青の宝石に魔法陣を刻んでいた。


 俺も魔法陣を刻んだブレスレットを着けていた、着けていた……が、俺はブレスレットを無くしすぎた。三十? 五十? 数え切れなくなったあたりでネックレスにした。


 そしてそのネックレスも無くしてからは、もう着けることはなくなった。


 俺、どんだけ無くすんだよ。




「どうしたのおじさん?」


 俺の視線に気づいた輝夜から声がかかった。


 おっと、盗賊を始末しないと。


「ちょっと若い頃のことを思い出してな」

「え? 聞きたい!」

「……今度な」


 輝夜の「え〜」という落胆の声を聞きながら、輝夜からの視線を切って、前に視線を持っていく。


 今は昔を懐かしんでいる場合じゃない。


 





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