試練

◇◇◇◇



「おじさん見て見て!」


 輝夜は魔力を自慢するように誇らしげに見せてくる。


 でも魔力は俺には見えない。


「これが魔力を全身で感じるってことなんだね」


 俺が初めて魔力を感じた日はどうだっただろうか。


 目に見えない魔力。だが、初めて魔力を感じた日。その時には魔力がキラキラと光って見えた。気がした。


 見えたのは気の所為だったが、その魔力の光りは今でも鮮明に思い出せる。今でも魔力をイメージする時は、気の所為で見えたその時の魔力の光りをイメージしている。


 その光りはまさに、水が入った透明なガラスコップに反射した空の光りのような、鮮やかに澄んでいる青の光りだった。


 輝夜もこの瞬間の魔力の光りを大事にするんだろうか。


 いや、常時見ているから見慣れてるか。


 でも、大事にして欲しいな。


 魔法を使う体験を、それに辿り着くまでに歩いた一歩一歩の過程を、過程で得たその一瞬の感動を、輝夜には大事にして欲しい。


 俺がそうだったから。


 そんなことを言うと、おじさん臭いな。これは心の中にしまっておこう。



「これで少しはおじさんに近づけたかな」

「俺ぐらいならすぐに超えていける。お前にはその才能がある」

「へへへ、早くおじさんみたいな本当の魔法使いになりたいな♡」


「だから俺は……」


 魔法使いじゃない。


 俺なんかよりも輝夜の方がよっぽど魔法使いに見える。


「俺はただのおじさんだ。いつも公園で暇つぶしをしているだけのただのおじさん」

「わかってるって♡」


 なにがわかっているというのか。輝夜の笑顔を見ていると、俺は魔法がかかったみたいに、俺の決意なんてどうでも良くなってくるから困る。


 それが不思議と嫌じゃないことに驚いているぐらいだ。


「腹減ったな。飯買ってくるから少し待てるか?」

「うん、待ってる!」


 俺は輝夜を公園に残し、飯を買いに行く。



◇◇◇◇



 惣菜パンを五つ買ってきた。


 手で抱えている紙袋を覗く。横長なパンを開いて、野菜と肉を詰めただけのパンがある。ここのパンは人気もあり、しっかりと腹にたまる。


 昨日も大きい焼き鳥を三本買ってきたが、輝夜は俺の分まで食べて、まだ満足していなかった。


 今回は惣菜パンが五つもあるんだ。大食らいの輝夜も、惣菜パンを四つ食べれば、俺が食べる分も残るだろう。


 もう少しで公園に着く。



 輝夜は全身の魔力を感じるようになった。次は『魔力の循環』と、その循環した魔力の切り離しだ。


 魔力循環とは、身体に留まっている『体魔力たいまりょく』を血液みたいに循環させる技術。


 この技術の効果は、魔力の濁りを少なくする。


 循環速度にもよるが、血液のように循環された魔力は身体の表面になるほど濁りは無くなり、純粋な魔力となる。


 その循環している魔力の上澄みだけをすくって、魔法にしようというのが、『魔力の循環』と、その純粋な魔力の切り離しだ。



 公園に着くと、歩きながら輝夜に次の訓練の話をする。


「輝夜、飯を食ってからのことだが、次のステージの話をするぞ。魔力を意識的に動か……ん?」


 輝夜の様子が変だ。輝夜に近づくほどに分かる。さっきまで自慢げに胸を張っていたのに、今は胸を手で押さえて、大量に汗をかいている。


 輝夜は頬を蒸気させて、はぁはぁと荒い息を吐き、身体を震わせて、「おじさん」と、小さく呟くように俺を呼ぶ。


「大丈夫か?」


 惣菜パンの入った紙袋をベンチに置き、明らかに大丈夫じゃない輝夜に近寄る。だが今必要な言葉が出てこない。


 自分の馬鹿さ加減に呆れている状況ではない。まずこの症状の原因を探さなくては。


 いやそれよりも教会?


 教会なら祝福という、回復魔法にも似た力で輝夜を回復されることが出来る。


 原因が分からない状態だと、俺の回復魔法よりも祝福に頼った方が良い。



 今後の対応に頭を使っていると、そのまま輝夜は力が抜けたようにストンと、地面に尻をついた。ワンピースの上からだが、股と胸を手で押さえている。


「これは……」

「はぁはぁ、んッ!♡」


 天才と言われている人種でも、全身の魔力を感じるのに何ヶ月もかかる。常人なら数年、数十年規模だ。


 輝夜はそれを一日で出来た、出来てしまった。



 昨日まで、いや、ついさっきまで無かったはずの肌を魔力が伝う感覚。


 肌が敏感になり、身体が感じすぎているんだと思う。


「一日で全身の魔力を感じるようになったら、こんなことになるなんてな。こんなの俺が見たどんな魔導書にも書いて無かったぞ」


「ッん!♡ そんなのッ!♡ 聞いてなアッ!♡ よ、んッ♡」


 輝夜はピクンピクンと、身体を時たま痙攣させて、涙目になり、上目遣いで俺を見る。


「慣れるしかない」

「そんなぁ、んッ!♡ おじさん♡ ッ!♡ たすけ、んッ!♡ てぇ♡」


「助けるって言ってもなぁ」


 どうやって助けるんだ?


 今の輝夜は、『汗が流れる』それだけの事でピクピクと身体を震わせている。


 敏感になっている身体を持ち上げて、どこかに移動することも出来ない。


 喘ぎ声を必死に押し殺しているが、我慢出来ずに唐突に漏れ出る声が扇情的で、エロい。


 輝夜は顔が良いから、俺が一時でも目を離したら人さらいにでも連れて行かれそうだ。


 教会には一人では帰せないことは決まった。そして、教会にこのままの輝夜を帰したら変な罪で罰せられそうだ。


 罪に問わせなくても、女神の教会の子供に変な事をやったなんて噂が広まれば、俺はこの国で生きていけなくなる。


 女神の信者の品物は買えなくなり、家も借りられなくなる。


 しかもだ、残念なことに国民の大半が女神を信仰している。


 俺の人生詰んだんじゃないか。






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