衰え

◇◇◇◇



 ユイカが作ってくれるご飯は美味い。


 最近ではユイカが料理を作ることが多くなった。今日の朝もユイカが作ったご飯をおかわりして、少しその場から動けなくなって、ユイカから心配されるぐらいにはお腹いっぱい食べた。


 ユイカは料理が趣味だと言っていた。自分の作った料理を美味しそうに食べているのを見るのが嬉しいんだと。


 その感性は正直俺には分からないが、ユイカの料理に必要だからと調味料作りを手伝ったかいがあったというものだ。


 調味料作りと言っても俺がやったことは、魔法で地面を掘って、地下室を作った。あとは、その地下室で布が張ってある樽に、生命力を増加させる回復魔法をかけたぐらいか。


 俺も回復魔法に何の意味があるのかは分からない。ユイカの指示通りにしただけだ。


 失敗に失敗を重ね、何十回と、回復魔法をかけたところで成功したと喜んでいたな。



 朝ごはんも終わり、俺はホウキを持ちながら日課の掃除に向かっていた。


 急にホウキが意思を持ち、俺の手から離れた。ホウキの軌跡を目で追うように身体ごと振り返る。


 そこにはホウキを持ったマリアさんが居た。


「おい、今日は私に付き合え」


 マリアさんの問いに、俺は『はい』も『いいえ』も、返事もしていない。マリアさんは俺から奪い取ったホウキを壁に置くと、堂々した足取りで俺の横を通り過ぎ、俺の方を一切振り返ることなく、何処かへと向かって歩いている。


 着いていけばいいのか? 着いていかなかったら怒るのかなと、子供みたいなことを思ったが、俺はもうそんなに子供じゃない。俺はマリアさんから視線を切り、ホウキを持って、掃除に向か……。


 そう行動に移そうと思った瞬間に、心臓を撫でられたような感覚があり、背筋にゾワリとする殺気に襲われる。


 全身に鳥肌が立った俺は周囲を確認する。すると敷地の曲がり角で、こちらをジーッと見ているマリアさんの視線に気づく。


 俺、殺気を送られるほどのことをしたか? と、記憶を遡る。


 マリアさんが帰ってくる前に、マリアさんの分のご飯を食べたことか? それとも教会を魔法で水浸しにしたことか? いや、机の上にあった高そうな花瓶を割ったことかもしれない。


 そういえば、マリアさんが咲くのを楽しみにしていた花を散らしたことか? あと、……。


 記憶を遡れば、遡るほどにマリアさんが怒りそうな理由が出てきた。


 結論としては、マリアさんが俺を怒る理由が沢山ありすぎて分からないということだった。


 ホウキを離し、行きたくないがしぶしぶマリアさんに着いてくことにした。


 俺が殺される理由ぐらいは聞いておきたいと思ったからだ。



 マリアさんは俺が着いてくるとわかると、何も言わず、何処かへと歩いていく。

 

 体感にして三十分経った辺りで、何処に行くか聞いてみた。


 だが、マリアさんは口を閉じたままだ。


 体感にして一時間経った辺りで、何かのサプライズかとも思ったが、俺の誕生日は当分先だ。


 ずっと歩いて、歩いて、歩いた。いつもは遠目にある城下町を守る城壁。その城壁が、今は軽く石を投げれば当たるぐらいには近い。


 こんな城壁の端の端に来て、何をやるんだ?


 しかも城壁に行くなら、聖王国から他の領地に向かう商人の馬車に乗せてもらえば良かったのに。


 運動不足だったからか、足が棒のようだ。休憩したい。



 マリアさんは国の外に出るのか? でも、国を出入りする門からはずいぶん離れている。


 城壁を眺めながら歩いていると、衛兵二人が城壁を背にした形で立っていた。


 何かあるのか? と見てみれば、城壁からしてみれば不釣り合いとも取れる小さな扉があった。国の出入り口にするには、あまりに小さい。普通の家と同じサイズの扉だ。


 マリアさんは扉を守っている衛兵に近づいて行く。


 ここが目的地か?


