敵
月の灯りがカーテンの隙間から入ってきていて、電気を消した馬車の中にいるのに、ほんのりと明るい。
輝夜は俺の肩に頭を添えて眠っている。
相当に疲れたんだろう。俺の隣りに座ったかと思えば、コテンと眠りに落ちていた。
盗賊は全員殺した。
眠っていた盗賊たちも、輝夜に全員殺させた。
俺がやった事と言えば、落ちていたナイフを輝夜に渡して、眠っている盗賊の首を指でさしたぐらいだ。
ナイフを持った輝夜の手は尋常ではない程に震えていた。
輝夜は眠っている盗賊の胸に座ると、ナイフを逆手に持ち替えて、盗賊の喉仏にナイフを押し付けた。
ナイフを両手に握りしめ、全体重をかけて押し込むと、ナイフはじわじわと首を裂き、中に入っていく。
ナイフの刃が全部入ると、盗賊の口から隙間風のようなヒューヒューという音が鳴り始めた。
盗賊が苦しみ出した所で、首からナイフを引き抜く。するとブシャッ! と、血が吹き出し、輝夜の顔や服を汚す。
輝夜は泣きそうな顔をしていたが、顔にぎこちない笑みを貼り付けて、平気なフリをしていた。
俺を気遣ってのことだろう、俺が罪悪感を感じないように。
殺す奴が眠っているのは丁度良かった。言葉を話せないから、言葉で気持ちがブレることはない。
ここで盗賊が起きていたら、助けを乞う言葉、恨みの言葉、誘惑の言葉、様々な言葉を聞き流しながら殺さないといけなかった。
まだナイフの柄が血で滑って持ちにくい、なんて、贅沢なことまで考えられる余裕がある。
いや、そんな余裕はないか……。
馬車のソファーで眠っている輝夜の頭を撫でると、輝夜の目尻から涙が溢れた。
「輝夜、お前は強いよ」
俺が初めて人を殺したのは十二歳の時だった。今の輝夜と歳はあんまり変わらない。
戦争で魔法使いとして功績をあげる機会をもらったんだ。その時は楽観的で、『敵国の兵を皆殺しにして、俺が戦争を終わらせてやる』なんて、結構英雄色強めのことを考えていた気がする。
『戦争に負ければ全て失う』
それは今も昔も変わっていない。
だがそんな当たり前があるなかで、ファランド家では、『悲しみの風』を信条に掲げていた。
『悲しみの風』は昔から言い伝えられてきたことわざで、意味は、
『悲しむ人がいたら、進んで手を差し伸べなさい。そして救いなさい。救える力があるなら』
となる。
これは有名なエルトリーデ様の言葉だ。
このことわざは、女神様を信仰している人で知らない人は居ないほどに有名で、エルトリーデ様が『風の属性』をつかさどっている女神様だから覚えやすいのもあると思う。
母さんはこの言葉が好きでよく自分の言葉として俺に言い聞かせていた。
ファランド家はその信条を守って、戦争に勝てば、敵国の民を不当な暴力から守り、功績で得た報酬は全部、敵国の民と自分の領地の民に分け与えられる。
戦争で家が無くなった者には、自分の領地に迎え入れ、家族のように世話をした。
父さんと母さんは、悲しむ人を出来るだけ救っていた。
悲しんでいる人に金を使うから、俺の家は公爵家なのに裕福だと思ったことはない。贅沢できるほどの金はなかったからな。
家の中にあった厳重な金庫の中には、金ではなく、絵が沢山あった。その絵は有名な画家が描いた絵という訳じゃなく、全部俺の妹、ルーナが描いた絵だった。
その金庫の中身を見た時は呆れて、この家は大丈夫か? と、心配したぐらいだ。
でも、その『悲しみの風』の信条をファランド家が代々守ってきたおかげか、ファランド家の領地では皆んな笑顔で、暖かかった。
ファランド家の領地は、俺の誇りであり、憧れだった。
俺も戦争で功績をあげて、早くファランド家の力になりたかった。
自分に力がなければ、『悲しみの風』の信条も守れない。それが分かっていたから、俺は賢者を目指していた。
賢者になれば、金も、力も、名誉も手に入る。
賢者なるには、二通りの方法があり、『賢者の加護があると証明される』『戦争で沢山の功績を残す』の二通り。
賢者ほどの加護を調べるには、スクロールがいる。アークグルトでは一年に一回、賢者を含まず、国で一番の魔法使いにはスクロールが与えられる式典が開催される。
一番と言っても、年老いた魔法使いよりも、有望な若い魔法使いが選ばれているように感じた。
その式典で賢者の加護があるかを調べて、賢者の加護があると証明されれば、賢者の称号が与えられる。
俺が学院に居た時には、スクロールが与えられる者に、ベトナが度々選ばれていた。
ベトナは聖王の息子だったしな。聖王は賢者じゃなかったから、ベトナには賢者になって欲しかったようだ。
俺はスクロールを貰ったことがない。ベトナと同年代は、ベトナが賢者になるまでは、スクロールが回ってこないことはわかっていた。
聖王は親馬鹿で、同年代でベトナが一番賢者に近いと本気で思っていたらしいからな。
まぁでも聖王がどれだけ願っても、ベトナが賢者になることはない。
ベトナは俺よりも賢者になる才能はあった。魔力も多いし、魔法、魔力のコントロールも見事だった。
でも努力が足りない。俺は幼なじみだから、ベトナが影で努力しているのも知っていた。
だが、全然足りないんだ。
ベトナが賢者になるのを待っていると、俺は年老いてしまう。
だから俺は魔法を磨いて、戦争で沢山の功績を残すしか賢者になる道はなかった。
戦争の功績が認められれば、スクロールがなくても、賢者になれる。
俺は人より学院の成績が良かったからか、戦争では自由に動き回ってよかった。
戦争で配置されたのが、前線で並列に動く二部隊の後ろ。前の二部隊を視認は出来なかったが、感知できる範囲で後ろに付いていた。
自分の配置を見たら俺の役割は簡単に想像がつく。『自由』なんて言っても、前の二部隊がピンチになった時はサポートし、前線が崩れたら自軍に報告しに行く伝達役になる。
基本的に前線から漏れた敵兵を殺すのが俺の仕事だ。
どんなに功績が欲しくても、前線の部隊を置き去りにして、敵陣に突っ込むほど俺は馬鹿じゃない。
戦争地帯に来るのは十歳から補給部隊として手伝っていたから、初めてというわけじゃなかった。
でも人を殺す兵として戦争に参加したのは初めてだった。
自由に動いていいと言われたのは、俺がどれぐらい使えるのかを見る、判断材料が欲しかったんだろう。
その時の俺は、軍から活躍を期待されていると思って、素直に喜んでいたっけな。
その日は聖教国アークグルトの戦線が押していて、あっという間に敵国は白旗を上げた。
俺は空に一直線に伸びる緑色の信号弾を見て、戦争が終わったことを知ったんだ。勝利した時にしか緑色の信号弾は撃たないからな。
信号弾は五発。緑、赤、白、緑、赤。同時に五発の信号弾が空に撃たれる。
それを五分おきに五回繰り返した。
勝った安心感から、張り詰めいた緊張の糸が切れた。
その時に見つけたんだ。
俺に銃を向けている敵に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます