静止の魔法
まぁ原因が分かってしまえば対処のしようがある。
魔力を感じすぎているなら、感じる魔力を軽減さればいい。
薬を使って魔力の感覚を麻痺させたり、気絶させたり、動いている魔力を静止されたり。
今、魔力の感覚を軽減させる方法で、パッと思いつくのはこれぐらいだ。
もちろん安全に、簡単にになってくると、薬と気絶は当然選択肢に入らなくなってくる。
俺が取れる手段は、自然とあと一つの選択肢、『魔力の制止』しかない。
魔力の静止の技術は、高いレベルの魔力操作を必要とし、身体全体の魔力を静止するとなると、そうじて魔力操作の難易度は高くなってくる。
輝夜の化け物並みの適応力でも、さすがに今すぐに身体全体の魔力を操作して静止するのは無理だろう。
じゃどうするか?
俺の魔力で、輝夜の魔力を静止させる。それしかない。
助けてと言われたら、助けるしかないよな。
じゃないと、俺の人生が詰む。
俺は膝まづいて、輝夜の頬に手を添える。
「おじさん……んッ!♡」
頬に触れただけでピクんと、輝夜の身体が跳ねる。そして輝夜の潤んだ瞳から一滴の、涙がこぼれる。
「助けてやる。すぐ終わるからな」
「うん」
輝夜はゆっくりだが、力強く頷く。俺を真っ直ぐに見つめる目。俺が助けることを信じて疑わない目。
なぜ俺にそんな目を向けてくるのか。俺はそんな目を向けられる程のことはやってないと思うんだが。
でも、輝夜が困っていると、手を伸ばしたくなる。
人を助けたい。こんな気持ち、どっかに置いて来たと思ってたんだけどな。
この頃の俺はどうもおかしい。
俺は集中する為に目をつむる。
深く、深く息を吸い、そっと吐く。
それだけの事で、一気に魔力の感度が高くなる。
ふわっと、俺の身体から魔力が溢れ、公園全体を包む。
公園の地面、過ぎ去る風、木々のなびき、パンの匂い、暖かい空気、雑多な音、小鳥の羽ばたき、明るい風景。
俺は周囲の状況が、手に取ったように分かる。
魔力で感じるそれらを消し去って、輝夜の存在のみに集中する。
「……おじさん凄いよ」
何が凄いのか分からないが、輝夜の視線は空を見ながら左右に振れる。
俺の手からジワジワと魔力を流す。魔力越しに輝夜の柔らかい頬に触れて、そこから全身に広げる。
「んッ!♡ おじさんの入ってきてるッ♡!」
「おま、変な事言うな」
「だってぇ、あぁッ!♡」
俺の魔力は、輝夜の頬から顔全体を包み。顔から首へ、首から胸へと侵食していく。
魔力を広げる度に輝夜から喘ぎ声が漏れるが、それでも我慢していることが伝わってくる。
「んッ♡ ……ッん!♡ はぁはぁ♡ ッ!♡ おじさんッ!♡」
「もう少し」
胸から一気に魔力の侵食する速度を上げる。
「ンンンンンンッ!!!!♡♡♡♡」
輝夜は急激な魔力の波に驚いたのか、背筋を伸ばし、漏れ出る声を必死に我慢していた。
「……はぁはぁ♡ あッ♡」
俺の魔力が輝夜の全身を包んだ。
これで少しは楽になったはずだが、ここからは輝夜の魔力を静止させる。
輝夜の身体から炎のように立ち上る魔力。
見ることは出来ないが、感じることは出来る。
魔力操作で、俺の魔力を植物のツルのような状態に変化させた。その変化した魔力を無数に伸ばし、動き回る輝夜の魔力に巻き付いていく。
「んんッ!♡♡」
内側から伸びた無数のツルは、輝夜の炎のように立ち上る魔力をガッチリと掴まえた。
「ふぅ、まだ魔力を感じるか?」
「んッ♡ 少しッ♡ 楽になったんッ!♡ けど、まだッ!♡」
まだ輝夜の魔力は完全に動きを止めてないみたいだ。
「まだ止まんねぇのか」
でも。
「これで最後だ」
俺の周囲に漂わさせている魔力を一気に輝夜の身体に集める。
『氷の精霊よ』
さらに俺の魔力を輝夜に注ぎながら、掴まえた輝夜の魔力は絶対に離さない。
『我の声を聞き、応じたまえ』
パキンパキンと、周囲の空間が軋む。
『ロック・プリシクル』
俺が目を開けると、輝夜の頭上には小さな雪の結晶が、パラパラと降っていた。
俺の視界には、それだけの情報しかなかった。
膨大な魔力を使ったのにだ。
もちろん輝夜の魔力の動きが凍ったように止まった。
……止まってなかったら、もう俺にはお手上げだ。
緊張した身体を、ふぅー、長い息をして、ほぐす。
「終わったぞ。どうだ? 息苦しくはないか?」
「ん、少しだけ苦しい」
少しか。まぁ様子見だな。人の魔力を止めたことがないから勝手が分からない。
「慣れろ。我慢できなかったら俺に言え」
「うん」
「すぐに言えよ!」
「う、うん」
輝夜はまだ、身体の火照りが静まっていないようだが、息を整えて、俺に笑顔を見せるほどの余裕は出てきたみたいだ。
一旦は落ち着いたということだな。
「やっぱりおじさんの魔力は綺麗」
輝夜には俺の魔力がどう見えているのだろうか。キラキラとした目で、輝夜は自分の身体を見渡していた。
「飯にしよう、疲れた」
俺がそう言うと、輝夜はクンクンと鼻を鳴らし、「美味しそうな匂い」と、呟いた。
地面に尻を付いている輝夜をお姫様抱っこで抱きかかえて、ベンチに移動する。
「えっえっ!?」
「どうした?」
「な、なんでもないけど」
「ん?」
俺と輝夜の目があったが、ぷいっと、輝夜にそっぽを向かれてしまった。俺なにか変なことをしたか?
輝夜をベンチに座らせて、ベンチに置いてあった紙袋を取ると、輝夜にそのまま渡した。
「たらふく食え」
「……ありがと」
輝夜は惣菜パンを紙袋から取り出して、無我夢中でかぶりついた。
「美味しい」
「そうか」
一本があっという間に消えて、二本目に突入した。
この食べる速度を見るに、今日も俺の昼飯はお預けかもな。
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