 マリアさんは胸元から女神をモチーフしたペンダントを取り出して、衛兵に見せる。


 一人の衛兵は横に移動し、マリアさんに頭を下げた。


 もう一人の衛兵は鍵を取りだし、扉を開けてくれる。


 マリアさんはペンダントを仕舞うと、扉をくぐった。俺も一緒に着いていく。


 扉の中には階段があった。一段上ると、普通の階段とは違い、一段一段の間に高さがあった。



 歩き疲れて棒になった足には大変だったが、無事に階段を登りきった。


 途中無限階段かなと思ったぐらいにはキツかった。


 ビュービューと鳴る扉が目の前にある。マリアさんには置いていかれてしまった。


 肩で息をしていた俺は、息を落ち着かせて、扉を開ける。


 扉を開けた瞬間に、目の前に飛び込んできたのは、全面の青い空。


 青い空は何処までも雄大で、白い雲なんか俺が少し空に近づいたぐらいで、流れる速度を上げている。


 俺を邪魔だと、吹き抜く風すらも力強く感じる。


 視界を遮るものがない景色。空、城下町、草原があって、この世の全てを見ている気分になった。


 視線を下ろすと、城下町の人、人、人。何をやっているかがひと目でわかる。


「どうだ凄いだろ。私はこの場所が好きなんだ」


 この景色を先に堪能していたマリアさんが声をかけてきた。


「これを見せたいがために俺をこんな所に連れて来たのか?」

「お前の想像していた通りに、お説教でも良かったのか? 私が楽しみに育てていた花を散らしたのがアイクだということは調べがついている」

「うわぁ、良い景色ですね! こんなところに連れてきてもらえて感謝しかありません」


 弱みを握られている状況では下手に出るしかない。


「そうだろそうだろ。お前には聖王国にもこんな景色があると知って欲しかったんだよ。アイク、お前がもう少しで教会から出ていくことは分かっている」

「なんでそれを?」


 俺が教会を出ることは、マリアさんにも、ユイカにも言っていない。出て行く時は、書き置きでもして、何も言わずに出て行こうとしていた。


「美人な賢者様が教会に出入りしているのに、気づかない方がどうかしている」

「アイツ、賢者なのか……」


 アイツは俺よりも早く賢者になったんだな。


 子供の頃のどちらが早く賢者になれるかの勝負は、俺の負けだ。


「シフォン・リア・アイシクル。幼なじみらしいじゃないか」

「また母さんか」


 母さん、マリアさんにベラベラ喋りすぎだろ。


「アイクの他にも、記憶操作を受け付けない魔法使いがいるのか。本当にこの時代は豊作だな」

「俺もシフォンが俺を探していたと聞いた時は驚いた。その幼なじみが、家はもちろん、仕事も斡旋してくれた。仕事は魔術学園の清掃員で、家は魔術学園から近い場所だ」


 こんな俺みたいな身元不明な奴を雇ってくれる場所はない。シフォンはどんな裏技を使ったんだ? 貴族で、賢者様の力を大いに発揮したんだろうな。


「俺が教会から出たら、もう戻っては来ないだろうな」

「この国の中だろ。なにめんどくさがってるんだよ」

「実際めんどくさいし、俺の教会での役目は終わった。俺はそう思っている」


 マリアさんからの『ユイカが普通の日常をおくれるように』という俺の生きる理由は完了している。

 教会から出たら、俺から進んで教会には寄らないだろうなという確信があった。


「マリアさんから貰った生きる理由のおかげで、考える時間が出来た。

 聖王国への復讐も、復讐の対象でもある聖王は病気で死んじまったみたいだからな。もう城に突撃する理由もない」


 死にたがりの俺は、死ぬ機会を失ってしまった。


「そうか。……でもユイカが聖王国から狙われた時は、絶対に帰ってこい」

「なんで俺が、お前がいる限りユイカの身は安全だろ」


 マリアさんの魔法は俺でも感知するのが難しい程に洗練されている。普通の魔法使いでは相手にならないほどにマリアさんは強い。


 勇者の一人二人ぐらいなら圧倒できるんじゃないかと思う。


「私は長く生きた。もういつ死んでもおかしくない。聖王国からユイカ一人も守れないほどに力も衰えた」

「マリアさんのレベルで衰えたって、じゃあ全盛期はどんだけ強かったんだよ」


 長寿のエルフのことだ。一国も滅ぼしたと言われても、信じる自信がある。


 あと、ここに来るまでに息もあがっていない奴がいつ死んでもおかしくないだと? 俺の方が先に寿命で死にそうなんだが。


「エルフの賢者と言えばマリアと言われるぐらいには、全世界に名が知れ渡っていた時代もあったな」

「お前も賢者だったのかよ」

「言ってなかったか?」

「言ってねぇよ」


 俺の周り賢者多すぎじゃないか?


「しかもなんで聖王国が今さらユイカを狙うんだよ」


「お前、ユイカの洗脳解いたろ」


 マリアさんにはそこまで分かるのか。










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